第148話 大入道
この大入道……今、私の名前を呼んだ……?
でもこんな化け物に知り合いはいないし……でも、どこかで見たことがある様な……いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも重要なのは!
私はターニー君の腕を引っ張ってその場を走り出す。とにかくこの化け物から距離を取らないと。とてもこの化け物が人間に対してフレンドリーな存在だとは思えない。
というかおそらく市民たちの悲鳴はこの化け物を見たからに違いない。いくらティアグラが稲妻を落としまくったとはいえいくら何でも騒がしすぎるとは思ってたけど。
「ま、待って! クオスさんが!」
ターニー君の声に私は振り向く。しまった、クオスさんの遺体の事を忘れてた。しかし化け物が塀を崩しながらそれを乗り越えたために、彼女の遺体は瓦礫と粉塵で見えなくなっていた。
化け物の身長は恐らく4メートルほど。上半身は人間、というか巨人だけど、へそから下はタコの様に触手になっていてもぞもぞと蠢いて移動している。
「た、助け……誰か、助けて……」
そしてその触手のうちの一つに捕まっている市民。やっぱり、敵対的な存在……と思っていたら、化け物は触手で以て市民を顔の前に持ってきて大きく口を開ける。
すると化け物の口からは無数の触手が這い出てきて市民を包み込みそのまま飲み込んでしまった。蛇のように喉が膨らみ、もがきながらも体の中に市民は腹の底に飲み込まれていく。
「ほ、捕食、された」
クラリスさんが小さい声でそう言った。
ど、どうしよう、アルグスさんもアンセさんもいない状態であんな化け物に遭遇するなんて。というかあの化け物いったいどこから出てきたの? ダンジョンでも見たことないし、噂にも聞いたことがない。
「あ、あんな化け物が生み出せる奴は、こ、この町で一人しか知らない……」
そう言いながらクラリスさんは両手で印を組み、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。あの化け物に心当たりがあるんだろうか。
呪文を唱え終わると目の前の土がぼこぼこと盛り上がって人の形を作る。しかし、そのゴーレムは以前見た者よりは随分と小さいし、何より一体だけだ。
「あ、アルテグラの仕業……彼女の実験動物だと思う」
マジか。製造者責任取ってもらわなきゃ。
とにかく、この世のものとは思えない咆哮をあげながら人食いの化け物が近づいてくる。どうにかして逃げなきゃ。しかも私達の味方はこのたった一体のゴーレム……と思ったけどたった今化け物の触手に張り倒されて粉々になったわ。もうちょっとないスかね? クラリスさん。
とにかくすぐに走って逃げようとターニー君の手を引っ張るが、しかしターニー君がそれに抵抗した。こんな時にいったい何!?
「……クオスさんの、遺体を回収しないと」
何を言い出すのこの非常時に。もうそんなこと言ってられる余裕ないんですけど? しかし、どちらにしろこの状況では化け物から逃げられない、と思った時だった。化け物の左半身に無数の矢と火球が撃ち込まれた。
「グオォォ!?」
化け物の体が大きく揺らぎ、その隙に私達は建物の陰に隠れる。そこから何があったのかを見てみると、道の一つに何人かの戦士や魔導師が展開していた。これは……冒険者だ。
間違いない。彼らの後ろにはセゴーさんも控えている。異常事態に気付いて出動してきたんだ。ほんの数週間前にモンスターのスタンピードがあったばかりだ。今回は動きが早い。
「いけぇ!! 化け物を今夜の酒のアテにしちまえ!!」
セゴーさんの合図で十数名の冒険者たちは再び矢を放ち、魔法で攻撃を仕掛ける。しかし化け物の方もそれを全て触手と腕で打ち払った。威勢がいいのは突撃のセリフだけかよ。
「うぎゃあ!!」
「お助けぇ」
ちょっとシャレにならない事態になってきた。冒険者達が化け物に次々と攻撃され……捕食されていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
私はその隙に駆けだそうとしていたターニー君をひっつかんで止める。今飛び出そうとしてたよね!?
「邪魔しないで下さい、マッピさん。クオスさんの遺体を回収しないと」
ま、まだそんなこと言ってるの? もうそんなことを言ってられる事態じゃないっていうのに。正直言ってあの化け物から逃げるのが最優先課題だ。まだセゴーさん達が対峙しているけど、それもいつまでもつか……
「ォォオオォォオオオ……俺の」
バッと私は振り向く。今、喋った? あの化け物……
「俺の体は……どこにある!!」
「化け物が!! 意味不明な事言ってんじゃねえ!!」
触腕の攻撃を避けながらセゴーさんが両手剣で切りつける。あまり効いてないようにも見えるけど。いや、それよりも、なんかあの化け物、出会った時よりも巨大化してない? もしかして人間を捕食して大きくなった?
「セゴーさん荒れてますねェ……」
「!?」
聞きなれない言葉に私は思わず振り向く。この期に及んで誰かがこの場に?
「お久しぶりでス、マッピさん」
「アルテグラ!?」
闇の中に浮かび上がる骸骨に一瞬悲鳴を上げそうになったものの、声をかけてきたのは黒いローブを羽織ったアルテグラだった。さすがに屋敷の近くでこれだけの大騒ぎに気付いて出てきたのか。
「すいません、うちのセゴーが逃げ出しちゃったみたいでご迷惑をおかけして」
……なんて?
私は化け物の方を見る。セゴーさんはどうやら触手に捕まってしまったみたいだ。剣も取り落としている。
あのセゴーさんが……アルテグラの屋敷から逃げ出して……?
「あ、もちろん人間の方じゃなくて巨人の方のセゴーですよヨ?」
……?
セゴー?
いやいやいや。
何言ってるんですかアルテグラさん。
周りを見てみるとターニー君とクラリスさんも目を丸くしてアルテグラさんを見た後、セゴーさんの方を見た。
巨人って……あの下半身が触手になってる奴? あれがセゴーさん? んなアホな。いくらなんでもさぁ……あの今まさにセゴーさんを食べようとしてる大入道が……あっ、食べた。
「いやー……セゴーさん、生き生きとしてますネェ」
嘘だろ?
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