第159話 業魔殿
なんか、こう……釈然としない。
ていうかアレだけ「何もしてませんよ」オーラ漂わせておきながらしっかりヤることヤってやがったのか……大人って怖い。
しかもその上で「まだ想いを伝えていない」って……どういうことなの? もう完全に理解の範疇を超えちゃってるよ。イリスウーフさんとクオスさんとか、アンセさんの言葉を聞いても全然普通の表情なんだけどそういうもんなの?
今このパーティー、ドラーガさんとアンセさんはアラサーだし、クオスさんとイリスウーフさんは長命種で見かけよりも年取ってるはずだから、確かにお子様なのは私だけなのかもしれないけどさ?
大人ってそういうもんなの? これが普通なの?
想いをまだ伝えてないのに、そういうことって出来ちゃうもんなの?
もしかしたら、人間というものが一番恐ろしい化け物なのかもしれない。
とかなんとか考えながら歩いていたら、私達はもう天文館の前にまで来ていた。
満月の月明かりに不気味に照らされる冒険者たちの砦。
全国冒険者組合総連合、通称冒険者ギルド。
冒険者になる前は、ただの冒険者の集まりだと思っていた。寄る辺なき無頼漢達が、生きていくために力を合わせている組織なのだと。
だが実際には冒険者ギルドはいくつも問題を抱えていた。
協定の悪用。
ヤミ専従。
非正規雇用。
それでもここは私たち冒険者の唯一の拠り所なのだ。それを私達の手に取り返さなきゃならない。冒険者達をいいように利用して自分の駒にする七聖鍵を倒さなければ。
「開けますよ?」
イリスウーフさんが天文館のドアに手をかけてこちらに尋ねかける。
「ええ。私も戦えない今、あなただけが頼りよ」
「ちょ、ちょっと……」
アンセさんの応えにドラーガさんが待ったをかけた」
「『戦えない』ってどういうことだよ」
アンセさんは一瞬疑問符を浮かべてからドラーガさんに答える。
「さっき、ティアグラとの戦いで魔力を使い果たしてしまったから……」
ああ、確かに最後のティアグラを葬った攻撃はアンセさんの最大出力魔法「チェスト」だったから、今はもう魔力がないのか。
「ええ~……」
おや? ドラーガさんの様子が……
「あ……ああ~、これ……アカンな……」
え? 何が?
「ちょっとこれ……あいたたた……あ、お腹が……あいたた……」
何言いだすのこの人。
「これ……今日はちょっと……無理やな……」
は?
「今日……もう、ちょっと、帰らん?」
「は? 急に何言いだすんですか!? ドラーガさん自分が何言ってるか分かってます?」
目的地の目の前にまで来たっていうのに、この人いきなり何を言い出すのか。いや、まさか。
「こう、今日は日が悪い……っていうかさあ。もっと……万全の時にだな? そのぅ……」
マジかよこの男。
イヤ私がいくら鈍いからってドラーガさんがなんで急にこんなことを言い出したのかはさすがに分かる。
アンセさんが魔法が使えないからだ。
クオスさんは弓はあるが矢はない。天文館の中にはあるだろうけど。すると、今戦力を保有しているのはイリスウーフさんだけ。つまり、今私達には絶対的に戦力が足りないのだ。
足りないのは分かるけどアルグスさんに「俺に任せろ」とか「この賢者様に出来ない事はない」とか大見得切っておきながらこの体たらくは……
「たのもおぉぉ!!」
「!?」
うわお。
大声でクオスさんが叫ぶ。強行突破だ。
普通強行突破って敵が通せんぼしてて無理やり押しとおるときに言うもので、味方がなかなか進まないから言うものじゃないとは思うけど。しかしとにかく強行突破だ。
しかしこんな夜中(日付が変わるころ)に天文館に誰もいるわけもなく、クオスさんはそのまま天文館のドアを開ける。
