第39話 何もしてないのに壊れた
「今なんかした? 急にクラリスが動かなくなったんだけど」
どういうことなの。
『何もしてないのに壊れた』……私もそんな言葉は何度も聞いたことがある。でもそういう時は大抵何かしてるもんなんだ。
「何やったんですかアルグスさん」
「いやだから何もしてないって。何もしてないのに壊れたんだって」
ホラ出た。絶対乱暴な扱いしたから壊れたっていうのに、みんなそう言うんですよ。アルグスさんがそんな下手な言い訳する人だったなんてがっかりです。えっちなサイトとか見てたんじゃないんですか?
「じゃあまず基本的なところから確認していきましょう。電源はちゃんと入ってますか?」
「電……なに?」
「え?」
「電源ってなに?」
「あれ? ……私今何を喋ってたんだろう? なんかこう……何かがのりうつって喋らされてたというか……まあとにかく気にしないで下さい」
「はあ」
「これじゃねえのか?」
私とアルグスさんが自分でもよく分からない会話をしているとドラーガさんがこちらに向いて話しかけてきた。手にはさっきクラリスのうなじから抜き取った(うげぇ)緑色の光る石が握られている。
以前にゴーレムから手に入れた『竜の魔石』に似ている。色や光沢は全く同じだけれど、前手に入れたものはほんの親指の先ほどの大きさしかなかったのに対し、これは手のひらよりも一回り小さいくらいの大きさがある。
「アンセが言ってたプログラムってのがこれに入ってんじゃねえの?」
そう言ってドラーガさんが石を私達に見せる。人のうなじに埋め込まれてたものをあんまり近づけないで欲しいけれど、でも彼の言ってることはなんとなく腑に落ちる感じがした。そのプログラムを物理的に無理やり引きはがしたからクラリスの動きが止まったとか……そんな感じがする。
そして、このプログラムを書き込める特殊な石で、あのゴーレムは遠距離での自律制御ができていた。
貴重な竜の魔石を、クラリスや、ダンジョンの中で会ったゴーレムは取り戻そうとしていた。
全て腑に落ちる。
しばらくドラーガさんの持っている石を眺めていると、辺りに白い霧が立ち込めてきた。
時は明け方。
霧が出るのに不自然な時間ではない。
しかしその霧は何か妙な感じがした。妙に濃く、そしてまるで意思があるかのように私達の周りにまとわりついてくる。やがてそれはドラーガさんの近くに濃縮されるように集まって……
「なっ!?」
ドラーガさんの驚愕の声。私達もギョッとした。何もない空間に、突然右腕が現れたのだ。
その腕はドラーガさんが手にしていた竜の魔石を鷲掴みにして奪い去っていく。
「待てっ!!」
とっさにアルグスさんが剣で切り付けるが、切り付けた前腕部分が霧になり、手のひらだけになって離れていく。
霧は、少し離れた場所で収束し、やがて人間の形をとった。
右手の手首から、そこに続く様にほんの1秒強くらいの間にみるみるうちに人の身体が形成されていく。
「へ、変態だー!!」
土壁のおかげで朝日の光を遮られていたためにモロに見えることは無かったが、そこに現れたのは全裸の細身の男性だった。
「…………」
男は不満そうな表情でちらりとこちらを横目で見るが、すぐに石を持った手を顔の近くに寄せ、それをまじまじと観察した。
こちらに背を向けているので背中とお尻しか見えないけれど、妙に青白い体には傷一つなく、アルグスさんと同じくらいの身長、180cmと少しくらいあるだろうか。グレイの髪に、そしてやっぱり一糸纏わぬ生まれたままの姿。顔は分からない。
確かに。
確かに人の気配などしていなかった。
私の感覚など正直あてにならないものであるが、すぐ近くにいたアルグスさんが腕が現れるまで全く反応できていなかったし、クオスさんの表情も驚愕の色を隠せない。まあ、もしかしたら急に全裸の男が現れたから驚いてるだけかもしれないけど、でも何の警戒を促す言葉もなかったし、やはり気配などしなかったのだと思う。それほどまでに、突然に霧とともに現れたのだ。その男は。
ジャラリ
アルグスさんの持つトルトゥーガの鎖に力がこもる音。それと共に男はヒュッと土壁の外遠くにクラリスのうなじから出てきた竜の魔石を放り投げた。
「ふっ!!」
魔力を込めず、最速の投擲でアルグスさんはトルトゥーガでの攻撃を敢行。それは男の胴体をまさしく一刀両断したように見えたのだが……
「むっ!? 手ごたえが……ッ!!」
そう、確かに男の身体は真っ二つになったのだが、しかしまるで手ごたえがなく、血が噴き出ることもない。見ると、やはり切断、しかしトルトゥーガの直撃した部分が霧化していた。男は無言でちらりとこちらに視線をやり、そして瞬く間に再び霧となってその場から消えた。
霧は、まるで意思を持っているかのように風に吹かれて土壁の向こうに消えて行った。
「くそっ、いったい何だってんだ。今回の探索は理解をはるかに超えるような事ばっかりだな」
ドラーガさんがそう吐き捨てると、アルグスさんも盾を手元に戻してから大きくため息を吐き、そして懐の中の魔石を取り出した。前回の探索でゴーレムから奪ったものだ。
「結局収穫はこれだけか。これじゃ大赤字だな」
そう。正直言って物質的な収穫は無いに等しい二回の探索だった。でも、色々と分かったことはあったはず。
「ほ、ほら、色々と分かったことがあるじゃないですか、ドラゴニュートの姫のこととか、魔剣野風が関係してるかもしれないですし、それにダンジョンに巣食うモンスターが絡んでるとなれば領主から情報の報奨金が出るはずですよ!」
地域にあるダンジョンは探索によって遺跡の発掘やトレジャーの収穫の利点があるとともに、それ以上に保安上の脅威でもある。各地を治める領主はその内部の地図やどんなモンスターが生息しているか、野盗をはじめとする悪党が住み着いていないかなど、有力な情報には少なくない金額の報奨金を設定している。
今回知能の高いモンスターがダンジョン内に居て、それが何か目的をもって、しかも魔剣絡みで何か悪だくみをしているという事が分かったことは保安上の重要な情報になる。報奨金の額もかなりつり上がるはず……だけど……
「てめえバカか? 『ギルドと魔族が結託して悪だくみしてます』ってギルドに報告するつもりか?」
そうなんだよなあ……ドラーガさんの言う通りではある。その「有力な情報」もギルドを通して上げられるし、そもそもギルドって言うのは根無し草である冒険者から領主が徴税を行うための機関として機能もしている。
つまり今回の場合で言うとヘタをすれば領主もギルドと繋がってこの悪だくみに参加している可能性だってあるっていう事だ。
「貸せ! あんまりこれ見よがしに持ってるとまた霧が来て奪われんぞ」
そう言ってドラーガさんはアルグスさんの持っている竜の魔石を分捕った。確かにそうかもしれないけどドラーガさんだったら奪われなくても普通になくしそうだ。
「こいつの扱いは俺に任せろ。使い道がないなら俺が金にしてやる」
そう言ってニヤリと笑うが、この人の発言はどこまで真に受けていいものなのか。全く根拠のない時も、何かあてがある時も同じように自信満々なので質が悪い。
「とにかく帰りましょ。さすがに疲れたわ」
魔力を使い果たしたアンセさんがそう言って帰り道の方に視線をやるが、そこもやはり土壁で封じられたままであった。
「ドラーガ、あんた確かスコップ持ってたわよね? ようやく活躍の出番が回ってきたわよ」
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