第157話 メッツァトル崩壊
「待て! 逃がすか!!」
アルグスさんはトルトゥーガを投擲するが、しかしセゴーは数本の触手を犠牲にしてそれを止めると凄まじい速さで逃げていった。
「今はまだ勝てん……もっと、もっと力が必要だ……」
あの男、まだ懲りずに人間を捕食するつもりなのか。しかし周囲の瓦礫をまき散らしながら逃げるセゴーを追うことは出来ずに、私達は奴を取り逃がしてしまった。
「くそ、奴め! 僕が必ず引導を渡してやる」
悔しそうにそう呟いてから、アルグスさんは私達の方に体を向けた。とりあえずは、今の状況をまとめなければ。セゴーさんについては今ドラーガさんに説明したからアルグスさんの耳にも入っていると思う。
アルテグラが飼育していた……というか好き勝手望むままに「力」を与えて化け物と化してしまったオリジナルセゴーがレプリカントのセゴーを捕食して七聖鍵と私達に復讐をしようとしているという事。そして未だ説明していない、とても大事なことがある。
「みなさん……ご迷惑をおかけしました」
クオスさんが本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「そう! そうなんですよ!! なんと!! オリジナルのクオスさんが生きていたんです!!」
「ん……まあ、そうか」
「ケガはないのか、クオス?」
「よかったわ、心配したのよ」
「私達は、転生の事、気にしてませんから……」
ん……? あれ? なんか……みんな反応薄くない? クオスさんが生きてたんだよ!? 死んだと思っていた仲間との再会だっていうのに!!
「いや……まあな」
ドラーガさんがなんか呆れたような表情で口を開く。
「実を言うと、オリジナルのクオスは生きてるんじゃねえのか? ってのはうすうす勘づいてはいたんだよ」
え、うそ、何それ。私だけ仲間外れかい。なんか冷たいよなあ……でもまあ、結局は収まるところに収まった感はあるよね。私達は誰一人欠けることなくこうしてまた集まることができたんだから。
「それは違う、マッピ。僕が、クオスを殺したという事実は変わらない。たとえオリジナルのクオスが生きていようとも、それは変えようのない事実だ」
悲しそうな表情で目を伏せてそういうアルグスさん。やっぱりまだ気持ちを切り替えることができないでいるのか。こういう時こそ仲間が励まさねば。
「その……ショックな気持ちはわかるんですが、亡くなったのはレプリカントの方ですから……アルグスさんは、そこまで気に病む必要はないと思います。オリジナルの方はこうして生きて……」
パァン
一瞬、何が起きたのか分からなかった。でもそれが、言葉を言い終わる前にドラーガさんが私の頬をはったのだと分かるまでにそう時間はかからなかった。
私は訳が分からないまま叩かれた自分の頬に手を当てる。熱い。
ドラーガさんは怒りの表情を見せている。なんで? なんで急に? 私が一体何をしたっていうの?
「なぜ……」
「お前、いつからそんな奴に成り下がりやがった」
なにを……そんなに怒っているの? 私の両目からは涙が滲む。
「オリジナルだから大切で、レプリカントだから死んでもいいっていうのか!? どっちもクオスで……俺達の大切な仲間だってことにかわりはねえ!」
……そういえば、ターニー君も同じような事を言っていたような気がする。私は、大きな間違いを犯していたような。
ようやく、ターニー君が何に怒っていたのかが、少しずつ私にも分かり始めてきた。
「マッピさん、どちらも、同じ命なんです。自然に生まれたものだから大切で、人が作ったものだから粗末に扱っていいなんてことはないんです」
イリスウーフさんが優しく、叩かれた私の頬を撫でながらそう言った。
そうだ、私は無意識のうちに、オリジナルのクオスさんが生きていたからレプリカントはどうでもいいと……命の価値を勝手に決めて勝手に一喜一憂していたんだ。
レプリカントのクオスさんも、一生懸命に生きて、迷い、たった一つしかないその命を燃やしていたっていうのに。
「たとえば、養殖物のアユでも、天然物のアユでも、どちらもとても美味しいんです。私はやっぱり天然物の香りが好きですが……」
そのたとえいらんやろ。
「ごめん……なさい……」
回復術師という職業でありながら、私は無意識のうちに命の選別を行っていたんだ。命の価値を勝手な理屈で決めていたんだ。
次から次へと涙が溢れてくる。
しゃくりあげる声が止まらない。
叩かれたのが痛いからじゃない。クオスさんの死に悲しんでいるのとも……少し違う。
ただただ、自分の浅ましさに情けなくなっていた。
「俺やアルグスがレプリカントクオスの復活に反対したのは、オリジナルのクオスが生きているかもしれないと思ったからじゃない。命を弄ぶような行為を許せねえからだ」
「……ごめんあさいぃ……」
もう私は、それしか口にすることができなかった。私だけが、何もわかってなかった。みんなを冷たい人たちだと思い込んで……勝手に蔑んでいた。何も考えていなくて、命を軽んじているのは、私だけだったんだ。
「もういいんです、マッピさん」
そう言ってクオスさんが私の体を抱きしめた。
「もとはと言えば、全て私が悪いんです。
自分勝手な理屈で、仲間を裏切って、その命まで奪おうとして……」
私はその言葉を否定しようとして顔をあげるが、しかしまだ涙が溢れてきて、言葉にならない。違う。みんなの命を狙ったのは、レプリカントの方で……
「私は……この戦いが終わったら、メッツァトルを抜けて、エルフの森へ帰ります。
仲間を裏切って殺そうとした私は……冒険者に向いていません……」
「ち、ちがっ……うぅ……」
ダメだ、言葉が出ない。裏切ったのは確かだけど、クオスさんはレプリカントと戦って、私達を助けてくれたのに!!
「違いません。あのレプリカントも、体を分けたとはいえ、間違いなく私なんです。私は、少し弱いところに付け込まれれば、容易く仲間を殺そうとしてしまうような人間なんです」
そんな、いやだ。
せっかくできた仲間なのに。
行ってしまわないで、クオスさん。
私は赤子の様にクオスさんに抱き着いて、そして泣きじゃくった。
「いやぁ……行かないで……やぁ、やだよぅ……」
クオスさんは、私が泣き止むまで、ずっとそうして抱きしめてくれていた。
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