第207話 ねたばらし

 はぁ~、つっかえ……


 なんなんこの人。


 この期に及んで笛が吹けねえとか。


 ガスタルデッロもなんでこんな奴に未来を託しちゃったの。一番託しちゃダメな奴だろ。


 とはいえ、奴を止めた時のドラーガさんは本当にすごかったんだけどなぁ……


「そう言えばドラーガ、ガスタルデッロを止めた時の祝詞……あれはいったい何だったんですか?」


 ドラーガさんから野風の笛を取り戻しながらノイトゥーリさんが尋ねる。実を言うとそれは私も気になっていたことだ。魔力の流れは感じなかったんだけど、いったいどうやって彼を止めたのかが。


「ああ、あれはな……あいつが意図的に省略した部分の祝詞を唱えただけさ」


 は? なにそれ? なんでそれだけで苦しそうにしてたのあいつ?


「あいつは神を敬う言葉の一部と、『愚かな心を戒める』って部分を唱えられなかった。怒りに心を曇らせてる今の自分の心境で、それを唱えることに後ろめたさがあったのさ。

 それに気づいたから、わざわざ補足してやっただけだ」


 なんと、あの一瞬でそんな駆け引きがあったとは。


 その祝詞の事を知ってたのも凄いけど、あの状況でガスタルデッロの心境まで見抜くとは。まるで全てを見通してるみたいだ。


「あ、そう言えばドラーガさん!」


 私は途中で気になってたけどそれどころじゃなくて聞けなかったことを聞いてみることにした。というか、とてもじゃないけど聞き捨てならない事だった。


「ドラーガさん『アカシックレコードに触れたのはお前だけだと思ってるのか』って言ってましたよね? あれどういう意味です? まさかドラーガさんもアカシックレコードを……」


「どういう意味も何もそのまんまの意味だよ」


 ……はて?


「だから、アカシックレコードに触れたのはお前だけだと思ってんのか? って意味だよ。別に俺がそれに触れたなんて一言も言ってねえよ」


 え、なにそれ。


 ハッタリだったっていうの? あの重要な場面で? この詐欺師め。まあ仮にあの場でガスタルデッロに「どういう意味だ」とか尋ねられても適当にごまかしたんだろうけど。


 なんか結局詐欺師にいいようにやられた感じがあるなあ。私が渋い顔をしているとノイトゥーリさんがまだ気になることがあったようで彼に尋ねた。


「祝詞の後、歌みたいなものを読んでましたよね? その後ガスタルデッロが崩れ落ちて……あれはいったい何の呪文だったんですか?」


「あれは呪文でも祝詞でも何でもねーよ」


 え? どういうこと? 呪文ですらないのに何でガスタルデッロはそれで負けを認めたの?


「三百年前、デュラエスは怒りに我を忘れ、復興しようとしてる新しいカルゴシアの町に一人で攻撃を仕掛けようとした」


 これは知らない情報だ。きっとデュラエスとドラーガさんが二人きりになった時に聞いた話なんだろう。


「その時、怒りに心を曇らすデュラエスを諫めようと、ガスタルデッロがデュラエスに送った歌があれだ。

 内容はまあ……怒りに我を忘れる友を嘆き、いずれその怒りが収まるように願う内容だ」


 え? ということは……怒りの矛を収めるように三百年前にガスタルデッロがデュラエスに送った歌を、そっくりそのままガスタルデッロに返したって事?


 そして最後にあの金貨を見せたのか。


 ガスタルデッロからすれば、今は亡き友から直接歌を返されたように感じたことだろう。それなら、あれほどに怒り狂っていたガスタルデッロがその気持ちを削がれたのも頷ける。


「デュラエスは……こうなる事が分かっていて、全てをドラーガさんに託したんですね……」

「いや、そいつは違うぜ」


 遠い目でガスタルデッロが去っていった方を見ながら呟くノイトゥーリさん。しかしドラーガさんがその言葉を否定した。どういうこと? 文脈的に自然な流れだと思うんだけど。デュラエスはガスタルデッロを止めて欲しかったんだよね?


「最後に言った『ガスタルデッロを止めてくれ』云々言うのは完全に俺の創作だ。そんな歌を貰った、って事は思い出話として話してくれたがな」


 え? 嘘ついたの? っていうかガスタルデッロはアカシックレコードの力で全てが分かるんだよね? それって超危険な賭けだったんでは!?


「まあ……嘘っていうか……行間を読んだ、的な? 人聞きの悪ぃこと言うなよ。俺は正直者だぜ?

 あ、それと歌を託されたってのもちょっとニュアンスが違うな。その話を聞いたから、そんな大事なもんなら、もしかしたらまだ文をとっといてあるんじゃねえかと思って事務所をガサ入れしたのさ」


「ガチの嘘つきじゃん……ドラーガさん前に言ってましたよね!? 『俺は嘘はつかねえ』って!! もしそんな適当なこと言ってガスタルデッロが逆上したらどうするつもりだったんですか!?」

(46話 MONSTER参照)


 ついつい大きくなってしまった私の声にドラーガさんは耳を塞ぐ。


「ちっ、声がでけえんだよてめえ……」


 だって、大きくもなるよ! あの発言はいったい何だったの!!


「はいはい、じゃあおめえは詐欺師が『俺は正直者です』って言ったらそれを素直に信じんのかよ!?」


 ああ~……


 詐欺師だったわ。


 そう言えば詐欺師だったわ。


 忘れてたわ。


「ったりめえだろうが。正直者が『俺は嘘はつかない』なんて言って、なんか得になる事でもあんのかよ? そんな発言する時点で嘘つきに決まってんだろーが」


 もうなんも信じられんわ。


 そう言えばあの時「俺は相手の目を見て話せばそいつが嘘をついてるかどうかわかる」とかも言ってたけど……


「当然嘘だ」


 ですよね~

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