第51話 おたっしゃ口座
がちゃり。
金属音をさせて、十字架のガスタルデッロは
「大金貨二十枚だ。確認したまえ」
悠然とそう言い放ち、彼は竜の魔石を手にとった。
「へっ、話が分かるじゃねえか。セゴーと違って上品な禿げ方してるだけあるぜ」
ガスタルデッロさんの髪形はオールバックだが、若干額が後退している。
本当にこの人は恐れ知らずというか……敵の大ボスだぞ。アルグスさんも緊張の色を隠せない表情をしている。
「勇者アルグス……
「あんがとよ。ギルドの専属にでもしてくれるってのかい?」
次の言葉を待たずにドラーガさんが尋ねる。何を馬鹿な事を言っているのか……
「なかなかに
マジですか。え? 私達も不老不死に? ええ~、ちょっと考えちゃうな……まさかドラーガさんはこの誘いに乗ったりはしないよね……
「実を言うと前にもセゴーに『ヤミ専従』にならないかと誘われたがな。一顧だにする価値もない下らん提案だ」
全員がドラーガさんの方に振り向く。衝撃の事実。本当の話なの? 今まで一言だってそんなこと言ってなかったのに。
「そうか。ところで……」
ガスタルデッロさんは前傾姿勢になってテーブルに体重を預ける。
ぎしりとテーブルが軋む音が聞こえる。彼はイリスウーフさんの方にちらりと視線をやり、そしてドラーガさんの方をまっすぐ見て話しかける。
「我々は今『イリスウーフ』という女性を探している。もし心当たりがあれば情報が欲しい。もちろん褒章は弾ませてもらおう」
緊張が走る。
誰もそれを顔には出さないし、ましてやイリスウーフさんの方に視線をやったりはしないけれど、心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、口中が渇き、それとは対照的に顔には汗が浮かぶ。
ガスタルデッロさんの話し方からすると、私達が彼女を知っている、もしくは目の前にいる女性がそのイリスウーフと知っていての発言か。
「おう。なんか分かったら情報を売ってやってもいいぜ」
ドラーガさんは何事もないかのようにさらりと答える。本当に強い。ガスタルデッロさんは背もたれに体重をかけて座りなおし、イリスウーフさんの方に手を差し出して尋ねる。
「フフ、ところでそちらのお嬢さんは? メッツァトルのメンバーは5人と聞いているが?」
「新しく仲間に入ったイリスウーフだ。今日パーティー登録するつもりで来たのさ」
!?
初耳なんですけど!?
というか何思いっきり本名バラしてくれちゃってるんですか!!
「おっ? そういえばどうやらおめえらが捜してる人物と同じ名前みてえだな。こんな偶然もあるんだな」
そう言ってドラーガさんはハハハ、と高笑いした。
「フ……フフフフ、フハハハハ!!」
激怒するかと思ったガスタルデッロさんはドラーガさんの笑い声に呼応するかのように声をあげて笑った。なんなのこれ。どういうシチュなの。
「ハハハ……いいだろう。君達の立場はよく分かった。せいぜい足掻いてみるがいい」
そう言ってガスタルデッロさんは立ち上がり、天文館の外に出て行った。
……これ、もしかして、いやもしかしなくてもギルドへの、七聖鍵への敵対宣言だったんじゃ……方向性は固まっていたとはいえリーダーに何の相談もなくそんな事独断でやっちゃうなんて、やっぱり無茶苦茶な人だ。
「どういうことだ、ドラーガ!?」
テーブルの上に金子を出して枚数を丁寧に確認するドラーガさんにアルグスさんが食って掛かる。
「前にヤミ専従に誘われてたって? 初耳だぞ!」
ああ、そっちか。それもあった。
「別に言うような話でもねえだろ。拒否したんだし、こういう交渉は他人にはベラベラ喋らねえのは鉄則だろ? 今回は敵対がはっきりしてきたからお前らにも言ったがよ……ほらよ、お前の取り分だ」
そう言ってドラーガさんはアルグスさんに大金貨を3枚渡す。
「な、何でそんな
クオスさんも大金貨を3枚受け取りながら彼に尋ねる。たしかに、打算的なドラーガさんなら飛びつきそうな話ではある。
「俺は嘘が苦手だしな……それに『お得感』が低かった」
出たよ『お得感』……確かにドラーガさんは
「お前らを裏切ってスパイするよりはしっかりと寄り添って甘い汁を吸う方が『お得感が強い』……長い目で見ればな」
そういう事本人達を目の前にして言うだろうか普通。信頼はできないけど、彼の言葉は信用は出来る。そしてドラーガさんは各人に大金貨を三枚ずつ配る。
「え? 私にもですか?」
イリスウーフさんは自分にも差しだされた大金貨に戸惑う。そう言えばその問題もあった。リーダーに一言も告げずに勝手に彼女を「パーティーに加える」なんて。
「貰えるもんは貰っときゃいいんだよ! それともお前服さえ持ってないのに金は持ってるってのか?
……いいか? 金は命より重い。だからみんな命を削って金を稼ぐんだ。三百年前だってドラゴニュートと人間が十分に金を持っててみろ、きっと戦争なんか起きなかったぜ? 戦争になりゃ金も命も失うからな」
さて、と言ってドラーガさんは立ち上がる。
「俺は口座に金を預けるがお前らはどうする? あと、こいつのパーティー、冒険者登録だ」
そう言ってイリスウーフさんの肩をポン、と叩く。イリスウーフさんはなんだか嬉しそうだ。それはそれとして……口座って、ギルドの口座に? そのギルドと対立してるのに。
ドラーガさんは私達の返事を聞かずに受付の方に歩き始めた。そういえば、一人3枚ずつだから2枚余るな……ちゃっかり自分だけ五枚手に入れてるじゃん。まあ仕方ないか。この人が居なきゃとても大金貨二十枚なんて値段はつけられなかっただろうし。この人、ネゴシエーターとしては超優秀だな。詐欺師だけど。
「リーアン、いつもの『老後も安心おたっしゃ年金口座』に入れておいてくれ」
冒険者が老後の心配してんじゃねーよ。ドラーガさんは大金貨を五枚ともリーアンさんに渡して、何やら書類を書き始めた。この人本当に冒険者に向いてないなあ。
「リーアン、僕も頼む」
え? アルグスさんもおたっしゃ口座に!?
「ギャラガーの家族の口座に」
「ギャラガー? ギャラガーさんて誰ですか?」
私が尋ねると、みんなが暗い表情を見せた。そしてクオスさんがゆっくりと重い口を開く。
「ギャラガーさんは、前までこのパーティーにいた斥候の人です……」
しまった、センシティブな話題に触れてしまった。そう言えば前にアジトに初めて来たときに昔いて、亡くなってしまったメンバーの事を聞いていた。(※S級パーティーに居座る謎の男 参照)
アルグスさんは、その人の家族のために……?
「ギャラガーは、ドラーガのせいで……ッ!!」
アンセさんは、苦々しい表情でドラーガさんの方を睨みながらそう言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます