第162話 マッピ、ハッスル

「とにかくだ」


 ドラーガさんは回廊の向こうに視線をやる。


「このダンジョンを踏破して、どこかにある『魔法陣』を踏む。そうしてゴールまで行けりゃあ元の座標に戻れるはずだ」


 何故にそんなところまで分かるのか……あ、そう言えば。


「そう言えば消える寸前クオスさんは床を見て何か言っていましたね。もしかしたあの時、ギルドの床には……」

「まっ、そういうこった」


 おそらくは魔法陣が描いてあったんだろう。そしてそれに気づかず踏んでしまったクオスさんは焦って私達の方に振り向いた。でもその時には既に私達も、おそらくはクオスさん達と違う魔法陣の上にいたんだ。


 そして「転移」が完成した。ならば、帰るのにもどこかにある「魔法陣」を発動させればいいはず。入口とは別の。


「とにかく、先に進まんことには……」


 そう言って前に進もうとドラーガさんが歩き始めた時だった。すぐ先にあった通路の角、そこから汚い風体の男が現れた。しかも出会いざまに横薙ぎ、持っていた剣でドラーガさんの顔に切りつけてきたのだ。


「さーせんしたァッ!!」


 しかしそれを高速土下座でドラーガさんが躱す。ガキン、と音がして回廊の石壁に剣の刃がめり込んだ。私はその隙を逃さずに男の人中じんちゅうに樫の杖で突きを喰らわす。


 そして怯んだすきに脳天から杖を何度も叩き落し、潰す。


「くそっ、久しぶりの獲物が!!」


 しかしその汚い男の後ろにはもう一人いた。こいつも剣を持っている。前衛の男が崩れ落ちるよりも早く男は剣を振りかぶり……


「どうか命だけはァ!!」


 私に切りかかろうとするところでドラーガさんが男の足に抱き着く。男はバランスを崩して前のめりに倒れ。私は無防備に晒されたうなじに何度も何度も、樫の杖を振り下ろした。


「はぁ……はぁ……」


 こいつら……間違いない。正真正銘の人間だ。


 それにしても、なんて速い……


 なんて速い土下座なんだ。


 目で追う事すらできなかった。


「ドラーガさん……こいつら、人間ですよ、ね?」


「ん? そうだな……」


 土下座から復帰したドラーガさんは死体をひっくり返して荷物を物色している。抜け目ないなあ。

 しかし、なんでこんなところに人間が?


「元々この世界の住人かもしれんし、もしかしたらこういう事態に備えて七聖鍵がモンスターや人間をダンジョンに『飼って』んのかもしれねえな……おっ、こいつなかなかいいもん持ってんじゃねえか」


 何気なく流そうとしてるけれども、実を言うと人を殺すの、生まれて初めてなんだよな、私。というかゴブリンにしたってあんな大きな哺乳類を殺したのも初めてだし。そりゃ鶏くらいなら絞めたことあるけどさ……


「見ろ、投石紐だぜ、こいつがありゃグッと戦いが楽になる」


 そう言って戦利品を私に差し出してくる。……ホントこの男さぁ、女の子にこんなことさせて恥ずかしいとか思わないんだろうか。


 「女の子にこんなことさせて恥ずかしくないの?」ってセリフはさあ、もっとこう……えっちな雰囲気で言われるべき言葉であって。しかし実際に私の手に握られてるのはべったりと血のりのついた樫の木の杖であって。


 その上ぐいぐいと投石紐を押し付けてくるドラーガさん。


 私はさっきの男の剣を拾ってドラーガさんに渡そうとする。


「な、なんだよ」

「ドラーガさんも武器を持ってくださいよ。男の子でしょ? 女の子ばっかり戦わせてたら男子失格ですよ!」

「いや……」


 ドラーガさんは上半身を逸らせながら逃げ、剣を受け取ろうとしない。


「その、死んだ人が持ってた剣とか……気持ち悪くて使えないっていうか」


「お前ホンマいい加減にせえよ!!」


「ひっ」


 私が剣を振りかぶってみせるとドラーガさんは一目散に逃げだした。くそっ、逃がすか!!


 私に死体から剝ぎ取った投石紐渡しておきながら自分は死体の剣渡されそうになったら「気持ち悪い」だぁ?


