第146話 アルテグラの屋敷へ

「うそでしょ!? アルグスさんもドラーガさんも! クオスさんを生き返らせられるんだよ!!」


 しかもこの状況なら生贄となる人もいないっていうのに、何を躊躇することがあるっていうの! 二人の考えていることがまるで分らない。分かりたくもない。


「わ、私はそれでも……く、クオスを、助けたい」


 クラリスさんがクオスさんの遺体の頭を撫でながらそう言う。私も意見は同じだ。


「みんな、見損ないました」


 私はクオスさんの遺体を肩に担いで立ち上がる。


「メッツァトルのみんなは、決して仲間を見捨てることなんてないと思っていたのに……

 行きましょう、クラリスさん、ターニー君」


 私はちらりとドラーガさん達を一瞥してから進む。ターニー君はクラリスさんを肩に乗せて私についてきてくれた。よかった。これで誰もついてきてくれなかったら泣くぞ。というか「行きましょう」とか言ったけど、そもそもどこに行けばいいのか分からない。


 アンセさんとイリスウーフさんは……ついてきてはくれなかった。



――――――――――――――――



「行っちゃったわね……本当によかったの?」


 マッピ達の背中を眺めながらアンセがアルグスに尋ねる。


「いいんだ……」


 ゆっくりと、アルグスは応えた。


「ここでそれを認めたら、クオスが苦しんだことが無意味になる」


「どういうこと?」


 アンセの問いに答えるのはドラーガ。


「俺達は、転生法も不老不死も認めるつもりはない。認めるわけにはいかねえ。

 これからそれを旗頭にして七聖鍵と、シーマン家と戦わなきゃならねえんだ。そんな中で『勇者の仲間だからこいつだけは特別だ』なんて理屈でクオスを生き返らせられると思うか?」


 その言葉にアンセは俯くが、しかしやはりまだ納得はいっていないようである。


「でも、今回は……誰かを殺して成り代わるわけじゃないのよ? そんなに厳しくしなくても……」


「イチェマルクだって本当は理解してたはずさ。『今回だけは特別』なんてことを言い出したらいつまでも反不老不死なんて達成できねえ。抜け道なんてもんはいくらでも悪い奴が作り出すんだからな」


 「悪い奴」……つまりは「詐欺師」である。その詐欺師が言っているのだ。例外を作ってしまえばいくらでも言い訳が利いてしまうと。


 アルグスもゆっくりと口を開く。


「『正しさ』を掲げて戦うんなら、自分の都合で『正しさ』を出したり引っ込めたりしちゃあいけない。それは、『悪』以外の何物でもない」


 頭ではわかる。理屈ではわかる。しかしそれでも、共に戦った仲間を失った悲しみに、アンセは唇を強く噛んだ。


「俺はそれよりも気になることが……ん、あれ?」


 ドラーガが独り言を言いながら辺りを見回す。一体何を探してるのかアンセが尋ねるとドラーガはすぐに答えた。


「ええっと……クオスの死体は……?」


「は? あんたアホなの? 今マッピが担いでいったじゃないの。どういう記憶力してるのよ」


 言われてドラーガは腕組みをし、顎に手を当てる。「こいつは参ったぞ」という表情である。


「クオスの遺体を調べたいことがあったんだが」


「は? じゃあ急いで追いかけて見せて貰えばいいじゃない!」


 だんだんアンセが切れ気味になってきた。


「いや、今喧嘩別れしたところですぐに追いかけるってのもなぁ……」


 そんなこと今更気にするようなキャラじゃないだろうが。と、言いたいところを歯を食いしばってグッと堪えるアンセ。ただでさえ仲間を失って冷静じゃないところに、こいつの相手をまともにしたくない。というのが本音だ。


「あの……もしかして肩の矢傷の事ですか?」


「そう! それだ!!」


 イリスウーフの言葉にドラーガが指さして答える。アンセは最初その意味が解らなかったが、しばらくしてから合点が言ったようで独り言のように話し始めた。


「そう言えば……アルグスがクオスの居場所に気付いたのも、急に悲鳴が聞こえたからだったわね。

 そうだ! 思い出した! どこからか矢が飛んできたのよ!! おそらくそれが命中して、クオスは悲鳴を上げたのよ!!」


 叫ぶようにひらめきを得たアンセを指さしてドラーガは言葉を発する。


「それだ。気になってたのは。俺達の中にはクオス以外には弓使いはいない。じゃああの矢を撃ったのは一体誰だ?」


「クオスさんは……風魔法を使って弾道補正して、壁の向こうから曲射で私達を追い詰めていました。つまりあの矢は、その風魔法をかいくぐって打ち込まれたことになります」


「壁の陰に隠れているものを撃ち抜く弓の腕、クオスと同等以上の風魔法の使い手……」


 ドラーガの言葉にアルグスが目を見開いて顔を上げた。先ほどまでの生気のない表情ではない。何か、ひらめきを、光を得たのだ。そんな表情であった。


「クオスは……生きている!!」


「そうだ。イチェマルクの言ってることは正しかったが、しかしやはりクラリスの言ってることも正しい。この意味が分かるか?」


「え? ど、どういうことなの?」


 ただ一人状況の飲み込めないアンセ。そのアンセの両肩を掴み、興奮気味にイリスウーフが話しかける。その表情には喜びの色さえ見えるほどだ。先ほどの仲間を失った悲しみから少しずつ立ち直っているように見える。


「つまり、あの時点でクオスさんは二人いたという事です!!」


「? ……??」


 もはやアンセが可哀そうになってくる。だらだらと汗を流しながら皆を見回す。


(え……なにこれ? 分かんないの私だけ?)


「転生法のコピー元……エルフのままのオリジナルのクオスがアルテグラの屋敷にいたって事さ。てっきり転生法が成功した時点で処分してる物とばかり思っていたが、どうやら理由は分からんが生かしているみてえだな」


 ここでようやくアンセの表情に笑顔が浮かんだ。……が。


「で、でも今どこにいるのよ……ついさっきまではこの辺にいたんだろうけど……」


 当然の疑問である。クオスは姿を見せてはいないし、手掛かりになるものも全くない。ドラーガもこれには当てがあるわけではないようで、腕組みをして考え込む。


「とりあえずは……唯一の手掛かりのある……アルテグラの屋敷に向かうか」


「ところでドラーガ」


 一応の結論を出したドラーガにイリスウーフが話しかける。


「マッピさん達は、どこに向かったと思いますか」


 しばしの沈思黙考。


「アルテグラの屋敷……だろうな」


 なんとも気まずい。結局マッピ達の後を追うことになるのだ。


「仲直りのチャンスですから」


 微かな微笑みを見せて、イリスウーフは人差し指でドラーガの頬をつついた。

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