第2話 S級パーティーに居座る謎の男

「ふぁぁ、緊張するぅ……ここが『メッツァトル』のアジトか……」


 大陸の南部にあるカルゴシアの町。そのさらに町はずれにある小さな小屋。夏の盛りも過ぎて少し過ごしやすくなった昼の日の光に照らされるドアに、私は深呼吸をしてからノックした。

 入室を促す声が聞こえてから、私はおずおずと、ゆっくりドアを開けて中に入る。


「し、失礼します……ギルドで応募した、マッピです」


「おお! 来てくれたのか!」


 小屋の中にはまず大きなテーブルがあり、そこに4人の男女が着席していた。奥の部屋に続くドアもいくつかあるのでおそらくそちらは個人の寝室か何かなのだろう。


 私はすぐに視線をテーブルに戻した。椅子から立ち上がりながら私の声に応えてくれたのは細身の爽やかなイケメン男性。部屋の中にいてもまだまぶしいと感じるほどの美しく柔らかい金髪の外見だ。噂どおりなら、多分この人は……


「よろしく、僕の名前はアルグス。兵種クラスは『勇者』だ」


 そう言いながら握手するべく手を差し伸べてくる。


 やっぱり!


 噂の勇者だ。どんな強大な敵にも決して心折れず立ち向かう『戦士のアルグス』の二つ名で知られる勇者様。憧れの勇者様を目の前にして私は思わず固まってしまう。勇者様は「ああ」と言いながら困ったように所在なさげに手をぷらぷらさせながら笑っている。


 自分が呆けてしまっていたことに気付いて私はすぐに勇者様の手を両手でとって固く握手をしてぶんぶんと上下に振った。


「よっ、よろしくお願いします!!」


「あはは、ちょ、ちょっと気が早いかな……まだ面接で、正式に仲間になったわけじゃないから……」


 勇者様がそう言うと周りから柔らかい笑いの声が聞こえた。ちょっと先走りすぎてしまった。私がSランク冒険者パーティー、『メッツァトル』に入れるかどうかは今日の面接にかかってるんだ。


「アーッハッハッハッハ、これが若さって奴か」


 その時、ひときわ大きな声で、テーブルの一番奥、上座、っていうのかな? ともかくそこに座っていたロン毛にバンダナの男性が笑いながらそう言った。あまりに大きな声だったんで私は思わずびっくりして黙ってしまったけど、他の人達の表情からも笑みが消え、一瞬で小屋の中はしん、と静まった。


 異様な雰囲気に私がドギマギしていると、どこかから「チッ」と舌打ちの音が聞こえた。


「私はアンセ・クレイマーよ。兵種クラスはウィッチ。よろしくね。」


 まるで今のやり取りが存在しなかったかのように勇者様の反対側に座っていたザ・大人の女性、って感じのセクシーな、見るからに魔導士、って感じのマントと、トンガリ帽子に身を包んだ黒髪の女性がそう自己紹介をしてくれた。それにしてもすごい胸の大きさだ。これは1メートル越えあるかも。チューブトップの衣装で大胆にその胸を強調していて、胸元のホクロがまたなんともセクシーだ。


 年齢に反して胸が小さく、『わきまえボディ』だとか『どっち側から話しかければいいのか迷う』だとか言われてた私からすれば凄く羨ましい。

 思わず私は自分の胸を押さえて、妬みと、憧れの入り混じった表情で彼女の胸を見つめてしまう。


 その視線に気づいたのか、アンセさんは困ったようにクスッと笑う。


「その年でそれじゃ成長は期待できんな。ハハハ!」


 またも奥に座っている、ゆったりとしたローブを来た男が大声を上げる。それと同時に一瞬で空気が重苦しくなる。


「はぁ……」


 誰かのため息が聞こえた。ついでに舌打ちも聞こえた。なんなんだろう、この空気は。


「私ははクオス。兵種クラスはアーチャーです。よろしくね」


 やっぱり何事もなかったかのように彼の発言はスルーされ、上座に座っている『例の人』を除けば『最後の一人』が自己紹介を始めた。しかしまるで『例の人』は存在しないかのような扱いを受けている。この人は一体何なんだろう。別に、私だけに見えている人、とかではないと思うんだけど……いや、それはともかくクオスさんの自己紹介だ。


 クオスさんは特徴的な外見で、小屋に入った時から少し気になっていた。だぼっとした感じの手先にまでかかるくらいのゆったりした長袖を着ていて、天使のような中性的で美しい顔立ちはとても冒険者とは思えない。きれいなプラチナブロンドの髪は肩にかかるくらいの長さ。



 アンセさんに比べると結構胸は控えめかな……それでも私よりはあるけど。でも特徴的なのはその耳。横にピン、と伸びた大きな耳。



 初めて見た。この女の人、エルフだ。



「うふふ、エルフは初めて見るのかな? 緊張してます?」


 そう言ってクオスさんは屈託ない笑顔で、イスの上でぷらぷらと脚を振っている。その姿はまるで幼子のようだ。



 実際彼女の言うとおりエルフは深い森の中に住んでいて人里に降りてくることはほとんどないという。いったいどういう経緯でそれがパーティーに加わったのか。これが勇者の人徳というものなんだろうか。


「これで……」


 私は室内を見渡しながら口を開く。


「これで、メンバーは……全員なんですか?」


 まだ「例の人」の自己紹介も終わってないけど、でもしれにしても気になる。大陸最強と名高いメッツァトルのメンバーがたったの4人なんて少数精鋭だとしても少なすぎる。


 Aランク以上のパーティーだと総人数二桁も珍しくないし、通常は1軍、2軍、そして直接探索に参加しないサポートメンバーがいることも多い。


 何より今紹介された中にはスカウトや、トラップ解除をするシーフ、工兵がいない。もしかして「例の人」がそうなんだろうか。


しかしその言葉を発した瞬間、パーティーの空気が少し重くなった気がした。どういうことだろう? 私は困惑して疑問符を浮かべるが、アルグスさんが静かなトーンで口を開いた。


「本当は……もう一人メンバーがいたんだけどな……」


  勇者様が小さい声でそう呟いた。その言葉を聞いた瞬間私は『しまった』と思った。やってしまった。危険な冒険者の生活、無事ばかりとは限らない。常に死と隣り合わせの生活なんだ。

 私が触れたのはまさにセンシティブな話題だった。もう一人仲間がいたけど、命を落としてしまったんだ、と気づいた。


私は俯いて泣きだしそうになってしまう。


 いけない。冒険者になるっていうのはそういうことなんだから、と、分かっていてもやっぱり自分の無遠慮さに自己嫌悪になっていると、大きな笑い声が聞こえた。


「ハハハ、まあ、いなくなった奴の事なんか気にするな! 冒険者ってのはそんなもんさ!」


 テーブルの上座に座っていた、ロン毛にバンダナの、例の男の人だ。勇者様を差し置いて上座に座っているということは、メッツァトルの影のリーダーとか、もしやそんな感じ? と思っていると、次々と舌打ちが辺りから聞こえた。本当に、どういう立ち位置なんだろう、この人は。


 ロン毛の人はテーブルに手を置いて、少し前傾になって握手の手を伸ばしてくる。勇者様の鼻先越しに。……なんというか、配慮が少し足りない気がするけど、私はその手を取って握手をした。


「よろしく、俺様の名はドラーガ・ノート。兵種クラスは『荷物持ち』だ」


「に……荷物持ち?」

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