第161話 四次元殺法
「はぁ……はぁ……」
私は樫の木の杖を床に立て、そこに手をついて少し休憩。息を整える。
「ったく……」
辺りには樫の木の杖でボコボコに殴られて絶命した二匹のゴブリン。
そして真顔で拍手するドラーガさん。
あのさあ……私
おかしいやろこれ?
「ドラーガさあ。普通……ちゃうやろ? ヒーラーがやられたら立て直しが効かんやんなぁ?」
「あ、ハイ」
ドラーガさんは拍手をやめて私の話を大人しく聞く。
「ほならさぁ、前衛職は何したらいいんかなぁ? ……なぁ!?」
「いや……」
「いや」やあれへんやろなんやねんコイツ。
「前衛職……いなくなってしまったわけですやん……こう……」
ドラーガさんは辺りを指さす。確かにクオスさんもアンセさんもイリスウーフさんもいない。辺りに転がってるのはゴブリンの死骸だけだ。
「ぼく……賢者ですやん?」
「じゃあなんやねん。賢者の仕事ってなんやねん」
「いや……魔法……」
「お前魔法使えへんやろがい!!」
頭にくる。私が樫の杖でドン、と床を突くとドラーガさんは言葉を止めて俯いた。
「……ちょっ……お前さあ、ちょ……一回座れ」
「あっハイ」
「正座や!!」
その場に胡坐をかいて座ろうとしたドラーガさんを私は正座させる。
「自分アレやんなぁ……あの……冒険者始めてどのくらいなるん?」
「あの、まあ……ちゃんとしてからは、二年くらいスけど……」
「ちゃんと、ってなんやねんな。何年や!!」
「五年ッス」
「……はぁ……分かるやろ? 魔法使えようが使えまいがさぁ……ヒーラーは、常に守らないかんやんなあ?」
「いや……そういう……
女は……男が守るもの、っていう……そんなんは、ちょっと、古い考え方なんちゃうんかなぁ? っていうのは、思うんスけど……」
ほんまなんやねんなコイツ。
ああいえばこういう。
こういえばああいう。
男とか女とかそういう話をしてるんとちゃうやろが。論点を逸らすなボケ。
しかしまあこの男の事は置いておいてだ。正直言ってこいつがゴブリンに勝てるとも思えないし。
私は気を取り直して通路の先を見る。石の回廊は緩く湾曲しながらも奥へ奥へと続いている。どうやら途中には分かれ道もあるようだ。
そして反対側の通路を見る。やはりこちらも果てしなく道が続いている。一体どっちに……いや、どこへ行けばいいのか。しかもこのダンジョンにはモンスターもいる。ゴブリンやオーク程度なら私でも対処できるけど、ゴーレムとかジャイアントが出てきたりしたらさすがに無理だと思う。
「どこかに……
「んん~……いや、場所は多分動いてない」
?
どういう事だろう? 明らかに違う場所にいるっていうのに。これはやはり幻覚という事?
「転移陣って技術も確かに存在はするが、エイリアス問題を解決出来てないからな。転生法と同じで。そんな厄介なことは出来ねえ筈だ」
ああ、エイリアス問題って、この間からドラーガさんがしきりに言っている……つまり、転移陣を使うと、転送先と転送元の二ヶ所に私達が存在しちゃうって事? クオスさんみたいに。
確かにそんなことしたらデュラエスにとっては敵が増えるだけで意味がないか。でも、だとしたらこれは何なの?
「こいつは恐らく次元滑りだ」
?
「そんなアホみてえなツラすんな。ちゃんと説明してやる」
してませんけど?
とはいえ、ゴブリンの登場から借りてきた猫の様に大人しくなっていたドラーガさんがようやく真の姿を取り戻しつつあるように感じられた。頭を使い始めるとこの人の右に出る者はいない。
次元滑りとは何か私が尋ねると、ドラーガさんはその辺に落ちていた石の欠片で床に一点から放射状に広がる線を三本書いた。
「これが俺達が普段知覚している世界……三次元の世界だ。三次元の世界は直行する三つの軸、縦、横、高さで全ての位置を定義できる」
ううん……言いたいことはなんとなくわかるけど、これが今の状況と何か関連性が? ドラーガさんはその三つの線の始点にさらにもう一本線を引いた。
「仮にこれをX軸、Y軸、Z軸とするが、これにさらに直行する軸があったとする……これを仮にW軸とする」
「は? え、いや、そんなのないでしょ? だって、こう……んんんん? いや、どう考えても無理でしょう」
私は人差し指と親指と中指で直角を作るが、どう考えてもこの三つに同時に直行する軸なんか作れっこない。ドラーガさんゴブリンの恐怖のあまりおかしくなっちゃったの?
「三次元的に考えりゃあな。だが、それが確かに存在するのが四次元空間だ」
「だから! 存在しないって言ってんでしょうが! 存在するなら私に見せてみてくださいよ!!」
「そりゃあ無理だ。俺達三次元人には知覚できないんだからな。W軸は」
ぐう……何を言ってるのか全然分からない。私が途方に暮れているとドラーガさんは地面にいくつもの升目を書いて、小石をいくつか置いた。
石は九つ。ひときわ大きい石を前後左右と斜めから小石が包囲している形だ。これがなにか?
この大きい石は完全に包囲されている。チェスの盤上だと思え。どこに逃げればいい?」
バカなことを。チェスは相手を飛び越えて移動なんてできない。この大きな石はもう「詰み」だ。しかしドラーガさんはニヤリと笑って先を続ける。
「この石は俺達だ。逃げる場所はただ一つ。こうだ」
そう言ってドラーガさんは石を持って空中に持って行った。
「ちょっ、そんなのずるじゃん! チェスは空を飛ぶなんてできませんよ!」
「そうだ。二次元の世界だからな。Z軸方向に逃げられたら包囲もできないし、何よりこの石たち、二次元世界の住人は知覚もできない。突然消えたようにしか見えない。俺達はそれをやられたのさ」
「つまり、今私達がいるここは、知覚できない四次元世界だと……?」
私が尋ねるとドラーガさんはぽりぽりと顎を人差し指で書いてから少し考え込み、そして答えた。
「少し、違うな。もし四次元世界だったら俺達はダンジョンもゴブリンも知覚できない。正確に言うと、W軸方向を少しだけ無理やり移動させられたのさ。それが『次元滑り』だ」
ううむ、分かるような分からないような。
つまり、私達は三次元的には移動してないけど、W軸方向にだけ動いたから、今までいた場所から移動したように見えたという事?
「おそらくアンセ達は、まだその辺にいる。XYZ軸ではほとんど移動してないはずだ。だがW軸がズレているから知覚することができない。
多分だがこれはガスタルデッロかデュラエスの『竜言語魔法』だろうな」
なんてこった。
そんなのチートじゃん。ガスタルデッロとデュラエスのどちらかは分からないけど、奴らはW軸方向に自由自在に移動し、移動させられるっていう事?
「いや、おそらく『自由に』はできん。もしできるならもっと早くこれをやって、各個撃破できたはずだからな。いくつかの『制限』があり、それを解く方法もあるはずだが……」
ドラーガさんは立ち上がって辺りを見回す。
「一番最初に思いつくのは、『このダンジョンを攻略して脱出』ってところだな」
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