第38話 決まり手
顎先に打撃が入ると、首を支点として頭部が回転する。その衝撃によって脳が揺さぶられ昏倒してしまう。近接戦闘の基本は、戦闘職ではない私でもよく知っている。
クラリスの攻撃でまさにそれと同じことがアルグスさんに起きているのだ。
クラリスの腕を掴みながらその場に崩れ落ちるアルグスさん。しかし膝が地面につくというその時、何とか踏みとどまり、彼の瞳に再び意思の炎が宿った。私の補助魔法の成果か、それとも気を張っていて堪えたのか。
「付き合ってもらうぞ……トルトゥーガ!!」
盾をはめている左手でクラリスの腕を掴みながら、そのまま盾を下にして着地、それと同時に盾は回転を始めた。ギュオオオオっとすさまじい音を立てて、トルトゥーガは車輪のように走り出す。これは全く予想外の動き!
クラリスは勢いをつけて必死に腕を引っ張るがアルグスさんは手を放そうとはしない。やがてすったもんだしているとクラリスの腕は肘のところでボロっと取れてしまった。しかしそれと同時にアルグスさんは右腕でクラリスの腰を抱き込みやはり放そうとせず、トルトゥーガの車輪は土壁に向かって走り出す。いったい何をするつもりなんだ!?
クラリスは肘から先の無くなった右腕と、左手でアルグスさんを殴り続けるが、しかし距離が近すぎて有効打にならない。二人を乗せたトルトゥーガは土壁に衝突したが、跳ね返ったり潰れたりすることはなく、今度は土壁を垂直に上り始めた。ホントにどうなるのこれ?
そのままトルトゥーガは土壁を登り切って、二人を乗せたままカタパルトのように空中に投げ出された。これを狙っていたのか!
「無重力下での落下しながらの戦い! こんなものは想定してないだろう!」
そう言ってアルグスさんはトルトゥーガを投擲、クラリスはそれをいなして、盾は地面に突き刺さったが、さらに連続攻撃を仕掛けようとアルグスさんはショートソードを振りかぶる。
だがクラリスはしっかりとその姿を捉えているように見える。空中の姿勢制御に悪戦苦闘しながらもアルグスさんに向かって構えを取るが、しかしやはりアルグスさんの方が一枚上手だった。
左手の鎖をグイと引っ張るとアルグスさんは空中で急加速。地面に突き刺したトルトゥーガを引いたのだ。最初に投擲したトルトゥーガは攻撃のためではなく空中での姿勢制御のためだった。
恐るべき速度で突っ込むアルグスさんとクラリスが空中で交錯する。
一瞬早くトルトゥーガの投擲位置に着地するアルグスさん。
少し時を置いてクラリスの
ぼとり、と音を立てて、残ったクラリスの上腕が地に落ち、そして、ごろごろと胴体と泣き別れになったクラリスの頭部が転がる。決着がついたのだ。
「一対一だったら、危なかったかもしれない……」
「うおっ!?」
ドラーガさんは自分のところに転がってきた生首にドン引きしている。あっ、拾い上げた。よくあんな気持ち悪いもの触れるなあ……
「しっかしいったいどうなってんだ? その『プログラム』ってのは一体どこにしまってあんだ?」
私も恐る恐る遠目でドラーガさんが拾い上げた生首を覗き込む。本当に不思議だ。ドラーガさんじゃないけど、自分が死んだ後に自分の身体を操作するなんて、全然仕組みが分からない。
……その時、彼の拾い上げた焼けただれた生首がにやりと笑った気がした。
「アルグス! まだ終わってねえぞ!!」
「!?」
着地したまま二本足で立って不動の姿勢だったクラリスの身体。少し違和感は感じていたものの、それがまた飛び跳ねるようにアルグスさんに襲い掛かって蹴りを放つ。体を回転させながらの連続蹴り。上下左右からの継ぎ目のないシームレスな連続攻撃にまたもアルグスさんは防戦一方になる。
「馬鹿な! 頭部を切断したっていうのに!? なぜまだ戦える!」
両腕の前腕部を切断されたクラリスの攻撃手段の幅は狭まっているはず。しかし彼女はそれを苦にすることなく連続攻撃を組み立ててゆく。フェイントで切断された腕を出し、直線的な前蹴り、と見せかけてのそこから変化してサイドキック、後ろ回し蹴り、足元への牽制の蹴りからオーバーアクションな胴廻し回転蹴りを頭上から叩き落す。
むしろ先ほどよりも攻撃の手は一層厳しくなっている気すらする。こう近接して戦っているとこちらの援護もできない。クオスさんは先ほどからしきりに弓に矢をつがえ、そしてしばらく迷ってはやめて、を繰り返している。
「んん? なんだこりゃ?」
ドラーガさんが間抜けな声をあげる。どうやらまださっきの生首をいじくりまわしていたみたいだ。よくあんな気持ちの悪い物持っていられるな。さっき笑ったように見えたんだけど。そっちの生首だっていつ動き出すか分からない。噛みついてきたりしてきたら怖いとか思わないんだろうか。
「うなじんとこになんか入ってんな……なんだぁ?」
ぶつぶつと呟きながら首の後ろのところに指を差し込む。いやあ……本当にやめて。そういうグロいのやりたくないから私医者じゃなくて回復術師になったのに。しかもクラリスの背面はそんなに焼け焦げてなくてまだ生々しさがある。背筋がぞわっとする!
「なんだこの石?」
石? なるべく視線を逸らしてた私たけど、その言葉に思わず振り向く。人体から石が? そんなアホな。私が知ってる人体から出てくる石は非常に攻撃的なとげとげの形状の小さな石だけど、それはもっと下の方から出てくるものだし、うなじには無い筈。
見てみれば、それは緑色の石だった。
「それ……もしかして竜の魔石じゃ……?」
「こないだの奴よりちょっとでかいがな……ん?」
私の言葉にドラーガさんが答えた後、何かに気付いてアルグスさんの方を見た。
「気づかんうちに終わってるぞ……」
「え?」
ホントだ。いつの間にか決着がついてた。気づけばクラリスの身体は地に伏し、アルグスさんは汗を拭っている。くっそう、あれほどの緊迫感のある戦いだったっていうのにドラーガさんが変なことし始めるせいで結末見逃しちゃうとか。なんという失態。
ん? でもなんか様子がおかしい。息を整えてるアルグスさんもしきりに首を傾げている。
「クオスさん、アンセさん、ちょっと目を離してて決着のところを見てなかったんですけど、どうやってあの化け物をアルグスさんは倒したんですか?」
「え? いやあ……」
アンセさんはなんとも歯切れの悪い、というよりは何の答えにもなっていない回答しかできなかった。
「その、私も……ちょっと、見落としてしまった、というか……」
「え? 見過ごしちゃったんですか?」
クオスさんも? 二人で雑談でもしてて目を離しちゃったんだろうか。
「いや、ずっと見てたんですけど……なんだろう? 一瞬の事でよく分からなかった? みたいな?」
クオスさんの鋭い五感でも分からない? どういう事だろう? アルグスさんに直接聞いた方が早いか。でも全員今の決着を見てなかったとか言ったら気を悪くするかな?
すると、息を整えながらアルグスさんがゆっくりと歩いてこちらに近づいてきた。
「今なんかした? 急にクラリスが動かなくなったんだけど?」
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