第204話 王たる資格

「やはり思った通り。てめえに王たる資格はねえ」


 急にドラーガさんが勢いづきだした。前に進み、玉座に座るガスタルデッロの前に出る。両側には巨大な悪魔、グレーターデーモン。しかしそれに怯むことなく、口の端にはいつもの余裕の笑みを湛えている。


「全てが見えているわけじゃねえ」


「なんだと?」


「実際イリスウーフが今俺達になんと呼ばれているのか気付いていなかったな? 今は本名のノイトゥーリと呼ばれていることを予知できなかった」


 ドラーガさんの言葉に、ガスタルデッロは笑みを消し、そして眉間に皺を寄せた。


「ごちゃごちゃ言わずに俺達に協力しろ。市民の避難を助け、火砕流を止めるんだ。お前なら何か方法も考えつくだろう?」


「不遜なり」


 低く、深い声だった。ガスタルデッロは今はもう明らかに怒りの表情を見せている。


 しかし……


「当然だ。てめえと違ってこの俺様は何が起こっているのかをちゃぁんと見てんだからな」


 彼は自分の目を指差しながら言葉を続ける。


「この目でよ」


 そういえば……ドラーガさんは以前に言っていたことがあった。


「俺のこの目は全ての嘘を見抜く。真実を見る。事情が分からんふりして会話ごっこしてたお前の演技も当然見抜いてたし……」


 そうだ。ドラーガさんは目を見て話せばたとえ魔物だろうと嘘を見抜けると豪語していた。


「お前が何に絶望して自暴自棄になっているのかも、な」


「やれ!!」


 その瞬間ガスタルデッロは右手を上げてグレーターデーモン達に指示を出した。


「ゲッ、まずい!!」


 私は慌ててポーチから隠していたナイフを取り出す。


 刃渡りは二十センチほどのサバイバルナイフ。冒険には必需品の使い慣れた刃物だ。そして左手にはデュラエスに斬られた樫の杖の残り(ドラゴンキラー)、しかし6体のグレーターデーモン相手には分が悪い。


 悪魔たちはガスタルデッロの目の前にいるドラーガさんを無視して全数が私たち二人に突っ込んでくる。


 しかし即座にノイトゥーリさんがドラゴンブレスを吐き、前衛の二体を消し炭に変える。


「危ない!!」


 ブレスの硬直を狙って悪魔が攻撃を仕掛けてくるが私がそれを樫の杖で払い、即座に背後に回り込んで敵の脇腹後方にナイフを突き立てる。


 狙いは肋骨の一番下、その骨が頼りなく守る臓器、腎臓だ。


 悪魔は跳ね上がるように大きく体を痙攣させてその場に倒れ込んだ。腎臓は神経が集中していて、これを破壊されれば最悪の場合痛みでショック死することもある。


 人間と同じように悪魔にもそれが有効かどうかは分からないけれど、少なくともこの悪魔は昏倒して戦闘不能に陥った。


 これで2対3になったけれど、数の上ではまだ不利な上に、正直言って実力的にもドラゴンに匹敵すると言われるグレーターデーモン、私たち二人で勝てるとは思えない。


 ノイトゥーリさんが半竜化し、私もドラゴンキラーとナイフで応戦するけど、さっきの様な不意打ちは通用しない。耐え凌ぐのが精いっぱいだ。


 ドラーガさんが、ドラーガさんが何とかしてくれることを信じて。


 ガスタルデッロは巨大な十字剣をスラッと抜いてドラーガさんの首筋に当てる。


「観念しろ、すぐに三人とも彼岸の地に送ってやろう」


 ドラーガさんはその言葉には答えない。


 そして動揺も見せない。決して威圧されて委縮されているわけではないのだ。


「ガキのくせに、随分と調子に乗っていやがるな」


「なに!?」


 二人が会話を続けている間も私達は何とかグレーターデーモンの攻撃を凌いでいる。半数が即座にやられたことで敵も警戒しているようだ。敵の主力武器は鋭い爪と丸太の様な尾。


 私はナイフと杖で、ノイトゥーリさんは鋭い爪で、何とか凌いでいる、けど、そう長くはもたない。ドラーガさん、なんとかして!


「ガキだからガキだっつったんだよ。自分の思ったような結果にならなくて八つ当たりする奴がなんでガキじゃねえと思うんだ」


 ドラーガさんはずい、と一歩前に出る。


「ワイウードが何を思ってあんな魔笛を作ったのか、いや転生したのか。それがずっと分からなかった。最初はドラゴニュートを裏切って人間につくのかと思ったがそれも違った。訪れたのはドラゴニュートにも人間にも、地獄の様な世界だけだった」


「黙れ」


「だがやがてカルゴシアの町は復活した。一方でドラゴニュートは滅びた」


「黙れと言っている!」


 ガスタルデッロの表情がみるみるうちに険しくなっていく。今まで常に余裕の笑みを浮かべてきた二人。しかしガスタルデッロの方にその面影はすでにない。


「これが狙いだったのか、ワイウードはやはり人間に味方したのかと絶望した。やはりデュラエスが言うように人間の『繋がり』に負けたのかと。

 ……だがそれでも、納得ができなかった。自分の命を犠牲にしてまで、自分が見ることができない物に賭けるなど、そんなことがあり得るのか、と」


「黙れ!!」


 だが一方のドラーガさんの表情にも余裕の笑みはない。慎重に、ガスタルデッロの様子を窺うように、まるで探りながら話すようだ。


 いつの間にかグレーターデーモン達の攻撃もその手は止んでいた。あるじの異変を敏感に感じ取ったのだろう。


 正直助かった。このまま戦っていたら先は見えていた。不意打ちで最初の三体は倒したものの、残りの三体には傷一つつけることができていないどころかかなり押されていた。


 あとはドラーガさんがいつもの口八丁で丸め込んでくれれば……でもどう見ても相手を怒らせてるだけにしか見えないんだけど……


「だからアカシックレコードに頼った。それだけが知りたくて、三百年も探し続けた」


 ガスタルデッロは再び刀身をドラーガさんの首にピタリと当てる。鬼の形相で。


「貴様に何が分かる」


「分かるさ。アカシックレコードに触れたことがあるのはお前だけだとでも思ってるのか?」


 え? どういうこと?


「平和を願ったワイウードの祈りのその先に地獄しか待ち受けていなかった事、そして三百年経った今も人間は愚かしくも自分の幸福だけを願い、苦しみもがき続けている事……それがお前の本当の絶望の引き金を引いた……」


「黙れ!!」


 一際大きく怒鳴り声を上げるとガスタルデッロは剣を天に掲げた。


「地上の王、ウィリエール・トリエスティナ・ガスタルデッロの名において命ずる。全知全能たる星の記憶よ、その輝きをもってしての者を虜にせん。ドミニオン!!」


 その瞬間、眩い光にドラーガさんが包まれた。

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