第164話 ダンジョンマスター

「人の部屋の前で何やっとんじゃお前ら!!」


「あ……んん……」


 正直言って言い訳のしようもない。私は開きかけた口を閉じ、咳払いをする。


 一方デュラエスは玄室よりは少し小さい部屋の奥に置いてある柔らかそうな椅子の方にまで歩いていってどさりと座った。脚を組んで不機嫌そうな表情で頬杖をつく。


「それにしても……」


 デュラエスはドラーガさんの頭のてっぺんからつま先までゆっくりと視線を動かす。


「ドラーガ、貴様は本当に戦えんらしいな。ドラゴンを単独で撃破するようなパーティーのメンバーにいる賢者がゴブリン如きにも手も足も出んとはな」


 ドラゴンを単独で撃破、って、アルグスさんの事かな。というか、こいつどうやってかは分からないけど、ずっと私達を見ていたのか、気持ち悪い。


「全く、本来ならばイリスウーフをこちらの魔法陣に嵌めて、身柄を頂戴する予定で待っていたというのに、まさか女に先に行かせて、自分は殿しんがりもせず、一番安全なところを男が陣取るとはな」


 しょうがないじゃんドラーガさんが一番弱いんだもん。


 しかしやっぱりこの罠はイリスウーフさんを手に入れるための物だったのか。だからこのダンジョンの最奥にはデュラエスが待ち構えていた。イリスウーフさんじゃなくて残念だったわね。


「それで?」


 しばらく静寂の時間が流れていた。やがてデュラエスは椅子に座ったまま懐から葉巻を取り出してそれに火を点け、ぷかりと煙を吐いて、それからの言葉だった。


「それで、何か私に用かね? と聞いているんだ」


 用も何もてめえがここに放り込みやがったんだろうが早く帰しやがれ。と、思ったけど、よくよく考えたら違うわ。


 そうだ、思い出した。アルグスさんからの指示を。


 表向きはまず、カルゴシアの町を攻撃するモンスター(セゴー)の討伐について助力を得ること。そして裏の目的はこれを静観する七聖鍵の真意を探る事と、そして奴らに手を出させてこちらに正当防衛で七聖鍵を叩く「言い訳」を作る事。


 つまりデュラエスを何とかして激怒させて手を上げさせるって事なんだけど、いったいどうしたら……


 人を挑発して怒らせるなんて……そんなメスガキみたいな事、私したことないし、一体どうやったらいいのか全くこれっぽっちも分からない。ノウハウがない。


 ドラーガさんが一歩前に出る。


 そう。人を怒らせると言えばこの人、ドラーガさんだ。ここはやはり餅は餅屋。ドラーガさんに任せよう。


 そのままドラーガさんはスッと斜め前に出てデュラエスと私の間に道を作るように立ち、横を向いて直立し……黙った。


 おいおいおいおい……


 まさかこの男。


 そのままドラーガさんは一切動かず、お地蔵さん状態になった。デュラエスも首を傾げている。


 これは……あの時の再現だ。


 私がパーティー登録に天文館に来た時の。


 ……ここでパスするか。丸投げか。もしかして……あれ? さっきのことドラーガさん怒ってます?


 奇しくも、あの時の再現になった。W軸座標は違うものの、この天文館の同じ場所で。


 私はため息をつきながら一歩前に出る。ええい、もうなるようになれ。


「セゴー亡き後、ギルドを実質的に牛耳っているのはあなた達七聖鍵です」


「ほう、セゴーは死んだか」


 それも知らないのか。町の様子には本当に興味がないんだな。私は言葉を続ける。


「今、町ではあなた達七聖鍵の一人、アルテグラが逃がしてしまったオリジナルセゴーが暴れています。責任取って『始末』を付けて下さい」


 デュラエスは苦笑してふーっと葉巻の煙を吐いた。


「何故俺がそんなことをせねばならん」


「確かにあなた個人にはそんな義理はないかもしれないけど、同じ七聖鍵のアルテグラの不始末でしょう! 今回も騎士団は動きが遅いどころか市民の暴動鎮圧の名目でセゴーを討伐しようとしない! ギルドが動かないと……」


「確かに同じ七聖鍵のパーティーだが、アルテグラの不始末はアルテグラの不始末だ。俺には関係ない……それに」


 デュラエスはニヤリと笑みを見せる。


「騎士団が市民を鎮圧しているのはガスタルデッロの指示だ。我らはもう動いているのだよ」


 !?


