第147話 レプリカント
「はあ、はあ、はあ……」
夜も大分更けてきた。
いつもならば静かな時間帯なのだが、私の荒い息だけでなく、市民たちの叫び声や怒鳴り声が聞こえている。
ティアグラがやたらめったらに稲妻を放ったことで家に火が着いたり、アルグスさんのトルトゥーガで建物が倒壊したりしているので、現在カルゴシアの町は大騒ぎになっているのだ。こんなのは恐らく例のスタンピード以来だろう。
私達……どうなっちゃうんだろう。
アルグスさんの破壊した建物は弁償しなくちゃいけないよな……それはまあいいとして、七聖鍵のティアグラを真正面から撃破して殺してしまった……
もちろん、先に攻撃を仕掛けてきたのはティアグラの方だし、自分が違法な事をしたという負い目はないつもりなんだけど、あのデュラエスが黙ってこれを見逃してくれるだろうか……いや、厳しいよな、多分。
なんとなくだけど、こんなことしてる場合じゃないような、気がしないでもない。
デュラエス達に対して、何か先手を打たなければならない局面のような……そう言えばドラーガさんは「ゆっくりもしてられない」って言っていたな。
いや、もうそれはドラーガさんの方に任せよう。私はとにかくクオスさんを復活させることだけを考えて……
「クラリスさん……アルテグラの屋敷は、まだ距離ありますか?」
ふう、正直言って疲れた。走っていたわけじゃないけど、さすがに人一人担いで歩くのは重労働だ。私はクオスさんの遺体を壁を背にして座らせて一息つく。
「さ、さっき戦ってた場所からは、そう遠くない。も、もうちょっと、あそこの角を曲がったら見えてくるわ」
おお、意外と近かったみたいだ。
「それにしても……」
私はクオスさんの遺体をまじまじと見る。幼さのまだ残る、プラチナブロンドの少女。なんとなく全体から受けるイメージはクオスさんと似てる気がするけど、よくよく冷静に見てみれば全くの別人だ。
本当にこれがクオスさん? まあ、壁越しにすぐ隣にいる人間に曲射で弓を射る、なんて芸当クオスさん以外に出来るとは思えないんだけど。
「そういえばクラリスさん、転生法って、転生する前の、元の体ってどうなってるんですか? 魂が抜けちゃうとか?」
私がそう質問するとクラリスさんとターニー君は唖然とした表情でぽかんと口を開けた。
あれ? また私何かやっちゃいました?
「そ……それを理解しないで行動してたの……?」
え?
なになになに? どういうこと?
「ど、ドラーガが、エイリアス問題の事を、ちゃ、ちゃんと説明してて……あれ? し、してなかったっけ?」
ああ~、なんかエリアスさんの問題がどうとかこうとか言ってたような言ってなかったような……全然意味分からなかったですけど。エリアスさんって誰です? ドラーガさんの元カノ?
しかしその言葉の意味はクラリスさんの口から語られることはなく、そのまま彼女は黙ってしまった。何だろう……考え込んでいる?
まいったなあ……全然分かんないや。てへぺろ。
「……そうか……そ、その可能性を完全に失念してた。く、クオスが転生したからといって、『前の体が廃棄された』とは、か、限らない……」
ん? なになになに? どゆこと? 前の体?
「て、転生者の記憶、魂は、転生前の体にも残ったままになっている。通常は転生したら廃棄……つまり殺害されるけど、そのまま生きてる可能性がある、という事。
私が見たクオスは、転生前の物だったと思ってたけど、じ、時期的に考えると、転生後だけど前の体が生き残ってた可能性も高いと……」
「つまりクオスさんはまだ生きてる可能性があるってことですか?」
私の質問にクラリスさんは深く頷いた。
「じゃ、じゃあ……別にアルグスさん達と喧嘩してまでクオスさんをよみがえらせる必要は……」
いまいち、私は十分に理解できていないのだが、しかしクオスさんの遺体に視線をやる。もし前の体のクオスさんが今も生きているんなら、このクオスさんを復活させることは、同じ人間が二人存在することになる。それは、大きな混乱をもたらすことになりかねないような……
と、思っていると、ターニー君が私の両肩をがっしりと掴んだ。鬼気迫る表情というのはこういうのを言うのだろう。
「本気で言ってるんですか」
う……もしかして、ターニー君、怒ってる……?
「オリジナルが生きてるかもしれないから、レプリカントはいらないって言うんですか」
「そ、そんなことを言うつもりはないけど、でもね? もし前の体のクオスさんが生きていたら、同じ人間が二人存在することに……」
「同じ人間なんていません!! 確かに選択を間違えて、アルグスさん達を殺そうとした。でも、それだってクオスさんが必死に悩んで、考えて、出した答えなんですよ!!
それを無かったことにしようなんて……」
「お、おちついて、ターニー……」
横からクラリスさんが割り込んで何とか冷静にさせようと努める。ターニー君は私の肩から手を放し、苦虫をかみつぶしたような表情で目を逸らした。
正直言ってびっくりした。オートマタのターニー君がこんなに感情をむき出しにして怒るなんて。
……でも
「でも、もともと、この体はクオスさんが女性の体を手に入れようとして生まれ変わった体であって……本当なら、存在するはず……」
そう。存在するはずのない、いびつな存在。そしてそれはクオスさんにとってメッツァトルへの裏切りの証でもある。本物のクオスさんからすれば見たくもない物だろう。
「偽物でも作り物でも、ほんの短い間だったかもしれないけど……それでも彼女は必死に生きたんです」
いったいどうしたんだろう、急に。しかしここでもめていても話は進まないし、そもそも本物のクオスさんが生きているのかどうかも分からない。私は呼吸も大分落ち着いてきたので、再びクオスさんの遺体を担ぎ上げようと彼女に近づいた。
「ん? なんか、騒がし……」
遠くからだんだんと近づく獣の咆哮の様な声。市民たちの怒声の中から、明らかにそれとは異質な声が聞こえる。
「オオオオオオ……」
その声が聞こえたのは、私達の視界の上方、クオスさんの遺体をもたれかからせている壁の上からだった。
人間の倍ほどもある巨大な腕。それが塀の上に手をかけ、力を込め、やがてゆっくりと人の頭部のようなものが姿を現す。
しかし手に比してもよく分かるようにそれもやはり大きい。町の中に巨人族が? しかしそれは巨人とも言い難い。シルエットは確かに人間の上半身だが、スキンヘッドの眼窩に目はなく、代わりに左右それぞれに数本の短い触手が生えており、うねうねと辺りを探るように蠢いている。
「マ゛アアアアァァ……」
恐怖のあまり体が硬直してしまう。
「マ……ピ……」
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