 わたし! 女の子!!


 アラサーのおっさんが!! 女の子にだけ戦わせて!! 正気かコイツ!! ぶち殺してやる!!


「待ちやがれ! このド外道が!!」


 左手に樫の杖を、右手に奪った剣を持って振り回しながら追いかける。


「ひぃぃ!!」


 悲鳴を上げながら通路の角を曲がるドラーガ。私もすぐに角を曲がると、そこにいたのは緑色の肌の2メートルはある巨人。がっちりした筋肉の上に脂肪の鎧をまとった体、首から上は豚のような醜い顔、オークだ!!


 ドラーガはオークの横をすり抜けて走り去ったのか、オークは首だけで後ろを振り向いていたが、すぐに私の気配に気づいて咆哮をあげる。


「ブオォォッ!!」


 丸太の様な腕を振りかぶって私に殴りかかってきた。


「邪魔だこの豚人ぶたびと!!」


私は敵の右拳を樫の杖でパリィしながらクロスカウンターで剣を首に突き刺す。すぐに剣を引き抜いて奴の後を追う。相変わらず逃げ足だけは早い奴。


 そのままドラーガの背中を追っていると今度は彼の前に二つの大きな影。粗末ながらも服を着て、片手には二頭とも剣を持っている。頭に角のあるあいつらは、聞いたことがある、きっとオーガだ。でもまあ何が出てこようが今の私には関係ない。私の標的はあのクソ男只一人。


 しかし今度もドラーガは剣を振りかぶったオーガにスライディング、そのまま股の間をすり抜けてパスする。


 オーガはその動きに驚き、自分の股から反対側にすり抜けたドラーガを目で追う。私はそれに駆け寄って、頭を上げようとする前にうなじに剣閃を浴びせ首を落とす。そのまま崩れ落ちるオーガを挟んでもう一頭のオーガとの距離を保つ。


 もう一頭のオーガは人間用の剣よりリーチの長い右足で前蹴りを私に食らわせようとするが、私は両手の武器を捨てて空中でこれをキャッチ。人の足よりも二回りほど大きな足を抱きかかえて、太ももを両足で挟み込む。


 そのまま着地することなく抱いた足を体幹の筋肉を使って思い切りひねる。骨のきしむ音と共にバチン、と靭帯の切れる音がした。


「オオオアァッ!!」


 痛みに叫び声をあげてひっくり返るオーガ。私は取り落とした剣をすぐさま拾ってその喉元を突き破った。


「くそっ、どこまで逃げるつもりだ!!」


 逃げ続けるドラーガを私は追う。途中毛むくじゃらの巨人の様な妖精、トロールやリザードマン、貧相な顔の野盗を薙ぎ払いつつ。そうしてようやく丁字路の突き当りとなっているところまで辿り着いた。


 ドラーガさんは通路の奥で息を整えていたが追ってくる私に気付くと突き当りのその先にある玄室に入っていった。


「いい加減に観念しろ!! 謝れ!!」


 そう叫びながら玄室に入ると、どこにいるのかドラーガの姿は見えず、広い玄室の中央には赤いウロコのでっかいトカゲがいた。


「グルルルォォ……」


 鋭い牙の生えた大きな口の端からは黒煙がもくもくと上がっている。火竜レッドドラゴンというやつだ。


 竜は大きく口を開け、その喉奥からは赤い炎が見える。


 しかし私は竜の体を駆け上がり、ファイアブレスを吐き出そうとする竜の下顎から剣を突き上げて口を閉じさせる。


「ブムウゥッ!?」


 逃げ場を無くした炎は竜の耳と鼻、そして目からも炎を上げて爆発する。


「邪魔すんな!!」


 剣は刺したまま、私は樫の杖で思い切り竜の左目をつき、眼底から頭蓋骨の中まで串刺しにし、それを捻って脳をずたずたに破壊する。


 樫の杖を引き抜いて、竜の頭を蹴って後ろに着地すると火竜レッドドラゴンの体はズズン、と音を立ててその場に横たわった。


「ひ、ひぃぃ……」


 竜の後ろに隠れていたドラーガは情けない声を上げて泣きそうな顔をしていた。

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