第160話 魔を従えて
「この女……知ってるぞ、前のスタンピードの時にモンスターを率いていたやつだ!」
「ムカフ島のモンスターまで襲撃してきたのか!?」
突然の魔族の襲来に色めき立つ冒険者達。しかし私は知っている。彼女は敵ではないという事を。
「よう、俺の呼びかけに応じてくれたか」
「いや、町が騒がしいからヴァンフルフと一緒に様子を見に来てたのよ」
そりゃそうだ。あんな半端な指笛普通にしてたら絶対聞こえないわ。ドラーガさんは天文館の中の方に振り返って冒険者たちに声をかける。
「おい、今ムカフ島のモンスターどもは敵じゃねえ。俺達の指揮下にある」
「ちょっと! 手下になったつもりは……」
「いいから黙ってろって」
反論をしようとするビルギッタを抑えてドラーガさんは話を続ける。
「お前たちはビルギッタを指揮官とするモンスター達と協力して市民を守れ」
この言葉にビルギッタは一瞬眉根を上げたが、特に反論しなかった。それはもちろん「協力すれば魔族の生存権としてムカフ島をもらえる」という打算あっての事だろうけど。
しかし、冒険者の方はそうではない。
「ちょ、ちょっと待て! ほんの1か月前にこの町を襲ったモンスター共だぞ? それが市民を守るってのか? 信用できるか!」
「『信用できるか』だと? ほほう、メッツァトルが信用できないっていうんだな」
「ぐ……」
即座にドラーガさんはメッツァトルの看板を出す。こういう時のネームバリューは強い。何しろそのスタンピードの際に八面六臂の活躍をしてモンスターを押し返したのが私達メッツァトルなんだから。
「ま、あんたたちがアタシらを敵視しないんだったら、アタシ達も協力するのもやぶさかじゃないわよ」
ビルギッタの言葉は若干上からではあったものの……
「むぅ……」
冒険者たちは上から下まで舐めまわすようにビルギッタの体を見つめる。
「哺乳類だな……」
イラッ
まあ……まあ仕方ない。こういう時美人って得だよね。まあおっぱいの力もあるかもしれないけどさ。でもきっと私が魔族でもみんな協力してくれたと思うよ。私ってほら、美人だし。
「頼んだぜビルギッタ」
「任せな」
そう言ってドラーガさんとビルギッタはコツンと拳を合わせた。すぐに冒険者たちはビルギッタに率いられて天文館の外に駆けていく。
「これで……天文館の中でこれから先何が起きても邪魔は入らねえ。助けも入らねえがな」
なるほど、確かにデュラエスがここの指揮官になっているなら最悪冒険者をけしかけてくる可能性もあったけど、それも排除できたわけか。……しかし、まさかシーマン'sが市民を攻撃するなんて……いったい何を考えているんだ。
これじゃあカルゴシアの町は崩壊……三百年前の再現になってしまう。イリスウーフさんの方を見ると同じ事を考えていたのか、暗い表情で俯いている。
「ああくそ、ビルギッタには残ってもらやぁ良かったな……」
階段をのぼりながらボソッとドラーガさんが呟く。この人まだ七聖鍵と戦う踏ん切りがつかないのか。
一応、天文館の一階で私達はそれなりに武装を物色した。
天文館には冒険者の補給物資として簡単な武器くらいは置いてある。高価な鋼の剣などは専門の武器屋で買うものだが、消え物の矢とか訓練用の樫の木の棒、実際には木剣として使うんだろうけど、そんなものは見つけることができた。私はメイスをなくしちゃったのでそれを得物として使う。こんなものが七聖鍵に通用するとは思えないけど、何もないよりはマシだ。
階段を上ると明かりのついていた一階よりは薄暗い廊下。両側が部屋なので窓から光は入ってこない。普段はなかったと思うんだけど、廊下の両脇の床に直接ろうそくが立てて、火が灯されている。足を一歩踏み出すときしりと床が軋む。
初めてドラーガさんと一緒にここへ来た時、セゴーがどこにいるかと片っ端からドアを開けてまわったっけ。今となっては懐かしい。あの時はまだ、自分がこんな大事件に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
そのセゴーも今となっては化け物と化して城下町で元気いっぱいに暴れまわっている。そろそろアルグスさん達はセゴーに追いついただろうか。
今思えば、あの頃には既にセゴーは冒険者を裏切って、私達を罠に嵌めて殺すつもりだったんだ。
「います」
先ず異変を感じ取ったのはやはり感覚の鋭いクオスさん。いや、異変というのはおかしいか。下にいた冒険者がデュラエスはここにいると言ったのだから。
「四つ先の右の部屋。ギルドマスターの執務室です」
私がメッツァトルへの加入報告をした部屋。そこにこの天文館の
感覚の鋭敏なクオスさんを先頭に、唯一戦闘能力のあるイリスウーフさん、その後にアンセさん、ドラーガさん、そして私が
物盗りじゃないんだから、警戒をしつつも、堂々と、ゆっくりと歩く。緊張で心臓を吐き出しそうだが、私達は表向きここへは「交渉」に来たんだ。
「ん?」
小さくクオスさんが声を上げた。床を見て。
「しまった! 戻って下さ……」
瞬間、前の三人が消えた。
いや、消えたのは……私達?
気付くと私とドラーガさんは見たこともない石の回廊の中にいた。どこにもクオスさんとイリスウーフさん、そしてアンセさんはいない。
「んん?」
ドラーガさんは眉間に皺を寄せて目を凝らして前を見ている。
「天文館の二階ってこんなだっけ? ……まあいいか」
よくねえよ!!
私は前に進もうとするドラーガさんの肩を掴んで動きを止める。私はすぐに後ろを確認した。異常事態だ。引き返さないと、と思ったけれど、後ろにあったはずの階段はなく、やはりこちらも石の回廊が延々と続く。
三人がどこかに飛ばされた……いや、この状況を考えると飛ばされたのは私達の方か……しかしこんな現象も魔術も聞いたことがない。
「ああ~……やられたな」
え? どういうこと? ドラーガさんはこれが何か知っているの? 私は周囲を警戒しながら彼に尋ねる。
「ドラーガさん……この空間は、いったい……?」
「知らん……始めて見た……怖い」
ええ加減にせえよこの男。なんか知ってるかと思って期待しちゃったじゃないの。
「なんだろこれ? 幻覚か? もし幻覚ならイリスウーフ達はまだ実際にはその辺にいんのか?」
そう言ってドラーガさんは両手を胸くらいの高さに前に出してわきわきと指を動かしながら辺りを慎重に探る。
それ完全におっぱいを揉む動きやろ。
この期に及んでラッキースケベ期待してんじゃねえよ。
よりによって……
よりによってまたこの人と二人きりか……また町のど真ん中で遭難する羽目になるとは。
魔法の使えない賢者と、回復術師の二人……戦闘能力皆無。私もあっちのグループが良かった。
「ギギッ」
「ギッ、ギェッ……」
ん? 何か、獣の鳴き声が聞こえる。回廊には両側にくぼみが作られていてそこにろうそくのような何か明かりが灯されていて薄暗い。
その回廊の奥から何か小さい生き物が跳ねるようにして近づいてくる。ドラーガさんが顔を青くして声を出す。
「なんてこった……あれは……」
回廊の奥から来たのは二匹の緑色の化け物だった。
「ゴブリンだ……」
私は樫の木の杖を持つ手に力がこもる。
「もう……おしまいだ」
ゴブリンですよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます