鋼なるドラーガ・ノート
@geckodoh
第1話 パーティーから追放だと?
「どうしても辞めないというんだな、ドラーガ・ノート」
町はずれにある僕たちのアジトのリビングで、僕は静かに切れた。頭に血の昇った僕の左手にはまだ鞘に収まってはいるものの愛用の剣が握られている。
「当然だ。”賢者”であるこの俺様をパーティーから追放だと? 不当な扱いには断固として拒否する」
ニヤリと余裕の笑みを見せるドラーガ。「不当な扱い」だと? よくも言えたものだ。僕はガタリ、と椅子から立ち上がり、十分なスペースに移動する。それに合わせてドラーガも席を立った。
「ほう、俺様とやろうってのか、”勇者”アルグス。甘く見られたもんだぜ」
「甘く見る」だと? とんでもない。これは長年Sランク冒険者パーティーのリーダーとして活躍してきた僕の極めて妥当な判断だ。彼はSランク冒険者に値する能力は持っていない。
「ちょ、ちょっとアルグス、本気でやるつもりなの?」
焦ったような表情で
「ド、ドラーガさん、今ならまだ間に合います、アルグスさんに謝って。あなたは冒険者に向いてないです。ここで退いた方があなたのためにも……」
「下がってな」
何とかしてドラーガを諫めようとするのはエルフのクオス。まだ少女のような可憐な顔立ちが、これから起きる事件の予感と共に焦燥感と恐怖に揺れている。しかしドラーガはそれを退けた。
このままドラーガをパーティーに居座らせることは僕だけじゃなくパーティーの皆も、そして彼自身をも危機に陥れる。ここで「わからせ」て、何としても彼をパーティーから追放しなきゃならない。
もはや互いは退くにも退けぬ。
闇が熱を持つ。
血を孕む呼気が吐き出される。
互いの信念を糧に、今二人の
二人の視線が交錯する。
勝負は一瞬であった。
僕は流れるような動きで両膝を曲げて床につき、次いで両掌を床に、その流れで頭を下げる。そう、ドゲザの構えだ。大陸一の冒険者パーティーのリーダーである勇者の土下座による懇願を受けて無事でいられるはずがない。
必ずや、いたたまれなくなってパーティーを辞めてくれる。そう考えての必殺技発動であったが……
甘かった……奴の実力を見誤っていた。
「おとなしく辞めてくださ……」
言い終わる前、床に自分の頭を落とすその刹那、床と自分の間に異物を感じた。
ゴッ、という鈍い音と共に僕の視界に火花が散る。
「ドッ、ドゲザ返し……」
クオスが驚愕した声で呟く。
「なん……だと……」
自分の目が信じられなかった。しかしそれは現実に起こっていたのだ。
僕が床に頭をこすりつけようとした時、すでに奴の……ドラーガの頭は床に伏せられていたのだ! ドラーガの土下座はすでに完成していたのだ!
「バカな……ドゲザの構えに入ったのは僕の方が早かったはず……それを
そう。ただ先に土下座をしただけではない。その上で僕の頭の下に自分の頭を滑り込ませて、こちらの土下座を妨害するというはなれ業をやってのけたのだ。
僕の声が恐怖に上ずっているのに気付いたのか、ドラーガは土下座した姿勢のままフッと鼻で笑った。全然格好ついてない。
「見たか、これぞ
……アルグス……いやさ、アルグス様!!」
土下座の姿勢のままドラーガは言葉を続ける。
「お願いしまぁす!! 僕を捨てないで下さぁい!!」
「ちょっ、外にまで聞こえる!!」
今話し合いをしている僕たちのアジトの小屋は町の外れにあるものの、しかし周囲に完全に民家がないわけではないし、人通りも少しはある。はっきり言ってデカい声を出されるのは近所迷惑だし、何より僕が恥ずかしい。
ドラーガは土下座の姿勢のまま顔を上げた。彼の顔は涙と鼻水でどろどろに汚れ、眉はハの字に垂れ下がっていた。
「な……なんて無様な……」
アンセが彼の顔のあまりの汚さに驚嘆の声を上げる。実際僕もそう思うし、クオスの顔もひきつっている。
「お願いだから捨てないでぇ! さんざんいいように使っておいてポイするつもりなの!? 僕の身体だけが目的だったのぉ!?」
「ちょっと、ホントにやめろ! せめて声を小さくしろ! ご近所に誤解されるだろ!!」
しかしドラーガは攻撃の手を緩めない。さらに声を張り上げて僕の足に縋りついてくる。ズボンに鼻水がつく。ホントにやめてくれ。
「お願いだから捨てないでアルグス様ぁ!!」
「わ、分かった! 捨てない、捨てないからお願いだからもうやめてくれ!!」
いたたまれない。あまりにもいたたまれない。いい歳こいた成人男性がここまでみっともなく涙を流して土下座できるものなのか。と、思った時にはドラーガはすでに立ち上がり、懐から出したハンカチで顔を拭いていた。
顔を拭き終わるとそこには先ほどまでの哀しきモンスターの姿はなく、いつも通りのふてぶてしい顔でニヤリと笑みを見せるドラーガがいた。
「なんちゅう変わり身の早さ……」
そのあまりにも早い変節にアンセが恐怖の声を上げる。実際僕もほんの数秒前の光景は幻ではなかったのかと思うほどだった。
「ま、ざっとこんなもんさ。
声にも全く震えがない。先ほどまでの涙と鼻水はいったいどこに消えたのか。ドラーガは振り返って自室の方に向かいながら顔だけをこちらに向けて捨て台詞を吐く。
「これに懲りたら二度と俺につれない態度をとらないことだな。アーッハッハッハッハ!!」
そう言って彼は自室に入り、バタンとドアを閉じた。
アジトのリビングルームには呆然とする僕と、アンセとクオスが残された。
「こんな情けない捨て台詞、初めて聞いた……」
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