第158話 ファックス

 ぶび~~~~ッ


「すげぇ出るな……」


「マッピさん、なんだか子供みたいです」


 そう言ってクオスさんはようやくいつもの朗らかな笑みを見せてくれた。


 一方ドラーガさんは私の鼻をかんだハンカチをいやそうな表情でべちゃっとその辺に捨てた。


「す……すみません……取り乱してしまって」


 何とか涙と鼻水を止めて謝ると、ドラーガさんは私の頭をぽんぽんと軽く叩いで、そしてちょっとだけ抱きしめるように自分の胸に押し付けてから「気にすんな」と呟いてから背中を見せた。


 もう……なんだよ、ずるいなあ……


 今までクオスさんとかイリスウーフさんの気持ちが全然分からなかったけど、こういうところがモテる秘訣なんだろうなぁ……騙されちゃいけない。私は気持ちを入れ替えるためぶんぶんと頭を左右に振る。


「さて、メンバーも揃ったところでこの先を考える」


 空気を換えるべくアルグスさんがそう呟く。


「クラリスとターニーは?」


 アルグスさんの問いかけに私は答える。


「途中ではぐれてしまって……アルテグラも一緒にいましたし、大丈夫だとは思いますが。彼女はどうやら敵対的ではないようなので」


 少し考え込むような仕草を見せてからアルグスさんは言葉を継ぐ。


「僕とヴァンフルフはセゴーを追う。足止めして、可能ならば討つ」


 「可能ならば」なんて言葉はアルグスさんには似合わない。彼が「討つ」といえば必ず討ち果たすのだ。でも、今の彼の言葉には何か、力が無いように感じる。やはり、クオスさんの事をまだ引きずっているのだろうか。


「無理をしないで、アルグス……私達はどうすれば?」


 アンセさんが彼の事を気遣いながら訊ねる。アンセさんは先ほどのティアグラとの戦いで大分消耗しているから連れて行かないという事だろうか。いやしかし、ヴァンフルフとアルグスさんが本気で奴を追ったら、確かに私達についていくのは至難の業だ。


「アンセ達は……天文館に向かってくれ」


 天文館に? ギルドの助力を得るという事だろうか? でも、ギルドのトップのセゴーはすでにセゴーに食われてしまったけれど。


「七聖鍵の助力を乞う」


 え!?


 本気で言ってるの? アルグスさん!?


「追いつけるかは分からないが、僕は独力でもセゴーを倒すつもりだ。だが、やはりこの事態を静観している七聖鍵が気になる」


 確かに、この異常事態に動きを見せない七聖鍵は気になる。しかし奴らはスタンピードの時もそうだったし、今更私達を助けて、市民達のために立ち上がるとは思えない。一体何を考えているの?


「奴らはイリスウーフの件の時にもスタンピードの時に動かなかったことをドラーガに市民の前で指摘されている。その上で今回も動かないとなると市民の支持は完全に失う。

 それでも動かないという事は、最初っから冒険者として市民の支持を集めたいという気持ちはないのかもしれない」


 奴らの……ガスタルデッロの狙いは「アカシックレコード」だと言っていた。国を落とすつもりなら野風に頼らなくても簡単にできるとも。なら、彼らの動きは全て野風を奪うためだけに収束すると?


「表向きは奴らに交渉して冒険者を全員率いてこの怪異に当たらせること、しかしドラーガはそれを機に奴らの真意を聞き出し、それを妨害してほしい。できるか?」


「へっ、この賢者様に出来ない事があるとでも?」


 あんた口を動かす以外なんもできないだろうが。


「さらにもう一つ」


 しかしアルグスさんの注文はこれでは終わらなかった。


「七聖鍵に手を出させるんだ」


 それは……


 処刑の時にドラーガさんがやろうとして失敗したこと。


「僕は何としてもセゴーを討つ。それは独力でもだ。他の冒険者の力など必要ない。そしてその後、勢いのまま七聖鍵をも撃破するつもりだが、これはうまくいくかは分からない。もし失敗したなら『保険』が必要になる」


 つまりは七聖鍵を討ち果たせずにまた「膠着」状態に陥ってしまった場合、無法に攻撃を仕掛けたのはこちらの方という事になってしまう。法を前にして国家というものに逆らった場合、一冒険者の力は無力に等しい。


 そのための言い訳エクスキューズが必要になる。


 それを作らなければいけないという事だ。


「いいだろう、俺に任せろ」


 簡単にドラーガさんは答えるけども、危険な作戦だ。


 作戦通り七聖鍵が手を出してくるか……それもあるけれど、問題はそれだけじゃない。


 私はティアグラとの激しい戦闘を思い出す。まさに人間離れした恐ろしい実力だった。七聖鍵のリーダーと副リーダーであるガスタルデッロとデュラエスがアレよりも弱いという事はないだろう。


 ヘタすれば、手を出させて、そのまま一瞬で葬り去られてしまう危険性だってある。


 アルグスさんはドラーガさんの手を取って、固く握った。


「任せる。信頼しているぞ、ドラーガ」


 そうだ。ドラーガさんはもはや、このメッツァトルでアルグスさんの信頼を受けて作戦の要を任されるほどにまでなっているんだ。実は成長してそうなったんじゃなくて、最初からそうだったんだけれど。


 そして私はそれを全力でサポートしなければならない。アンセさんとクオスさん、それにイリスウーフさんと共に。


「アルグスの方も、決して無理はしないでね……」


 アンセさんがアルグスさんの両手をもって彼の身の心配をする。アルグスさんなら、あんな化け物に後れを取ることはないとは思うけど。それでも……まだ想いは伝えてないのだろうけど、アンセさんが彼の事を心配する気持ちはわかる。


 特に今のアルグスさんは、心配になる。といっても、結局はヴァンフルフに任せるしかないんだけど。


 アンセさんは、暗闇の中に消えていくアルグスさんの背中を見送ってから私達の方に来た。


「行きましょうか……天文館に」


「その……」


 私はどうしても気になっていることを彼女に訊ねた。おそらくこれが、この七聖鍵との最後の戦いになる。その最後の戦いに向かう上で、どうしてもそれを聞かずにはいられなかった。


「あの後、アルグスさんにちゃんと気持ちは伝えられたんですか……?」


 私が尋ねると、アンセさんは苦笑して少し俯き、ゆっくりと顔を横に振った。


「私がアンセさんにこんなことを言うのもなんですけど、私達は明日をも知れぬ身です……気持ちは、ちゃんと口に出して伝えないと……」


「分かってはいるんだけど、いざ彼を目の前にすると、怖気づいちゃって、上手く言えなくって……フられたらどうしよう、この関係が壊れてしまったらどうしよう、って」


 言いたいことは分かるけれど……でも私もイチェマルクさんに冷たく当たったことを後悔している。それに気づいたのが彼を失った後というのがなんとも救いようのない事実ではあるけど……だからこそアンセさんには同じ失敗をしてほしくなかった。


「でも、だからこそ、私は必ず生きて戻るわ。必ずまた生きて彼の元に戻って……今度こそ気持ちを伝える」


 笑顔を見せるアンセさん。でもその笑顔は、なんだか強がっているようにも見えた。


「生きて帰りましょう……必ず想いを遂げられるよう……アルグスさんと結ばれるために」


 私のその言葉を聞いて、アンセさんは何を思ったのか、目を大きく開いて意外そうな表情をした。


「ああ、ファックはしたわよ」

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