第43話 幹部会議

「冒険者の質も、落ちたものだな」


 そう呟いたのは上座に座っている大男、”十字架の”ガスタルデッロ、その身の丈は236センチメートル、目方は300キログラムにも及ぼうかという、もはや人の規格をはるかに超えた化け物と言っても差し支えの無い巨躯。部屋が薄暗いのはこの男の影が窓から差す月明りを遮っているためでもある。


 対する会議机の短辺の反対側に座るのはこの天文館の主、ギルドマスターのセゴーである。


 彼も身の丈2メートルを超える大男ではあるのだが、ガスタルデッロに比べれば随分と見劣りする。いやしかし、それ以上に委縮しているのだ。彼の虎の子の“ヤミ専従”であるテューマ一行はダンジョンの中であっけなくアルグス達に返り討ちにあった。そのうえ……


「まあ、魔族の四天王如きに敗れるようじゃあのアルグスは斃せねえわな」


 不躾な物言い。


 そして会議机に両足を乗せて椅子をぐらぐらと揺らしながら座る傲岸不遜な態度。


 全身に、そして眼球までにタトゥーの入った白髪の男、“狂犬”ゾラ。


「アルグスは面白ぇぜ? なんせクラリスがやられるくらいだからな? あいつは絶対俺がもらうぜ」


 そう言ってヒッヒッヒ、と楽しそうに笑う。


「ゾラさんお行儀悪いですヨ。それに『一時的に』とはいえ味方が死んじゃったっていうのに、笑うなんて、不謹慎です」


 そうたしなめたのはガスタルデッロのすぐ隣に座る黒いドレスの貴婦人。黒いトークハット(ベール付きの帽子)を被り、ドレスもタートルネックのように首まで覆われており、手袋もしている。トークハットについているベールも通常の物より大きく、顔全体を隠してしまっているため年齢や容姿を伺い知ることは出来ない。


 七聖鍵の一人、”悪女”アルテグラと呼ばれる人物である。鼻にかかったような独特な声は一度聞けば忘れることはなかなかできない。


「まあまあお姉さま。どうせ身内しかいない会議なんだからいいじゃない……あら、そう言えば一人役立たずの部外者が居ましたね」


 アルテグラの隣にいた金髪の美しい女性がそう言って視線をセゴーの方にやった。姉とは対照的に白を基調とした艶やかなドレス。胸も大きく、その整った肢体を惜しげもなく強調してはいるものの、胸元はレースで覆われていて下品さは感じさせない。年の頃は三十代といった頃の女盛りで、穏やかな微笑みを湛えている。


 彼女の名は”聖女”ティアグラ。


 おおよそ戦闘や冒険のできるような外見には見えないが、此れでもやはり「七聖鍵」の一人であり、複数の非営利の孤児院を経営し、その出身の多くの元孤児達に慕われているという、名の通りの”聖女”である。


 元々は七鍵守護神Keeper of the seven keysという名だった彼らが「七聖鍵」と呼ばれるようになったのは彼女の慈善事業が実を結んだ結果であり、一介の冒険者に過ぎないガスタルデッロ達が地元のキリシアで顔役となっているのは、彼女と、もう一人の男の活躍による。


「だが、イリスウーフは復活したのだろう……」


 アルテグラの対面に座る男がそう呟いた。黒髪のオールバックに口髭と顎髭を湛えた中年の男性。その表情は険しく、彫りの深い顔は夜闇の中でその表情を伺わせない。


 彼は手に持っている金貨を大事そうにハンカチで拭き、ふっと息を吹きかけてから対面に座っているアルテグラの顔を見据えた。


「ンフフフフ、そうなんですヨ。それは私がこの目でしっかと確認したから間違いありませン。テューマさん達の事は残念でしたけど、役立ってくれたンですから良しとしましょうヨ。デュラエスさん♡」


 そう言ってアルテグラは視線を返す。七聖鍵の副リーダー、“聖金貨の“デュラエスは、その言葉を聞いて安心したように軽いため息をついたが、しかしやはり表情が変わることはなく、険しいままだ。


