第205話 龍神祝詞
ぴちょん、ぴちょんと、水の滴る音がする。
「ぐ……」
ドラーガは目を覚まして重い体を持ち上げるように立ち上がる。
「ここは……?」
辺りは薄暗い鍾乳洞のようだ。水音は鍾乳石から垂れ落ちる水滴だろう。所々で石か苔か、緑色に発光しており、何とか視界を保っている。
おかしい。さっきまでは確かにガスタルデッロと対峙して迷宮にいたはず。それが何故鍾乳洞の中に……? と、思い至ったところで前方からゆっくりと足音が聞こえてきた。
「よかった、ドラーガさん、目が覚めたんですね」
「……?」
その足音は彼もよく知る人物、
「あのあと、私達は光につつまれて……」
「第2宇宙速度神拳!!」(※)
※第2宇宙速度:惑星の重力圏を脱出する初速度。彼のいる星は地球ではないので当然数値は変わるが、約マッハ40である。
ドラーガの極超音速の正拳突きによりマッピは粉々となり、衝撃波が発生して周囲の鍾乳洞もやはり粉々に砕け散る。空には赤い雲が広がり、地獄の様な風景が見える。しかしなぜかドラーガの衣服や体は無事であった。
――――――――――――――――
「なに!?」
あれ? どういう事だろう? なんかガスタルデッロが驚いているけど……
私の目には彼が剣を天高く掲げて光が発生して……そのまま光が止んで何事もなく元の状態に戻っただけにしか見えなかったけど。なんだったのこれ? 対象をライトアップする魔法?
「ふっふっふ……」
不敵な笑みを浮かべるドラーガさん。一方ガスタルデッロの方は事態が呑み込めずに戸惑っているように見える。
「バカな……『ドミニオン』から一瞬で戻ってくるとは」
「あんな、まな板一枚で俺を止められるとでも思ったか?」
なんか知らないけどムカつくな。遠回しにディスられた気がする。
しかし相変わらずの余裕の笑みのドラーガさん。この表情の時の彼は安心感があるけど、でもガスタルデッロは剣を構えたまま。その剣で容易くドラーガさんの首を刎ねることも可能なんだ。大丈夫なんだろうか。
「ワイウードが助けようとした人間が愚かなまま進化しないのに怒るのはてめえの自由さ。だがな。今のてめえがやってることはただの腹立ちまぎれの八つ当たりだ」
「黙れ!!」
ガスタルデッロは再び剣を天高く掲げた。また何かやるつもりだ。
「怒りを他人にぶつけることの愚かさが分からねえてめえじゃねえだろ。自分でもそれが分かっててそんなことをいつまで続けるつもりだ?」
「黙らんか!! 貴様はこの世界に消し炭すら残らんようにしてくれる!!」
ガスタルデッロが叫ぶと再び剣が緑色に光り輝きだした。その異様な光景にグレーターデーモンも困惑の色を隠せない。一体何が起こるっていうの。
「
これは……聞いたこともない呪文だ。いや、呪文か? まるで歌うような……
「
違う。これは呪文なんかじゃあない。
緑色の発光は天高く舞い上り、まるでさっきまで会った天井が存在しないかのように見える。世界の境界さえも危うくなる。
「
景色に、ひびが入る。しかしダンジョンの壁や天井、床にひびが入っているんじゃない。世界そのものにひびが入っているように見える。
空には、光の中に見たことも無い様な悪魔、化け物、そして蛇の様な姿の巨大な龍が姿を現している。天井も、空の高さも、全てを無視して無限に続いていくような異世界の存在。
なんとなくだけど私にも状況が呑み込めてきた。おそらくは上から下まですべての世界の
通常では見ることも
そして、おそらくガスタルデッロは……怒りのあまり、神の力を以てして、この世界を滅ぼそうとしているのでは……?
しかしその祝詞に割り込む声があった。
「
ドラーガさんが動いた。
両掌を合わせ、落ち着いた声でこちらも祝詞を唱える。
「真の
愚かなる心の数々を戒め給いて」
「グッ……」
ガスタルデッロの表情が苦悶に歪む。
よく分からないけど、ガスタルデッロの祝詞に対抗したドラーガさんの祝詞が効果を発揮しているのだろうか。何が起きているの?
「
急に祝詞の内容が変わったように感じられた。
それと同時にガスタルデッロはハッとした表情で目を見開いてドラーガさんを見つめている。
「灰に塗れたる その胸も
「うぐ……なぜ、それを……」
とうとうガスタルデッロは剣を取り落とし、その膝を床についた。世界の
「濯ぐことこそ ゆくならん」
「ああ……ああああ……」
ガスタルデッロは両手で顔を覆って激しく慟哭をしている。
いつの間にか私達はダンジョンにもおらず、元のカルゴシアの町に戻っていた。
夜のように真っ暗な、灰で覆われた空。空を飛び交う噴石。
いったい何が起きたというのか。ドラーガさんの魔力は微々たるもののはずなのに、彼の魔法がガスタルデッロを打ち破った……のだろうか?
ドラーガさんはさらに呪文を続けた。
「祓い給え 清め給え」
そして最後に、両手を下ろして、笑顔で言った。
「とおかみ笑みため」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます