第40話 再会

「あ~、どっと疲れたぜ」


 スコップを投げ捨て、リビングの椅子にドラーガさんがどかっと座り込む。


「ちょっと、危ないでしょ? そのへんに放り出さないでよね」


 アンセさんが心底嫌そうな表情でそう吐き捨てた。でも、そうしたい気持ちもわかる。正直私も心底疲れた。結局ダンジョンに潜っていたのは正味一日くらいだったけど、その間休憩も取れないような怒涛の展開だった。


 落とし穴にゴーレム、テューマさん達の裏切りに四天王、七聖鍵との戦い、そしてイリスウーフさんとの邂逅……結局彼女はいったい何者だったんだろう。


 ぐう、と私のお腹が鳴る。


 うう、恥ずかしい。でも仕方ないよ。実際お腹減ってるんだもん。それに私だけじゃない。みんなもお腹が空いてるはず。だから誰も笑ったりしなかった。


 途中からドラーガさんが荷物置いて行っちゃったから個人が持ってる携帯保存食くらいしか食べてないんだもん。帰り、人形使いクラリスとの戦いの後はまあ食事する余裕もあったけれど、みんなそれよりも一刻も早く帰って休みたかったから黙々と歩き続けた。それでも結局アジトについたのは夜になってしまったけれど。


「干し肉と野菜を適当に煮込んだスープでよかったら作りますけど……いいですか?」


「あ、ありがとう……お願いします」


 唯一返事を返したのはクオスさんだけだった。アンセさんとアルグスさんはテーブルに突っ伏してる。二人とも戦闘では八面六臂の活躍だったからね。このまま寝ちゃったりしないよね?


「貴方も疲れてるでしょう? 私が作るわ」


「!?」


 聞きなれない声、でも聞き覚えのある声。


 ガタリ、と大きな音を立ててアルグスさんとアンセさんが驚愕の表情でこちらを見る。


「い、イリスウーフさん!?」


 私に声をかけたのはダンジョンの出口でいつの間にか姿を消していたイリスウーフさんだった。いつの間に?


「と、というかその格好! みんないるんですよ!!」


 でも私はそれ以上に彼女の格好に驚愕した。だってダンジョンで別れた時と同じ、全裸にドラーガさんのマントを羽織ってるだけ。自分の格好に全く頓着せず、前も閉じていないから、かろうじてお胸は隠れてるけど、おまたが丸見え!!


「ああ……ごめんなさい。私、まだボーっとしてるみたいで」


 そう言って彼女はマントをはらりとめくりながら自分の身体を眺める。そんなことしたらかろうじて隠れてたお胸まで見えちゃう!



 ああ、それにしても綺麗な体してるなあ。初めて会った時は頼りなさげな表情で、少女のように見えたけれど、こうしてみると年相応に発達した体だ。大きすぎず、小さすぎず、十分に女の身体を感じさせるふくよかな胸、羨ましい。そしてそのふくらみの先の突起も綺麗な薄桃色で……ってそうじゃない!


 慌てて私がマントを閉じさせようとすると、彼女はすぅっと息を吸って精神を集中する。


 すると、腰辺りまで伸びている射干玉ぬばたまのような艶のある黒い髪がぶわっと伸びてシルシルと体に絡みつき、あっという間に黒いドレスに変化した。


「わっ!? なにこれ? 魔法?」


 私は驚いて思わず手を引っ込める。フリルも装飾もないシンプルな黒のドレス。これは一体……? 魔法なんだろうか。でもこんな不思議な魔法聞いたことも見たこともない。


「少し、古い魔法だから」


「竜言語魔法か」


 そう呟いたのは意外にもドラーガさんだった。テーブルに頬杖をついて、つまらなそうな表情でこちらを見ている。意外に魔法に対する知識はちゃんと持ってるんだろうか、この人。


「そう言えばクラリスが『竜人族ドラゴニュートの姫』って言ってたわね。あなた一体何者なの?」


 アンセさんが尋ねると、イリスウーフさんは困ったように目を伏せる。答えづらい事なんだろうか。でも正直私も聞きたい。魔剣野風と何か関係があるんだろうか。そしてあの部屋でいったい何があったのか。


「それ重要な事か?」


 え?


