第163話 ♡♡♡

「あのさぁ……」


 もはや私は怒りでまともに声が続かなかった。


 ゆっくりと息を整え、樫の杖を支えに、体を休める。


 本当に……何なのこの男? か弱い女の子に戦わせて、自分は逃げ回るばっかで。しかも私は回復術師ヒーラーで、戦うすべなんか知らないっていうのに。そんなか弱いヒーラーをモンスターの跳梁跋扈する迷宮に置き去りにして走り回って……迷子になったらどうするのよ! お前が!


「そ……その、落ち着いてくれ、マッピ」


「落ち着いてますけど!? 落ち着いてないように見えました!? もしそうならなぜそう思ったのかを三十字以内で述べよ。痴れ者め」


 くそっ、我ながら、落ち着いてないのは分かる。怒りで頭がフットーしそうだよ。


 というかさあ、こいつ。


 私が怒ってるのは分かってるんだよね? だったらさあ、まずやるべきことがあるんじゃないの? あんたの得意技でさあ。


「どうどうどう……」


 どうどうじゃねえよ殺すぞ。なんとなくの流れで有耶無耶にされてたまるか。こういうときは「ごめんなさい」でしょうが!


「誠意を見せろ」


 とうとう我慢できずに私はその言葉を直接述べてしまった。


 正直言ってこんな敵地のど真ん中であんまりうだうだやっていても危険だ。もしこんなところにモンスターにでも襲われたらたまったもんじゃない。だってここにいるのは戦闘能力皆無の無能賢者と、か弱い美少女だけなんだから。


 だったらここは一発はっきりと謝って貰ってそれで水に流す方がいいと思ったからだ。しかし……


「いや……でもなんかさあ……俺そんな悪いことした?」


 はぁ?


 私に謝れないっていうの? アルグスさんとか七聖鍵にはほいほい頭下げるっていうのに! あったまきた。意地でも土下座させてやる。わからせてやる!


「五年も冒険者やってるいいおっさんがさあ、ヒーラーの、それもか弱い女の子だけを戦わせて、悪いと思わないんですか」


「か弱い……?」


 ドラーガさんは私の向こう側を覗き込むように背伸びして視線をやる。


「よそ見すんな!」


「あっハイ」


 「ハイ」じゃねえよ、謝れって言ってんだろうが。一から全部言わないと分からないのかこの男は。しばらく表情を歪めながらも微妙に申し訳なさそうにしていたドラーガさんはちらちらとこちらをみて、そしてついに観念したのか、頭を下げた。


「あの……さーせんっした……」


 は?


 そんだけ?


 土下座はしていない。顎をしゃくらせるようにして少し頭を下げた程度。



 お前の誠意はその程度か。



 ふざけんなよこのおっさん。私はモンスターと戦わされ、迷宮に置き去りにされ、か弱い乙女が心細い思いをしたっていうのに、何その態度は? 私はため息をついて彼に尋ねる。


「誠意って何かね?」


 しばらくの沈黙。


 しかしようやく彼は何か決意をしたようで、フッと笑って自分のいる場所の小石を足でどかした。


「いいだろう……俺が今までどれだけ土下座を重ねて、自分のミスを自分で帳消しにしてきたか、分かってて言ってんのか?」


 イラつくが、私は無言で耐える。いいからさっさと土下座しろ。


「本当に……いいんだな?」


 ニヤリと笑みを見せ、片膝をついた状態で彼は私に訊ねた。


「俺が土下座を見せた時……本当の意味で謝罪することになるのは、お前の方かもしれねえんだぜ? それでもやるか?」


 意味分かんねえよ。さっさとゲザれよ。


 しかし今度は地面に両膝をついた状態でまた何か喋り始める。


「いいか……土下座っていうのは俺みたいな人種無能が」


 ああもういい。よーく分かったわ。


 こいつ土下座したくねんだわ。


 他の人には土下座できても私には出来ないんだわ。


 アルグスさんやティアグラには土下座しても、新人でぺーぺーの私に対しては土下座できないってか。いいじゃないの。上等よ。


 私は樫の杖を両手で固く握る。


 こいつを脳天に打ち下ろして、そのスッカスカの頭を地面にめり込ませて二度と起き上がれないようにしてやるわ。人も通らない異次元世界の迷宮で一生土下座してるといいわ。


「申し訳ございませんでしたぁッ!!」


 ゴッ、と、頭を床に打付ける音をさせてドラーガさんが土下座を見せた。どうやら私の怒りが頂点に達したのをこいつも察したらしい。まさに今が自分の命の危機と理解したのだ。


「か弱……い? 女の……子? を、一人迷宮に置き去りにして、危険な……目? に、あわせてしまって、本当にすみませんでしたぁッ!!」


 なんかイントネーションが変なのが気になるけど、最初っからそうやって素直に謝ってればいいのに。しかし私は変に抵抗されたのでまだ気が治まらない。


 腹立ちまぎれにドラーガさんの下げられた頭に足を乗せた。


「ざぁ~こ♡」


 何か、もはや私の意思とは無関係に体が動く。この怒りを解消せずにはいられない。


「こんな冒険者始めて数週間の若い娘に足蹴にされて恥ずかしくないの♡ このよわよわ冒険者♡♡♡」


 今までの恨みを晴らすべく、私の体と口は動く。土下座したままのドラーガさんの背中の上に座り、言葉を続ける。


「五年も冒険者やってて、なっさけなぁ~い♡ おっさんの冒険者としての経歴なんて中身のないすっかすかじゃん♡」

「メッツァトルにおんぶにだっこで甘い汁ばっかり吸ってたんでしょ♡ 私の甘い汁もすってみる~?」

「このざこ賢者♡ よわよわ賢者♡♡♡ 自分の力で敵倒したことないんじゃないの? かわいそ~♡」

「あれ~♡ もしかしておっさんこのシチュエーションに興奮してんの? 変態なんじゃないの、このロリコン賢者♡ あやまれ♡ イチェマルクさんにあやまれ♡♡♡」


「ぬああああぁぁッ!!」


 ズウン、と大きな音がして、何者かの叫び声と共に玄室の奥の扉が開いた。


 えっ、なに? 何が起きたの?


「ラスボスの部屋の前で何しとんじゃい!!」


 私が慌ててドラーガさんから立ち上がると、続いてドラーガさんもゆっくりと立ち上がった。


 奥の壁の向こうから出てきたのは……七聖鍵の、デュラエス! まさか、今のやり取り全部聞かれてたんだろうか。超恥ずかしい。

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