第136話 忘れ物
「随分と……息が上がってきたわね」
ティアグラはイチェマルクに視線を送る。しかし実際には息が切れているのは衛兵も同じである。屋敷には数十名の衛兵と戦闘員が常駐しており、本来ならば交代が可能であるが、しかし現在はその多くがメッツァトルを追って外に出ている。
「フフ……まさか七聖鍵から裏切り者が出るとはねぇ……」
右腕でレタッサの肩を抱きながら言葉を発するティアグラ。その相貌は勝利を確信した笑みを湛えている。
「デュラエスはメッツァトルなどもう放っておけとは言っていたけれど、これでもう七聖鍵の勝ちは揺るがないわ。できればメッツァトルには確実に有罪となる様な分かりやすい罪を犯してほしかったけれど、ここで始末してしまえば同じ事よ」
しかしイチェマルクの瞳はティアグラに向いてはいない。余りの事態にそれを受け止められずにいる、その傍らにいる少女に向けられていた。
「レタッサ……まだ間に合う。俺と来てくれ」
しかし。
全裸。
レタッサはまだ心が揺れ動いていた。本当に、これが正しい選択だったのか。
イチェマルクについていくと決めたはずなのに。
どちらの言っていることが「真実」なのか。
しかし。
全裸。
「レタッサ! 俺を信じてくれ!!」
そう言ってイチェマルクは両手を広げ、彼女に正対する。包み隠さず、全てを見せる。
ぶらん、と。
レタッサはいたたまれなくなって思わず目を逸らしてしまう。全裸ゆえ。
それを拒絶の意思ととらえたイチェマルクの瞳が哀しみに潤む。
「とりあえず、あなたも不法侵入よ。おとなしくお縄についてもらおうかしら」
「何を! 俺はお前と同じく七聖鍵の一人だぞ。仲間の屋敷を訪ねて罪に問われるというのか!!」
「公然猥褻!!」
確かにそのとおりである。
ティアグラの言葉と共に攻めの手を止めていた衛兵たちが一斉に槍を突き出す。しかしイチェマルクはすんでのところで霧となって屋敷から消えていった。
「うふふふふ……愚かな男。事態は全て私の思い通りに進んでいるわ。あとはあなただけなのよ、イチェマルク」
そう言って高笑いをするティアグラを見ながら、レタッサはなおも心の中で自問自答を繰り返していた。自分は間違っていない。正しい選択をしたのだ、と。
「わりぃが、そうそう思い通りには進まねえぜ、ババア」
――――――――――――――――
夜の街を駆け抜ける。
息を切らせ、後ろを振り向き、必死でアルグスさんの健脚についていく。
「大丈夫ですか、マッピさん!」
少し遅れてしまった私にイリスウーフさんが声をかける。
なぜこんなことになってしまったのか。何がいけなかったのか。クオスさんはやはりあの屋敷にはいなかったのか。私の瞳には涙が滲んでいた。
「危ないマッピ!!」
すぐ後ろから追ってくる衛兵の弓矢をアルグスさんと、トルトゥーガが遮る。
いけない。余計な事を考えている時じゃない。私達を追っているティアグラの私兵は相当な手練れ。隙を見せればすぐに食いついてくる。アルグスさんはそのまま矢を放った衛兵たちに突進していき、シールドバッシュで彼らを吹き飛ばした。
「大丈夫? マッピ。今はとにかく距離をとって体勢を立て直さないと」
アンセさんも心配そうに私を見る。
距離をとる。体勢を立て直す。
どんなふうに? もはや手詰まりにさえ思えてくる。
結局クオスさんを見つけることは出来ず、レタッサさんの救出もできず、七聖鍵の一人、ティアグラに追われる形になってしまった。
屋敷には招き入れられて入ったのだから不法侵入にはならないだろうけど、イチェマルクさんとの陽動作戦もばれて、のちのち正式に罪状をつけられるかもしれない。
お尋ね者だ。
逃げるって、もしかしてカルゴシアを離れるという事? 犯罪者として。
なんで、なんでこんなことに。私はただ、冒険者として歴史ミステリーを解き明かしたかっただけなのに。それが犯罪者……まさか、そんな。
「いいか、しっかり気を持つんだ。マッピ。心が折れたらお終いだ」
衛兵のところから戻ってきたアルグスさんが私の両頬を挟むように持って、目を合わせてそう言った。
「一旦町から脱出する。ムカフ島に行ってヴァンフルフ達に匿ってもらおう。それからゆっくりクオスの行方を捜すんだ。
彼女が七聖鍵に拘束されているという事実さえつかめれば、今日の僕達の行動は何も問題はなかった、という事になる」
そうだ。
こうなったら、もう戻ることは出来ないんだ。いつの間にか私は後ろばかり見ていた。状況は「振出しに戻る」どころか、かなり悪化してしまったけど、まだ逆転の目が無いわけではない。結果良ければ全て良しだ。
「いたぞ! ここだ!!」
そんな間にも衛兵は詰めてくる。今度は三人。またもアルグスさんが二人をシールドで撥ね飛ばし、そして半竜化したイリスウーフさんがボディーブローを打ち込んで動きを止める。それと同時に私達はムカフ島目指してまた走り始める。
今は前に進むとき。たとえそれが逃げるための道であろうとも。
足を止めて戦えば私達には圧倒的に不利。なぜなら私達は「被害者」でもある衛兵達を殺すことは出来ないんだから。
アジトにはもう戻れない。走り続けなきゃ。逃げ続けなきゃ。逃げることだけを考えなきゃ。
逃げ続ける……
本当にそれだけが正解なんだろうか。
こんな時だからこそ、別の手を考えなければならない気もする。
そうだ、こんなとき、
あの人なら……
あれ?
私は思わず足を止める。
「どうした!? マッピ!!」
私は辺りをキョロキョロと見まわす。
よくよく考えたら、こんな全速力で走ったらあの運動音痴がついて来れるはずがない。
というか、結構前からいなかった気がする。
いったいいつから?
「あっ……まさか……」
イリスウーフさんも異変に気付いたようだ。
私とイリスウーフさんが同時に叫んだ。
「ドラーガさん忘れてきた!!」
「えっ!?」
「あ……」
その声にアルグスさんとアンセさんも情けない声をあげる。
うっそ!? マジで?
この非常時にあの男一体どこ行ったのよ!!
「わ……わたし、ドラーガを探してきます!」
イリスウーフさんが青い顔でそう言うが……しかしできるのか? いや、これは私にしか出来ない事なんじゃないだろうか。
そうだ。
これは私にしか出来ない事だ。
アンセさんは美人でおっぱいも大きくて長身で、凄く目立つ外見をしている。
トルトゥーガを持っているアルグスさんも目立つ。
イリスウーフさんは現在半竜化していてすぐには戻れないし、やっぱり目立つ。
ならこれは私だけに出来ること。
「私が、ドラーガさんを探してきます!」
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