不思議なことにドアには施錠がされていなかった。誰か中にいるのか……いるとすればそれは現状での天文館の最高責任者……ギルドマスターのセゴーは死んじゃったから、その次となる人物。
副ギルドマスター? あったことはないけどそんな人もいるのかな? だが私達の頭の中に真っ先に浮かぶのは実質的なギルドの支配者、七聖鍵のガスタルデッロとデュラエス。
「お前……お前、勝手にさあ……」
ドラーガさんの抗議の声を無視して私達は天文館の中に入っていく。夜遅い時間で誰もいない灯っていたけど、中には何組かの冒険者たちがいた。おそらくはレプリカントセゴーがオリジナルを討伐に向かう上で
いや、セゴーが自分で直接戦場に行くなら副指揮官を指名してから行くだろうから、その人が指示を出していないんで待機してるっていう事だろう。
その副指揮官とは……やはりガスタルデッロだろうか。町を治める気のない奴らなら、後詰への指揮も適当なのかもしれない。
「ガスタルデッロは上か?」
ようやく気を持ち直したドラーガさんが努めて「何でもない事のように」時間を適当に潰している冒険者たちにそう聞く。
「ガスタルデッロの旦那ならさっき出て行ったが、デュラエスなら上にいるはずだぜ」
「なあ、あんたたち、外は一体どうなってるんだ?」
答えと共に外の様子を尋ねる冒険者。そりゃあそうだろう。外ではまだ地響きと共に悲鳴や怒号が飛び交っている。まだモンスターが暴れているからだ。そして、それだけじゃない。おそらくは暴動も起きている。
度重なる町に起き上がる尋常ならざる事態。それに対応しないシーマン家、不満も爆発していることだろう。そしてそういった暴動がおこると必ず起こるのが略奪や火付けだ。
前回も混乱に乗じて強姦殺人を働いた人間がいて、処刑されたのを私は知っている。あれは恐らく氷山の一角だろう。もしかしたら町をひっくり返すような内乱になるかもしれない。
「外はぐちゃぐちゃだ。お前らもこんなところで油売ってねえでアルグスに加勢しろ。もう無能な指揮官の命令をのんびり待ってるような状況じゃねえんだよ」
ドラーガさんがそう言うと冒険者たちはもごもごと何か言おうとしていたが、やがてそれぞれの得物をとり、外に出ていく支度を始めた。その時だった、天文館のドアが開けられて冒険者と思しき一団が中に入ってきた。
「まずいことになってるぞ」
まずいことになってるのは知ってるけど……
「シーマン'sの騎士団が出てきたが、市民と衝突している!」
騎士団が出てきたなら、それは朗報だと思うんだけど……市民と衝突? なぜ? 市民は守るべき対象なんじゃ?
「暴徒化した市民を片っ端から殺してやがる。市民たちはそれに投石で応じていて、こりゃあちょっとした内乱の様相になってきてるぜ」
なんだって!? ちょっとした、じゃない。もうそれ完全に内乱だよ。
「やれやれだぜ。おい! 予定変更だ。お前らは市民を守るために戦え。それと……」
ドラーガさんは開け放たれた天文館のドアの方に歩いていき外に向かって立ち、右手の人差し指と親指を輪のようにして口の中に入れた。
ふひゅーーーーー……
なにを?
「あれ?」
首を傾げてからまた指を口の中に入れて大きく息を吸い込む。
すひーー……
ふすーー……
何をしてるんだろう、この人。
「……っかしいな……みんなこうやって音出してたんだけどな……やり方おかしいのかな」
もしかして指笛をやろうとしてる? なんのために? なんか説明してよ。
「ねぇ……」
そうこうしてると外の方から妙にセクシーな格好をしたお姉さんが話しかけてきた。あれ、この人どっかで見たことがある様な……あっ、思い出した。魔族四天王のダークエルフのビルギッタだ!!
「もしかして私を呼んでるの? ……それ」
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