第59話 痴漢プレイ

「なんだと?」


「だから、私のお尻を触ってください」


 ドラーガは全く状況が飲み込めなかった。


 確かダンジョンの罠にはまってしまったクオスを助けるという話だったはず。それがなぜ彼女のおしりを触る話になるのか。


「クラリス、コイツ何言ってんだ?」


「い、言うとおりにして、ドラーガ」


 ドラーガの眉間にしわが寄る。


「お、お願い、ドラーガ。な、仲間を助けたく、ないの?」


 仲間は助けたい。だが尻は触りたくない。ドラーガが真顔になる。


 しかしこれ以上の議論は無意味と悟ったのか、苦々しい表情をしながらもドラーガは覚悟を決めたようで、クオスの後ろに立った。しばしの沈黙ののち……


 パンッ


 と、結構ないい音を響かせて、ドラーガはクオスの尻に手のひらを当てた。


「…………」


「…………」


「……ど、どう? イケそう?」


 クラリスが尋ねるが、しかしクオスの表情は微妙であった。


「なんというか……風情がない」


「どういう触り方だよッ! 風情のある触り方って!!」


 もはやドラーガは怒りの感情を隠そうともしない。しかし怒鳴られてもクオスにも何か明確な答えがあるわけではない。当然ながら彼女はドラーガからセクシャルなハラスメント的なものを受けて性的に興奮しようとしていたようであるが。


 クラリスは腕を組んで考え込み、それからドラーガの身体をよじ登り始め、彼の肩の上に立って何やら耳打ちをする。ドラーガは相変わらず嫌そうな表情をしながらも「ふんふん」とそれに聞き入っているようであった。


 しばらくして彼は小さく「はぁ」とため息をついてからほとんど密着するようにクオスの後ろに立つ。


 クオスはドラーガが息がかかるほどに近くに立ち、しかしまだ何もしないことに緊張と期待で胸と股間をいっぱいに膨らませていた。


「!?」


 やがて、彼女の尻に何かが触れる。


 最初誤ってぶつかってしまっただけなのかと思ったが、やがてそれはすりすりと自然に、気づかれないように柔らかく尻の表面をホットパンツ越しに触っていることに気付いた。


 どうやら手の甲で、感触を確かめるように触っているようだ。他の人に気付かれないように、バレないように、もし本人に見とがめられても、「手の甲が当たっちゃっただけですよ?」といいわけでもできるように。


 といっても他に人などいないのだが。


(な、なんだろう。凄く、いけない事されてる感じがして、めちゃめちゃ興奮する!)


 やがてしばらく手の甲で確かめるかのように様子を見るかのように尻に触れていたが、手が反転し、手のひら側で尻を触り始めた。ドラーガは終始無言であるが、相変わらず彼の肩の上にはクラリスが立っており、何やらボソボソとずっと細かく指示をしているようだ。


(ああああ! ありがとうクラリスさん! あなたの事見くびってました! こんなスキルの持ち主だったなんて!!)


 クオスは顔を真っ赤にして興奮しながらも、頭の中でクラリスに感謝の言葉を投げかける。


 やがて尻を撫でていた手はむんずと、その感触を確かめるかの如く無遠慮に尻の肉を鷲掴みにして揉みしだく。だんだんと、ゆっくりと、少しずつ派手に動き、行為はエスカレートしてゆくように感じられた。


(ああもう! 何なの、この、私が被害者のはずなのに人に言えない感じ! 秘め事! って感じ!!)


 被害者は間違いなくドラーガである。しかしそんな意味不明なシチュエーションの中でもクオスのテンションは青天井に高まっていく。密着していることにより、クオスの顔にドラーガの鼻息が当たることも彼女にとっては最高のエッセンスであった。


(これ、アレじゃないかな? ドラーガさんも実は興奮していて勃〇してたりしないかな!? もう私、ここで最後までイッちゃうんじゃないのかな!! ああ! 本当に生まれてきてよかった!!)



 北の森のエルフの集落に生まれたクオス。


 その人生は苦難に満ちたものであった。


 元々保守的で新しいものや異物を受け入れず、理解を示そうとしないエルフ族にとって、性同一性障害の彼女は奇異なものに映り、彼女の両親でさえクオスの性事情に関しては一顧だにせず、他の男児と同じように育てようとした。


『幼いうちの気の迷いに過ぎん』

『男として育てていけば、そのうちに意識もちゃんと追いついてくる』

『軟弱なことを言うな。男としての自覚を持て』

『他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来だ。男らしくなれ』


 マッチョイズムのあまり見られないエルフの里でも、やはり彼女には『男』としてのペルソナが求められた。


 エルフの里に閉塞感しか感じなかった彼女はやがて森から少し離れた場所で一人の冒険者に出会った。それがまだ駆け出し冒険者のアルグスであったが、彼女は自分をこの場所から連れ出して、新しい場所に連れて行ってくれるなら誰でもいいと思い、彼についていくことにした。


 しかしクオスはそれでもアルグスに自分の本当の性を言い出すことは出来ず、その後現れた仲間にも誰にも言えず、ただ一人悶々と秘密を抱え、それを知られることを恐れてびくびくしながら生きて行った。


 そんな冒険者生活のさなかに出会ったドラーガという男は彼女にとって衝撃としか言えなかった。


 無能で、仲間の足を引っ張り、尊大で、その上で高給を取り、「当然だ」と言わんばかりにふんぞり返っている。


 一度彼女はドラーガの酷い態度に苦言を呈したことがあった。


『そ、そのぅ……ドラーガさん、能力が低いにしても、十分に準備して、努力すればある程度はカバーできるはずです……みんなの足を引っ張らないでください……』


 しかし彼は平然と言い放った。


『何で周りに合わせて俺様が変わらなくちゃならねんだよ。いいか? 自分と未来は変えられない。俺に合わせてお前らが変われ! 俺の分まで頑張れ!!』


 その日以来、ドラーガは、彼女の中でだけヒーローになった。他の皆は呆れ顔だった。


 そんな彼が、今、情熱的に彼女の尻を撫でまわしている。人生で初めて、クオスは「生まれてきてよかった」と思えた瞬間だったのだ。


 彼女はプレイ中にもかかわらず、ドラーガの方を見た。彼も興奮していることを期待して。


「んだよ? なんでおめえ小刻みに前後してんだ」


 ゴミムシを見るような目。


 この時、彼女の中で何かが目覚めた。


「ど……ドラーガさん……最初の、もう一度♡」


「あん? 最初の?」


「も、もう一回最初みたいに思いっきりお尻を叩いて♡」


 ドラーガは無言で嫌そうな表情をし、右手を振り上げる。正直もう彼は飽きていた。「いつまでやりゃいいんだこれ」と、口には出さないが、少しずつ鬱憤が溜まっていたのだ。その鬱憤を晴らすが如く……


 パァン!!


「んひぃっ♡」


「こんなダンジョンくんだりまで来て……」


 再度ドラーガは腕を振り上げる。


「なんで野郎のケツ揉まなきゃならねんだよ!!」


 パアンッ!!


「らめぇっ♡」


「ケツくらいてめえで揉みやがれ!!」


 パアァァンッ!!


「イグゥッ♡♡♡」


 クオスは派手に痙攣して果てた。

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