第42話 罪の重さ

「私はカルゴシアの町を滅ぼした罪により、火口投下刑に処されたのです」


 夜も更けてきたアジトのリビング、イリスウーフさんの言葉が深く染み入っていく。


 確かに、三百年前、本来のカルゴシアの町の中心部はもっと南の方にあった。しかしその町は竜人族と人間の戦いによって滅び、避難してきた人たちと新しく入植してきた人達により、今のムカフ島のすぐ隣に新しい市街地が作られている。


 町の南の方に行くと三百年前の古い町並みがそのまま残っているが、訪れる人はいない。


 争いの形跡もなく、建物は自然に朽ち果て、木や蔦に飲み込まれ、住居のリビングには夕食の食器が乗ったまま、まるで命だけを刈り取られたように静かに旧カルゴシアの町は滅びた。


 ほとんど森となってしまっているその街並みには、野生の獣すらほとんどおらず、小さな虫と、せいぜいがそれを捕食しようとする小鳥がいるくらいの、不気味な『死の森』。


 「竜人族の呪い」を恐れて、カルゴシアの人達は誰も近づかないし、たまに訪れるどこかの研究者も、すぐに体調の不良を訴えて一日もいられないと聞く。あれが、イリスウーフさんの仕業だと……?


「竜人族と人間の争いがあってからおよそ三百年の時が過ぎています。あそこで、いったい何があったんですか?」


「そう……もう三百年もの時が過ぎたのね……」


 私の問いかけに、イリスウーフさんは少し悲しそうな表情を見せて呟いた。


「ほ……本当に、貴方がカルゴシアの町を滅ぼしたの?」


 震える声で、クオスさんが尋ねる。


 確かににわかには信じられない言葉だ。言い伝えでは竜人の姫は野風を使って争いを治めたと聞く。しかし現実に旧カルゴシアの町は壊滅している。その後経緯は分からないが、竜人の姫は世を儚んでムカフ島の火口に身を投げたと言い伝えではあったが、しかし本人の口からきいた言葉では……


 町を滅ぼした罪により火口投下刑に処された、と。


 この儚くも美しい少女が、町が滅びるほどの制裁を竜人と人間に下したと。そしてそれほどの力が魔剣野風にはあるというのか。にわかには信じがたい。


「ええ……私がカルゴシアの町を死の廃墟に変えました」


 仄暗い笑みを湛えて。


 それは残酷な宣言であった。誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。そんなことが可能なのだろうか。たった一人で町を滅ぼすなどという事が。


「お兄様が作った野風を使って、滅ぼしました。私達兄妹は、決して許されない罪を背負っているんです」


「てめえも悲劇のヒロインぶって調子乗ってんじゃねえよ。許されないほどの罪なんて存在しねえ!」


 いちいち話に茶々を入れてくるドラーガさんがウザい。ホントこの人脊髄反射だけでその場その場何も考えずに適当に喋ってるな。実際許されない罪ってのは存在するじゃん。だからこそ「死刑」ってものがあるんだから。


「君のお兄さんが、『野風』を作ったのか?」


「そうよ。竜人族と人間の争いを治めるため、平和を求める心からお兄様はそれを作った……けれど、出来上がったのはそんな思いとは裏腹に大量虐殺兵器でした。

 争いの混乱の中、お兄様も亡くなり、そして私は野風を使い……町が一つ消えたのです」


 そこで言葉を区切り、イリスウーフさんは壁を見つめる。その壁の向こうにあるのは……ムカフ島。


「私は罪を問われ、『人類に反する重大な罪』という罪状で火口投下刑に処されましたが……何の因果か、こうして息を吹き返してしまいました。

 おそらくあの魔族も私を復活させて、野風を手に入れて人間を駆逐してこの地を手に入れる、そんな野望を抱いているんでしょうけれど……私はアレを誰にも渡す気はありません。きっと、野風を守り通すことが私の使命。本来生きてるはずの無い私にも、生きる理由がきっとあるんです。」


「イリスウーフさんは……お兄様をとても尊敬してらしたんですね」


 言うつもりはなかったけど、私の素直な気持ちが溢れ出るように口から出た。その言葉に、イリスウーフさんは静かに笑みを浮かべるだけだった。


「くっっっだらねえ! 『生きてるはずがない』とか『生きる理由』だとかそんなこと言う奴は反吐がでるわ! 『生きる』のに理由も言い訳も必要あるか!? 今こうして生きてんだから好きにやりゃいいだろうが」


 私はあなたのイキってる理由が知りたいです、ドラーガさん。本当ゾラに土下座してた時とは別人だな。


「なあ、そんな噓くせー話聞いても仕方ねえだろ……ふああ……続きは明日でいいんじゃねえのか?」


 さんざん横から茶々入れておきながらどうやらドラーガさん、飽きたようだ。しかし正直言って私たち全員が疲れ切っているのも事実。さらに言うならイリスウーフさんが野風を誰にも渡す気がないならこれ以上話しても冒険者としては益は無いのかもしれない。


 でも、仕事としてはそうなんだけど、私は色々話を聞きたいのに! 三百年前の戦争でいったい何が起こったのか。それも気になるし、単純に昔の生活がどうなっていたのかだけでも聞きたい。


「そうだ、ね、イリスウーフさん、一緒の部屋で寝ましょう! ちょうど寝室は全部埋まってるし。どうせ身を寄せるところなんてないんですよね? それがいいわ!」


 ちなみにクオスさんだけは、最後の最後までずっとイリスウーフさんにメンチを切っていた。


 「ライバルが増えた」と……私をライバルにカウントしないで欲しいんですけれど。



――――――――――――――――



「思ったほど使えなかったな……テューマ達は」


 夜闇の中、冒険者ギルドの建物、「天文館」二階の小会議室にはろうそくの薄明りと窓から差す月の光でうっすらと見えるその部屋は人で溢れていた。


 いや、実際にはそれほど多くの人が集まっているわけではない。中にいるのはほんの8人ほど。しかし上座に座っている男があまりにも大柄なために部屋が小さく感じられるのだ。


「Aランクでもあの程度か……冒険者の質も、三百年前よりも随分と落ちているのかもしれんな」


 深く大きく響く声。


 特注の椅子にどかりと腰を落とした大男、”十字架の”ガスタルデッロ、キリシア七聖鍵のリーダーである。

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