第206話 とほかみえみため

とおかみ笑みため神よ 微笑み給え


 柔和な笑顔を浮かべてそう言ったドラーガさん。


 一方ガスタルデッロの方は崩れ落ち、顔だけを上げて、ドラーガさんの方を見つめる。その表情にはもう怒りも、見下すような眼差しもない。ひたすらに哀しみだけが見える。


 ドラーガさんは懐から、一枚の金貨を取り出した。


「その金貨は……」


「デュラエスから託されたものだ」


 そう。異次元世界のダンジョンで自らの敗北を認め、後悔の念を吐き出したデュラエス。その彼がドラーガさんに託した金貨だ。


「あいつから頼まれていたのさ。お前が何を企んでいるのかは分からないが、止めてくれ……止めてやってくれ、ってな。

 あいつは自らこの世を去ったが、最後に、怒りに心を曇らせているお前の事をどこまでも心配していた。そしてこの金貨と共にあの歌を俺に託したんだ」


 私が魔法陣を探している間、デュラエスとドラーガさんの間にはそんなやり取りがあったのか……


「私の……負けだ」


 よう分からんうちに決着がついてしまった。


 結局さっきのはどういう戦いだったんだろうか。私の脳裏にはアンセさんとフービエさんのラップバトルが浮かんでいた。


 とにかく決着はついたようなので私とノイトゥーリさんはドラーガさんの元に駆け寄った。これで終わりじゃない。はまだ続いているんだ。


 「ガスタルデッロ、市民をカルゴシアから避難させたいのです。何か方法はありませんか?」


 ノイトゥーリさんが必死に話しかける。そうだ。今はそんなことを言ってる場合じゃない。とにかくこのカルゴシアの町から避難しないと、火砕流に飲み込まれてしまう。どうやらさっき発生した火砕流はここまでは来なかったみたいだけど、いつ第二波、三波が来るか分からない。


「噴火を……止める方法が……ある」


 ガスタルデッロは近くに落ちていた自身の十字剣を拾いながら、力なくそう呟いた。


 そんな方法が? 確かにさっきみたいな神の如き力を使えればどうにかなりそうな気もするけど……


「ムカフ島が噴火したのは、ただの自然現象ではない」


「どういうことだ?」


 自然現象ではない? 誰かが人工的に? 人工地震? なにかこう……何者かの陰謀を感じるわ。


「ムカフ島では他の土地よりも多く『竜の魔石』が産出する。人の記憶……魂と共鳴し、吸い寄せるという伝説の魔石がだ」


 竜の魔石……今回の一連の事件のキーアイテムとも言えるものだ。転生のために必要な重要な魔石で、人の記憶を書き止められるという緑色に怪しく光る宝石。あれ? そう言えば……


「ノイトゥーリさん、そういえば、その野風の笛に嵌められている緑色の石って……」


 聞いた話によればその笛は確かノイトゥーリさんのお兄さんが転生した魔道具。でもその笛についている緑色の石は確かに竜の魔石を同じ光を放っている。


 私が視線を野風にやると、ガスタルデッロが口を開いた。


「そうだ。そしておそらく、火山の活性化は野風が発動したことによる魂と記憶の潮流が起き、それがムカフ島に眠る竜の魔石と共鳴したことによって起きている」


 なんと、そんなことまで分かるのか、アカシックレコードというのは。


「それで、どうやったら火山活動を止められるんだ?」


 ドラーガさんが少し焦った様子で口を挟む。確かに今は暢気に講釈を聞いている場合じゃない。火山を止める方法があるのか、そうでなければ住民を避難させる方法があるのかどうかだ。


 最悪の場合この町を丸ごとさっきみたいに異世界転移させる方法があればいいんだろうけど、それは流石に無理だろうな。そんな大きな魔法陣すぐには描けないし。


「野風の笛を使うんだ」


 そんな馬鹿な。


 野風の笛を使った結果こんな大惨事になっているっていうのに!?


 しかしガスタルデッロはゆっくりと続きを説明し始める。


「いいか、野風の力を使い、あの山に眠る大量の魔石の力をおさめるのだ。それこそ本来は野風の笛が最も得意とする力の使い方のはずだ」


 人々の争いをおさめたのと同じように、火山の活動を抑えろという事なのか。でも、実際に野風の笛が使われた結果今の火山の状態がある訳なんだから……実際にそんなことできるんだろうか?