 なんだって? あの騎士団の動きはガスタルデッロの指示によるものだって!? でもいくらシーマン家と七聖鍵が懇意だと言っても、領民を攻撃する指示なんてシーマン家が了承するとは……


「ガスタルデッロはシーマン家を墜とした。アルキナリアの首を取り、今頃は名実ともにこのカルゴシアの正式な領主となっておるだろう」


 そんな馬鹿な!


 確かに「カルゴシアを落とすだけなら野風の力などいらないとは言っていたものの、まさか本当にそれを実行しているなんて……ッ!!


 じゃあ、今カルゴシアの騎士団が市民を攻撃しているのは全て七聖鍵の掌の内だっていうの!?


「何故そんなことを!!」


「フン、お前に言う義理などない」


 しまった、「真意を問いただす」……これはアルグスさんの指示にもあった事だった。何の駆け引きもなくいきなりカードを切って失敗してしまった。


「小娘、お前では話にならん。俺が用のあるのはそこの男だ」


 デュラエスはこめかみのあたりを人差し指で押さえながらドラーガさんの方を見る。ドラーガさんはにやりと笑みを見せてようやく私とデュラエスの間に進み出た。


 悔しいけど……やっぱり私じゃ力不足だ。


「へっ、これでだいたい話は繋がったぜ。よくやった、マッピ」


 ぽん、とドラーガさんが私の頭に手を乗せる。どういうこと? 私何か役に立てたのかな。


「イリスウーフの身柄を確保した上でこの町に戦争を起こす。目の前で争いが起こればイリスウーフは必ず『野風』を使うと踏んでの作戦か。大胆なことしやがるぜ。

 しかもメッツァトルの主力はセゴーにかかり切り。となれば力づくでもイリスウーフを奪えると思ったか? セゴーの出現からここまでの短時間で大したアドリブだな」


 なるほど。おそらくは私達が天文館に来ることまでは読んでなかったとは思うけど、来ないなら来ないでセゴーが暴れてるどさくさに紛れてイリスウーフさんを奪うつもりだったのか。


「それで?」


 相変わらずデュラエスは余裕の表情で葉巻の煙を燻らす。


「てめえらの作戦なんて知ったこっちゃねえ。ギルドの指導者としての責任を果たせ。アルテグラのケツを拭くのはてめえらの義務だ」


「貴様には煮え湯を飲まされたな、ドラーガ……」


 デュラエスはどうやらこちらの話をまともに聞くつもりはないようだ。


「それが人にお願いをする態度か? お願いをするんならそれなりの態度ってものがあるだろう? 処刑場での無礼な口の利き方も謝ってもらわねばならんな。 お前の得意な土下座でも靴舐めでもして懇願したらどうだ? 話くらいは聞いてやるかもしれんぞ。誠意を見せ給え」


 この男……!! 人に謝罪を強要するなんて、最低な奴のする事だ!!


「へっ、どいつもこいつも欲しがりだな。そんなに俺様の謝罪が見てえなら見せてやってもいいぜ? ただし……」


 いつもの、ドラーガさんの不敵な笑み。


「俺の謝罪を見た時、本当の意味で謝罪することになるのはお前の方かもしれねえがな」


 どこかで聞いたようなセリフ。


 ― 乱調 無刀新陰流奥義 三聖句 ―

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