第41話 火口投下刑

「はぁ~、食った食った。まずい飯だったぜ」


 からん、と木のスプーンを食器の中に投げ入れてドラーガさんはふてぶてしく呟く。


 いやまあそれは今いい。それよりもなんて? イリスウーフさん、「ドラーガに会いたくって」? このいい加減男にまた会いたい?  それは何の冗談ですか?


 ドラーガさん以外の全員が唖然とした表情をしている。


「ドラーガさんに……会いたい? それは、助けてくれたから? それともまさか男女の仲的な意味で……?」


 クオスさんが今にもこめかみの血管が破裂しそうなイラついた表情で尋ねる。凄くメンチ切ってるよ。怖いよ。


「そ……それも……ある」


 イリスウーフさんは顔を真っ赤にして目をつぶって、恥ずかしそうに頷く。マジなの? この人のどこに好きになる要素があるっていうの? クオスさんといいイリスウーフさんといい、なんでドラーガさんこんなに女の人にモテるの!?


 やっぱりアレか? 何の根拠もなくとも自信満々な人ってそれだけで魅力的に見えるんだろうか。私は彼の本当の姿を知ってるから恋になんて落ちないけど。いや、クオスさんも真の姿を知ってるのか……ううむ。


「ドラーガは、私を助けてくれると言ってくれた。こんな罪深い私を……」

「ああ? 罪を犯した奴は助けちゃいけないってのか!?」


 なんでそこでキレるんだよこのボンクラ賢者。


「それに敵の魔法使いにも勇敢に立ち向かって、危機を脱してくれた……格好良かった……」


 格好良かったか?


 というか勇敢に立ち向かってたかなあ……私はなんか、土下座してたように記憶しているんだけど。どうやらイリスウーフさんと私では若干認識している世界に齟齬があるようだ。まあそれはこの際どうでもいい。私はそれよりも聞きたいことがある。イリスウーフさんに。


「イリスウーフさんが出てきた部屋、あそこでいったい何が行われていたんですか?」


「さあ……?」


 おっといきなり当てが外れたぞ。


 てっきりあの部屋が四天王の本拠地かなんかで、テューマさん達と悪だくみでもしてたんだろうと予想してたんだけど、あの部屋から出てきたイリスウーフさんが何も知らないとは完全に予想外だった。


「ええっと、人間か魔族か……なんかそんな人たちがいませんでしたか? あの部屋……」


 聞き方を少し変えてみる。誘導しちゃうと質問者の聞きたいような答えになっちゃうから本来は尋問するときには良くないことなんだけど、どうやらイリスウーフさん記憶が曖昧みたいなので仕方ない。


「ああ……魔族の人がいたわ。何人か。あの人たちの目的は多分……野風だと思うの」


「『野風』とは、魔剣野風のことか?」


 それまで聞き手に徹していたアルグスさんが言葉を挟んだ。だが当然それは、この場にいる誰もが(ドラーガさん除く)気になっていることだ。人形使いクラリスはイリスウーフさんの事を「ドラゴニュートの姫」と言っていた。それはつまり、彼女こそが三百年前の伝説の竜人族の姫、そして魔剣野風の所有者だという事ではないだろうか。


「魔剣……そう言われているのかどうかは知らないけれど、争いを収め、死を呼び込む魔道具よ……あれは、人の手には余る代物だわ」


 イリスウーフさんは少し悲しそうな表情をして、アルグスの顔をまっすぐに見据え、再び口を開いた。


「あなたも、野風を手に入れたいの? あれを手に入れて、いったいどうするつもりなの?」


 そう言われてアルグスさんは考え込んでしまう。正直言って冒険者ぼっけもんに「なぜダンジョンに潜るのか」と尋ねるのと同じだ。ホント言うと私だって魔剣をどうしたいのかなんて考えていない。ただ、竜人族の姫の伝説を知りたかっただけ、というのが本音だ。


 売って金にするのか、領主にでも献上して覚えめでたくなればそれもいいかもしれない。アルグスさんはスッと右手を差しだし、彼女の問いかけに答えた。


「冒険者の求める物は、名誉、金……でも僕はそんなものには興味はない」


 では、アルグスさんは何のために冒険者に……? アルグスさんは差しだした手をグッと握る。


「そこに在るのに触れられない。僕の知らないことを他の誰かが知っている。……この世界にまだ誰も見たことのない物がある……それが、僕には我慢ならないんだ」


 彼は握った手を自分の引き寄せて、その手のひらを開いて、眺めながら言う。


「僕はこの世界に生まれた……なら、持てる力の全てを駆使して、僕の見られる場所、全てを見たい、知りたいんだ。いつかあの空の向こうの星を、掴んでみたい。傲慢だろうか」


 最後の言葉はアジトの天井を見つめながらだった。きっと彼の瞳は、屋根ではなくその向こう、満天の星空を見つめているのだろう。


「傲慢にもほどがあんだろ」


 間髪入れずに言葉を挟んだのは興味なさげに聞いていたドラーガさんだった。


「星は遠くにあるから綺麗なんだよ! 知ってみりゃきっと幻滅するぜ? なにごとも『ほどほど』が肝心だ」


 どうなんだろう? アルグスさんの答えは冒険者としては正しいものだと感じられた。むしろ冒険者とは本来そうあるべきものだと思うくらいだ。日々の生活に追われ、一獲千金を夢見て、金勘定ばかり上手くなる冒険者が多い中、彼みたいに純粋に冒険を楽しむのは、とても純粋で、そして貴重なように感じられたけど、でもまあ、ドラーガさんの言いたいことも少しは分かる。


「欲しいもんはもっと絞れ。人の手に掬えるのはせいぜいが両掌に収まる程度の物だ。勇者だからって調子に乗ってんじゃねえぞ」


 賢者だからって調子に乗ってる人の言葉とは思えないけど。


「ドラーガは何が欲しいの?」


 くすっと笑ってイリスウーフさんが尋ねる。


「俺はそんな大層なもんはいらねぇ。人は、日にパン二つとスープが少しありゃあ十分さ……」


 ああ腹立つ。


 このセリフだけ聞くと格好いいんだけどアルグスさん達を騙して高額なギャランティーをせしめてる詐欺師のセリフだと知ってるからめちゃめちゃ腹立つ。


「……ですがやはり、野風は誰にも渡せません」


 イリスウーフさんの言葉にみんなの視線が集中した。そう言うということは、やはり彼女は魔剣野風の在処を知っているという事を白状したに同じ事。


「あの魔道具は、カルゴシアの町を滅ぼし、そこに住む全ての人々を消し去りました。その罪によって、私は火口投下刑に処されたのです」

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