 どうやら私と同じ疑問をドラーガさんも抱いたようで、ガスタルデッロに詰め寄るように問いかける。


「アホか? そもそもが1回目はともかく2回目以降はてめえが節操もなくぴーひょろ吹きまくったせいで火山が噴火したって事じゃねえか! 知ってるか? 同じ行動をして違う結果を求める奴の事を世間じゃ『バカ』っつうんだぞ!?」


 ドラーガさん久しぶりのマジ切れだ。二回目以降の笛の音はこいつによるものだったのか。


「同じ行動、ならばな」


 しかしガスタルデッロは表情を変えずに静かに呟く。ドラーガさんやアルテグラとはまた違った方向で、この男もまたマイペースだ。


「見ろ」


 そう言ってガスタルデッロは自分の十字剣を地面に突き刺す。巨大な十字の鍔の中央には小さな緑色の石が填められている。まさかこの石も、竜の魔石?


「そうだ。この剣には竜の魔石を填め込んである。この小さな石だけでは力不足かもしれんが……野風を使い、この剣で力をコントロールすれば、火山を鎮める……魔石の共鳴を鎮静化させることもできるかもしれん」


「もっと魔石があれば可能性は上がるか?」


 ガスタルデッロの言葉にドラーガさんが真剣な顔で尋ねる。まさか「お前の魔石をよこせ」とでもいうつもりじゃないだろうな。


 しかしガスタルデッロが頷くと、ドラーガさんは帯にとめていた袋を取り出してその中身を見せた。これは……


「魔石……それも三つも。これをどこで?」


 ドラーガさんはしばらく黙っていたがガスタルデッロの方をしっかりと見据えて言葉を発した。


「ゾラ、ティアグラ……そしてデュラエスの魔石だ」


「デュラエスの……!?」


 ガスタルデッロが目を見開く。私とノイトゥーリさんもだ。まさか、金貨だけでなくこんなものまで託されていたとは。それに、こうなることを予測していたのか、それともいざという時の切り札になると思っていたのか、ドラーガさんが竜の魔石を収集していたなんて。


 ガスタルデッロは魔石を受け取り、そして眉間に皺を寄せて一層哀しそうな表情でそれを見つめた。


「……すまなかった」


 その言葉は、私達に向けてじゃない。おそらくは、自分一人の目的のために、三百年も連れ添わせた仲間への言葉だったのだろう。


 元々目的を同じにしていない集団だったのかもしれない。


 それでも、少なくともデュラエスは親友だった。そのはずなのに、彼にもガスタルデッロは真の目的を明かしていなかったのだ。おそらくは、そのことへの謝罪か。


 ゆっくりと、三つの魔石を手に取り、そして剣の鍔にそれを当てる。


 またも、一瞬彼の手元の光が歪むような、奇妙な感覚。


 彼が手を放すと、魔石は消えていた。


「三次元的に剣に取りつけて加工する時間はないからな、四次元的に座標を重ね合わせて固定した。

 さあ……あとはお前たちに任せる。私のような老人の出る幕ではない」


 ガスタルデッロは立ち上がる。改めて、大きな体だ。


 しかしこの巨体でも支えきれないほどの哀しみと、後悔の念と、絶望を受け止めて生きてきたのだろう。そしてこれからも……


「おい待て、どこに行く!?」


 ガスタルデッロは背を見せてどこかへ歩いて行こうとしたが、それをドラーガさんが呼び止めた。ガスタルデッロは首の身を回して小さくこちらに振り向く。


「ここから先は誰も知らぬ未知の領域だ。私がもうしてやれることはない」


 とにかくぶっつけ本番でやるしかないっていう事か。でももう四の五の言ってる暇はない。いつまた噴火活動が再開するとも限らない。


「私にはまだやることがある。さらばだ」


 そう言ってガスタルデッロは灰のカルゴシアに消えていった。


 彼の言った「やる事」が何なのかも気になるけど、とにかく私達は私達で出来ることをしないと。


 ドラーガさんはノイトゥーリさんから笛を受け取ってまじまじとそれを眺める。


「果たして……俺にできるかどうか」


 でもやっぱりこの中で一番魔法に詳しいのはドラーガさんだと思う。彼が出来なければきっと誰にも出来ない。それで駄目なら私だってあきらめがつく。


 ドラーガさんは地面に突き刺さった十字剣の前で、静かに唄口に唇をつけた。


 灰の降りしきるカルゴシアの町の中心。


 周りには何も音は聞こえない。


 静かに音が響き渡る。


 フシューーーーーー


 スフーーーーーーー


 ピヒーーーーーーー


「……っかしいな」


 そこで躓くんかい。

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