第53話 話は聞かせて貰ったぜ
「身勝手なお願いだという事は分かっているわ」
フービエさんは心底申し訳なさそうな顔でそう言った。たしかに、自分達が殺そうとした相手に、救出を頼むなんて、普通では考えられない。
「まあ気にすんな。俺達ゃ
ドラーガさんにそう促されると、フービエさんはウェイトレスに注文したお茶を飲んで、ゆっくりと答え、私達はそれを固唾を飲んで聞く。
……この人は、いったいどこまで話すつもりなんだろう。どこまで話せるんだろう。
「もう分ってると思うけど、私達は、魔族と結託してあなた達を陥れようとしていたわ。でも、魔族の裏切りを受けて、私一人だけが命からがら逃げてきたの……私が逃げ出した時は、まだ誰も殺されてはいなかったけれど、今はどうなっているのか……」
なるほど。嘘は言っていなさそうだ。だけど色々と抜けている情報がある。魔剣野風の情報、イリスウーフさんとの事、ギルドの事、依頼に直接関係はなさそうだけれども、重要な情報を伏せたままだ。
「フービエさん、それはちょっとアンフェアじゃないですか? あなたが本当に私達を指名して依頼をするのなら全ての情報を出すべきでしょう」
「それは……」
フービエさんの顔が恐怖に歪み、そして辺りを見回す。セゴーさんや七聖鍵の目を気にしているんだろうか。おそらくその情報を出す事は彼らからも固く禁じられているはず。
「それは違う。マッピ」
しかし私をアルグスさんが制した。
「依頼者が嘘を言っていなければ、そんな深いところまで首を突っ込んじゃいけない。それが
首を突っ込んじゃいけない、って、私達は当事者でもあるんですけど。
「お願い、テューマ達を助け出してほしいの! その気持ちだけは嘘偽りはないわ! もし既に殺されているのなら、その確認だけでも……ッ!!」
「勝手なことを言わないで! 私達だって殺されかけたんですよ!!」
「待ちな」
その時、隣のテーブルから声が聞こえてきた。
「事情がありそうだな、嬢ちゃん」
隣のテーブルから、ブランデーのグラス片手に座ったままそう声をかけてきたのは、ドラーガさん……って、いつの間に席移動したんですか。
彼はくい、とグラスの酒をあおって話を続ける。
「悪いが、話は全部聞かせてもらった……」
「話せって言われたから話したんですけど」
「お前の言葉に嘘偽りはない。お前の目を見ればわかる。だったら俺たち冒険者のすることは一つだ。その仕事、俺達メッツァトルに任せな」
またこの人はリーダーでもないのに勝手にそんなことを……しかしこの救いの言葉に感動したフービエさんは座っているドラーガさんの前に跪き、彼の両手を握って涙を流した。
「ありがとう……ありがとうございます! どうか、どうかテューマ達を助けてください。最初から、魔族なんかと手を組むべきじゃなかった……ドラーガさん、あなたを信頼します。どうかテューマ達を!!」
「俺を信用するな。そういうのはアルグスの仕事だ」
この人どこまでアレなんだ。自覚してるだけアレだけど。
ともかく私達はフービエさんの依頼を受けることにして、イリスウーフさんの冒険者登録をしてから天文館を後にした。彼女は
それにしてもよかった。思っていたような荒事にはならなくて。とはいうものの、これから大変だ。フービエさんの依頼、ドラーガさんは「裏は無い」と言っていたけれど、彼女自身に裏は無くても周りの人までそうとは限らない。
具体的に言えばセゴーさんや七聖鍵がダンジョンに私達を誘き出して始末しようと考えてる可能性もある。そんなことを考えながら歩いていると、天文館を出て数メートルのところで私達の前に立ちはだかる人影があった。
「依頼を受けたのか」
短く要点だけを尋ねる言葉。
私達の前に立ちはだかったのはアルグスさんと同じくらいの細身のグレーの髪の男性。いわゆる忍び装束で、覆面なんかはしていないけど腰には短い曲刀を下げているニンジャスタイル。
「そうだが、何か?」
アルグスさんがそう答えると男性の眉間に少し皺が寄った気がした。
「悪い事は言わない。手を引いてカルゴシアから出て行け。その方が流れる血は少なくて済む」
「唐突に何を……そもそもあんたは何者だ」
アルグスさんの言うとおり唐突が過ぎる。何の説明もなく「町から出て行け」なんて。
……それにしてもこの人、どこかで見たことがあるような……こんなイケメンなら忘れるはずないと思うんだけど。
「俺は、七聖鍵の“霞の”イチェマルクだ」
霞……思い出した。クラリスさんを倒した後突然霞とともに現れたあの変態だ!! 全裸のインパクトに押されて顔を見ていなかった!!
「従わないというのなら……」
空気が変わった。イチェマルクさんの立ち姿は変わっていないが、しかし殺気が滲み出る。まさか、こんなところでいきなり刃傷沙汰に及ぶつもり? 七聖鍵のリーダーのガスタルデッロさんですらそういった気配は見せなかったのに。
その刹那。私にはほとんど目視できなかったけれど、イチェマルクさんは左足を引いて半身になり、右手を腰の小太刀に素早くかける。いや、かけようとしていた、のだと思う。
しかし、その手が柄を握ることは無かった。
「いや~、あなたが七聖鍵の! お噂はかねがね!」
アルグスさんも攻撃に備えようと半身になろうとしていたが、それよりも素早く動く物があった。
私達の間に割って入ったのはなんとドラーガさん。イチェマルクさんの右手は小太刀の柄にかけられることなく、吸い込まれるようにドラーガさんの手のひらにがっちりと握られ、二人は固い握手を交わしていた。
「ご忠告痛み入る。七聖鍵にもあなたみたいに優しい人がいてほっとしております。これを機に是非お近づきに!!」
「くっ……は、放せ!!」
戸惑った表情のイチェマルクさんがドラーガさんの手を振りほどいて距離を取る。もはや完全に気を削がれてしまったようで、すでに殺気を放ってはいない。
― 無刀新陰流
― 人の手は 互いを傷つけるためではなく その手を取り合うためにある
― 機先を制し 固く取り合ったその手は もはや得物を手に取ること此れ
― 先んじたその手は充分に相手の注意を引き 本能により得物よりもその手に引き寄せられる
(なんてことだ……凄まじく速い抜刀だった……まさか町中で剣を抜こうとするとは。
こんな場所で先に剣を抜くことは出来ない。危うく先手を取られるところだったが……
確かに「握手」なら先んじて手を取れる。今回ばかりはドラーガに助けられたな)
「そ、その……イチェマルクさん、忠告はありがたいんですが、唐突にそんなこと言われても」
何か考え事をしているアルグスさんの前に出て私はイチェマルクさんに話しかける。しかし私が視界に入ると、イチェマルクさんは目を見開き、呆然とした表情で私に言葉をかける。
しかしその口から放たれた言葉は、全く私の言葉とは無関係なものだった。
「俺と……結婚してくれ」
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