 口を挟んだのはドラーガさん。


 いや重要な事でしょう。というかこれ以上に重要な事なんてそうそうないと思うんだけれど? あの部屋で何があったのか、なんでフービエさんがあの部屋から逃げてきたのか。イリスウーフさんが何者なのか、そして魔剣野風と何か関係があるのか。大抵の事はこの疑問の前じゃ霞むと思うんだけど?


「今腹が減ってんだけど! それよりも重要な事か!? それ!」


 うわ、めっちゃイラついてるこの人。


 変にイラつかせてまた訳の分からないこと言いだしたらめんどくさいから、私はイリスウーフさんと一緒にキッチンに移動してかまどにすぐに食事の準備に取り掛かる。


 私が火打石を使おうとするとイリスウーフさんがそれを制して、干し草にふっと息を吹きかけるとそれが燃え始めた。アンセさんくらいのエキスパートでも魔法を使おうとすれば魔力の流れを作るための間ができるが、全くそれが感じられなかった。


「そういえば、さっき言ってた竜言語魔法って、なんなんですか?」


 私も回復魔法のエキスパートだ。自分の使う魔法以外の事も少しは勉強しているけど「竜言語魔法」なんて聞いたこともない。


 かつてこの地にはドラゴニュートと人間が生存権をかけて激しく争っていた時代があったという。結局ドラゴニュートは滅び、人間が勝利を収めたわけだけど、彼らが使っていた魔法なんだろうか。


「ええ、今火をつけたのは違うけれどね……人間には竜の吐息ドラゴンブレスなんて言われたりもしてた技よ」


 イリスウーフさんは特に隠すこともなく優しい笑顔でそう答え、薪に火を移す。


 私と彼女はすぐに鍋に火をかけ、材料を切り刻み始める。


 実を言うとこのアジトで食事を作ることはほとんどない。いつもは大抵外の屋台で買うか、お店で食べているし、実際大したものはここでは作れない。パン焼き窯もないからパンも焼けない。パンを焼きたいときは公共の焼き窯を借りに行く。そんなことは面倒なので大抵はベーカリーに買いに行っている。


 今日はもうとにかく疲れていて、さっと食べてさっと寝たいから保存食に毛が生えた程度の料理を適当にするけど。ここは街のはずれであまりお店も屋台もないから結構不便なのだ。ムカフ島には近いけど。


 私達はすぐに作った(というかほとんど温めただけ)のスープとパンをもってリビングに持って行った。待ちに待った食事だというのにみんなあまりうれしそうな表情をしていない。まあね。仕方ないね。味が悪いのは分かってますから。というか肉の旨みは出ているものの、ほとんど出汁を取っていないから塩コショウ頼みの料理。喜べという方が無理がある。


 とにかくそれでも疲れてる私達は、硬いパンをスープに浸して柔らかくして、無心になってそれを食べた。


「そう言えばなんでイリスウーフさんダンジョンの出口で消えちゃったんですか?」


 私が聞くと、イリスウーフさんはやはり少し困ったような表情を見せた。どうやらあまり自分の事を離したくない人のようだ。しかし全員が固唾を飲んで彼女の話し出すのを見守っている。ドラーガさんだけがまだ無心になってパンを齧っている。


「同族が……近くにいるのを感じたから、怖くなってしまって……」


「同族……まさか、人形使いクラリスもドラゴニュートだっていうのか?」


 アルグスさんが呟く。たしかに彼女のゴーレム操術、それに自分の死体をも操る術は、通常聞くエンチャンターの技術を大きく上回っているように感じられた。


「危険を感じた……でも結局は思い直してここへ来たのよね? それはなぜ? 何かまだ用事があるの?」


「そ……それは……」


 アンセさんが尋ねると、イリスウーフさんは目を逸らして頬を赤らめた。このリアクションは……?


「ど……」


 ど?


「ドラーガに……会いたくって……」


 なんですと。

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