 先ほど述べた七聖剣をキリシアの町の顔役としている理由のもう一人の男、それがこのデュラエスである。


 智略、謀略に富み、「七聖剣の頭脳」と呼ばれるほどの切れ者。商売の才覚もあり、「黒キリシア」と呼ばれる蒸留酒の販売元となって巨額の資金を得て、その威をもってキリシアの町を支配している。よく言えば顔役と言えないこともないのだが、「我が町の誇り」とばかりに七聖鍵を慕い、付き従う市民は彼の私兵と呼んでも差し支えない。


「しかし、勇者アルグスか……まさか俺達七聖鍵の一人を倒すとはな……少し甘く見ていたかもしれん」


 ピカピカに磨いた金貨を眺めながらデュラエスがそう呟いてから、長机の端に座る少年を見た。


 美しい顔立ちの金髪碧眼の美少年はペコリと頭を下げた。


 彼の名はターニー。普段は“人形使い”クラリスの身の回りの世話をする自動人形オートマタであり、クラリスがアルグスとの戦闘で亡くなってしまったため代理としてこの場へ出席をしている。


 七聖鍵のメンバーではないので求められない限り彼にこの場での発言権は無い。


「クラリスの魔石は回収できたのだろうな」


「はい」


 デュラエスがそう尋ねるとようやくターニーは口を開いた。


「イチェマルク様が、回収してくださいました。今は代わりの『ボディ』がないのでまだ復活できませんが」


 そう言ってターニーは小さい袋をデュラエスに見せた後、自分の対面に座っている長身で銀髪の若い男性にぺこりと頭を下げた。


 対面に座っていた男はその礼に何も答えることなく、ぷい、と視線を外す。


 長身にグレイの髪。会議が始まってから一言もしゃべっていない。どうやらかなり無口な男のようであるが、彼がついさきほどターニーの口から出た名前、“霞の”イチェマルクである。もちろん彼も七聖鍵の一人であり、何を隠そうドラーガの手の中からクラリスの魔石を奪った人物である。


 今は当然ながら裸ではなく、忍び装束のような動きやすい着衣を纏っており、襟の中には鎖も着込んでいることが伺われる。


 その異名の通り彼は霞に姿を変えるという異能力を持つ。しかし霞になっていられるのはほんの息を止めていられる間だけの短い時間。それ故ドラーガから魔石を奪った後、一度全体を実体化してから再度霞になって土壁から退散したのである。


「さて、雑談はそんなところにしておくか。テューマ達の代わりが必要であろうな?」


 十字架のガスタルデッロが姿勢を正して座りなおし、対面に座るセゴーに語り掛ける。しかしやはり彼は戸惑うばかりで声が出せない。


 それも仕方あるまい。カルゴシアの冒険者ギルドではメッツァトルに次ぐナンバー2であり、彼の手ゴマの中では最強であったテューマ達、闇の幻影が容易く葬り去られてしまったのだ。それに代わる手などなかなか見つかるものではない。彼らとて、たとえ大陸全土を探したとしても両手の指に入るほどの手練れの冒険者だったのだ。


 しきりに唸っているセゴーの表情を見てガスタルデッロもそれを察したようであった。


「そうかしこまるな、セゴー。我らが直接助力するとしよう。この七聖鍵が直接ヤミ専従センジューとなって動こうというのだ」

「是非もなし」


 ガスタルデッロの言葉にデュラエスも肯定の意を示した。リーダーと副リーダーが決めたことである。他の者もその意見に異議は無いようであった。


「か、感謝します……このセゴーも、カルゴシアのギルドの総力を挙げてサポートいたします……」


 セゴーはテーブルに両手をつけて深々と頭を下げた。もはや一線は退き、「支配者」側に回ったと思われていた七聖鍵、その伝説的なS級冒険者パーティーが直接動いてくれるというのだ。セゴーからしてもこの申し出は渡りに船である。


 ガスタルデッロは満足そうに笑みを浮かべ、そして彼に優しく声をかけた。


「セゴー、我らは君を高く評価している。そう、君さえ望めば我らの持つ『不老不死』を君にも与えても良いと思うほどにね」

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