第37話 焼死体
炎の渦は周囲のゴーレムを巻き込みながらクラリスに一直線に飛んでいき、彼女を土壁に叩きつけた。
残ったゴーレム達も、彼女の魔力から解放されたのか、次々と崩れ、土の塊に還っていく。
しかし……どんな魔法も全力で叩き込もうとすると全部「チェスト」になるのか……ジゲン流の詠唱とやらは一体どうなったのだろうか。
「お、おい、ドラーガ……」
アルグスさんの止める声も聞かず、ドラーガさんが悠々と焼け野原を歩き、クラリスの身体に近づいていき、その体を検分した。
「……すでに事切れてるな」
ドラーガさんは脈などを診ていたようだが、すぐにそう言ってパンパン、と手をはたく。
クラリスは衣服などもすべて燃えてしまっており、その表面は全て炭化して真っ黒になっており、焼けただれている。ほんの一瞬の間の炎であったが、アンセさんの最大出力の炎はすさまじい熱量だった。むしろ体が蒸発せずに残っていることが奇跡かもしれない。
まだ少女ともいえるような外見であったが、無残なものだ。こうなってしまってはもはや確認するまでもなく死んでいるだろう。ドラーガさんはこちらに歩きながら両手を広げる。
「まっ、不老不死なんて言っても所詮こんなもんだ。変な期待をするんじゃねえよ、アンセ」
アンセさんは気まずそうに視線を逸らしている。私から見てもアンセさん綺麗だし、年齢を気にするような必要はないと思うんだけどなあ……
その時だった。
音もなく。何の予備動作もなく。
まるで操り人形が糸に引っ張られるようにクラリスが立ち上がった。
「逃げろドラーガ!!」
アルグスさんの声に反応する間もなく、振り返ることも身構えることもできずに、クラリスの死体は一瞬で距離を詰め、ドラーガさんの背中に跳び蹴りを食らわせた。
「カッ……」
悲鳴を上げることもできず、ドラーガさんの身体はくの字に逆ぞり、私の方に吹っ飛ばされる。今度はドラーガさんが糸の切れた操り人形のように受け身も取れずに二度、三度と跳ね、何とか私がそれを受け止めた。
「トルトゥーガ!!」
すぐに反転攻勢、アルグスさんが盾を回転させて投擲。しかしクラリスは紙一重でそれを躱して、鎖の上を走って距離を詰める。
「くぅっ!!」
再度の跳び蹴りを住んでのところでアルグスさんはショートソードの峰で防ぎ、反撃に移ろうとするが、クラリスは流れるように回転しての裏拳。両手のふさがっているアルグスさんはそれをまともに受けて後ろに吹っ飛ぶ。
しかしどうやら後ろにバックステップしながらで威力を殺したのか、倒れずに着地した。
「全員距離を取れ! 僕が相手をする!」
確かにこの中で近接戦闘に特化しているのはアルグスさんだけだ。クオスさんも距離を詰めての戦いはできないし、なによりアンセさんは魔力を使い果たして肩で息をしている。
「ドラーガさん、大丈夫ですか!?」
「ぐっ…………」
ドラーガさんの容体はかなり悪いみたいで私の問いかけにも答えずに歯を食いしばったまま表情をゆがめている。もしかしたら腰を痛めたのかもしれない。私がヒールをかけると徐々にドラーガさんの表情は穏やかになっていった。
「くそっ、確実に死んでやがったのに……」
憎々しげな顔でドラーガさんはクラリスを睨む。クラリスは人間とはとても思えないスピードで矢継早にアルグスさんに攻撃を仕掛けている。それを凌ぎ切っているアルグスさんも凄いが……一体今の彼女はどういう状態なんだろう。
「死んでいる……確実に死んでいると思うわ」
アンセさんが呼吸を落ち着けながらそう言った。
「まさかとは思いますけど、自分自身をエンチャントして無理やり戦わせているのでは……?」
「そうね……クオスの言う通りかもしれないわ。最悪の場合、自分が殺されることも考えてあらかじめそれを条件に戦闘のプログラムが発動するようにしていたのかも……」
そんなバカな。自分自身の死までも計算に入れて作戦を組み立てていたなんて、そこまでの覚悟を持って対峙していたということ?
アルグスさんは終始押されている。得物の一つも持っていない少女の死体を相手にだ。
大振りなコブシの打ち下ろし、アルグスさんはそれを手元に戻した盾で受けるが、ほとんど時差なく今度は反対の拳の打ち上げが来る。盾の隙間を通ってくるそれをギリギリのところで剣の柄で受ける。あまりの早さに防戦一方だ。
とにかく早い、そして攻撃が重い。アルグスさんのトルトゥーガは自分よりも大きい相手や複数の敵を相手にした時に実力を発揮するタイプと見た。超至近距離の肉弾戦を挑んでくる、自分よりも小さい体格のクラリス相手に戦いにくそうだ。
「消えた……!?」
アルグスさんの顔に驚愕の色が浮かぶ。まさか、こちらからは見えているけど、アルグスさんの盾を死角に使っているのか、クラリスは!
盾を構えた腕にまとわりつく様に回転し、一瞬のスキをついて彼の顔面にクラリスの膝蹴りが襲う。アルグスさんはそれをまともに喰らって吹っ飛び、受け身は取ったものの立ち上がれない。一気にクラリスが追撃を入れようと距離を詰める。
アルグスさんは地面に倒れ込んだままショートソードを振るう。
しかしクラリスはそれを見切って停止、剣が通り過ぎたところで前蹴りを放った。幸いにもアルグスさんはそれを胸当てで受け、バックステップして体勢を立て直した。
「マッピの防御魔法がかかってなかったらもうやられてたかもな……にしてもどうやって技を見切ってんだろうな。完全に死んでる状態だってのによ」
「だから、プログラムよ」
ドラーガさんのつぶやきにアンセさんが答える。プログラムとは、どういう事なんだろう。
「ゴーレム操術の基本よ。相手の行動や環境に応じてフローチャート式に次の行動を決定して次々とそれを実行するの。当然それが複雑になって、切り替わりの速度も速くなるほど術者の技量が求められるわ」
つまり、常に「相手がこう動いたら、こう対応する」みたいな判断を下しながら戦っているという事だろうか。だったらそこに、もしかしたら付け入るスキがあるのでは?
いや、きっとあるはず。そしてそれなら、一般に広くはその使い方を知られていないトルトゥーガを持っているアルグスさんにはまだ勝ち目があるはず。
「アルグスさん! 相手はあらかじめ決められた反応をして戦っています!! 予測できないような変則的な行動なら裏をかけるかもしれません!!」
私の言葉に、アルグスさんはこちらをちらりと見た。しかしその瞬間、クラリスの左拳が、アルグスさんの顎先を完全に捉えていた。
アルグスさんはクラリスの手首を掴みながらも、力なく崩れ落ちる。
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