第203話 ゲイのサディスト

 ぎぃ、と重苦しい音を立てて両開きの扉が開く。


 一段上がった場所に玉座のような巨大な椅子があり、鎮座する巨大な人影。


「遅かったな」


 ずい、と剣を手に取りながら重々しく立ち上がるガスタルデッロ。


「はん、こそこそと逃げ回りやがって。いちいちやることがセコイんだよてめぇは」


 ドラーガさんがガスタルデッロを指差しながら喋るが、奴はドラーガさんの方は無視した。人を指差すのは良くないと思うよ、うん。


「さて、改めて聞くが今更私に何の用だ? イリスウーフ」


「プッ……」


 ふふ……イリスウーフだって……


「貴様も俺も目的を達成したのだ。もう用事などないだろう。それとも野風の笛を渡しに来てくれたのか? おまえの……」


「プッ、ふふん……」


「なんだ」


 いや、ふふ……だってさぁ……


「ねえ、ドラーガさん……ふふ」


「だよなぁ、マッピ」


「なんだ、貴様ら何がおかしい。おい、イリスウーフ。何を笑っている?」


 こめかみをひくつかせて不満げな表情を見せるガスタルデッロ。


 でも仕方ないじゃん。だって、「イリスウーフ」とかさ……情報が古いっていうかさぁ。


 なんか哀れになってきたわ。この人ノイトゥーリさんのお兄さんと親友だったとか言ってる割には妹さんの本名も教えて貰ってなかったのよね。本当に友達だったのかね。


 まあ私は知ってるけどね! ノイトゥーリさんの名前!!


「なんか腹立つが、まあいい。それで、何の用なのだ? この世界の支配者たる私に上奏したき儀あり、ということか?」


 ガスタルデッロは再び余裕の笑みを取り戻して玉座に座った。


 「この世界の支配者」か……確かにそう言えるのかもしれない。これまでの全ての記憶を持ち、これから起きることを全て予知することができる。この世界の全ては奴の掌の内にあると言っても過言ではない。


「もう……終わりにしませんか」


 ノイトゥーリさんが一歩前に出て声を発した。その目は覚悟を決め、意志の強さにあふれているように見える。


「望む物を手に入れて、世界の頂点に立って、もう満足でしょう。これ以上何を望むというのです。これ以上の暴力は……」

「何がしてえんだよてめえは」


 しかしノイトゥーリさんの言葉を遮ってドラーガさんが言葉を挟んだ。


「俺から言わせればてめえの行動はガキが癇癪起こして八つ当たりしてるようにしか見えねえんだよ。一体何がしてえんだてめえは」


「不遜な態度だな。それが王たる私に願い事をする立場の人間の言葉かね?」


 ガスタルデッロの方もガスタルデッロの方で、妙に演技がかったというか、ロールプレイをしているような語り口調だ。


 おそらくは奴も私達がここに来て、そして何をするのかは分かっていたのだろう。


 そう言えばノイトゥーリさんは「ガスタルデッロはわざと私達をここに引き入れた」みたいなことを言っていたっけ。


 なんか全て奴の掌の上っていう感じで気に食わない。全てが分かっている上で奴は問いかけているのだ。その上でロールプレイを楽しんでいるのだ。


「ワイウードが期待外れだったのがそんなにショックだったか? いつまで八つ当たりしてるつもりだ?」


 ぴしりと。


 空気にひびが入ったような、そんな感覚があった。


 ガスタルデッロは何も言葉を発さない。しかし眉間に皺をよせ、険しい表情をしている。その表情が語っていた。「何故お前にそんなことが分かる」と「貴様に俺の何が分かる」と。


 ガスタルデッロは無言で右手の人差し指を高く掲げた。


「時空の狭間に住まう狂気の主たちよ、常世の闇より這い出て我に付き従え。サモンダークネス!!」


 ガスタルデッロが呪文の詠唱を始めると奴の周囲に光が溢れ出て、そして巨大な体の、角を持つ悪魔が現れた。その数は6。


 醜悪な、地獄の悪魔そのものと言った爬虫類的な顔にワニの様な尻尾。青白い肌は生物ではなく彫像のようにさえ見える。グレーターデーモンが6体、正直今の私達には手に余る敵だ。


 未だ襲い掛かってはこないものの、しかしおそらくガスタルデッロの合図一つで攻撃してくることだろう。


「何か面白い口上でも垂れるかと思ったがその程度か。話はこれで以上だな? 言い残すことはあるか?」


「ま、待ってください!」


 ノイトゥーリさんが必死な表情で縋りつくように声を上げる。


「話し合いで……話し合いで解決できるはずなんです!」

「できねえよ」

「ドラーガ、黙ってて!」


 おお、珍しくノイトゥーリさんが厳しめに出たぞ。さすがにこの期に及んではドラーガさんの皮肉な喋り方は通用しないもんね。


「ガスタルデッロ、あなたがアカシックレコードを読んで何を知ったのかは分かりませんが、しかしそれとカルゴシアの市民の命は関係ないでしょう。こんなことはもうやめにしませんか。今は、手を取り合って助け合うべきです」


「無駄だと思うがな……」


後ろで小さく呟くドラーガさんをノイトゥーリさんは睨みつけ、すぐにガスタルデッロの方に視線を戻した。


 一方でガスタルデッロの方は「フッ」と鼻を鳴らす。やはり、ここでの停戦を受け入れるような生易しい人間じゃないんだろうか。


「いいだろう」


 しかし彼の口から紡がれたのは意外な言葉だった。


 召喚された悪魔たちは動こうとしない。まさか、本当に停戦?


「私もとるに足らん人間共に付き合っても時間の無駄だからな。戦いはやめ、貴公らを町へ送り返すとしようか」


 ……え? 町へ?


「噴石の降り注ぐ、もうすぐ火砕流に飲み込まれるカルゴシアへとな」


 そ……それじゃあ、意味がないというか……振出しに戻るだけじゃ……


「わかったろ、ノイトゥーリ。このゲイのサディストが何考えてるか。俺達を嗜虐して右往左往する様を楽しんでんのさ」


「ククク、酷い言われようだな。まあ事実だから仕方ないがな……」


 ゲイなの?


「ガスタルデッロ、あなたには関係のない話ではありますが、それを理解した上でお願いがあります。住民たちの非難に、手を貸していただけませんか」


 ノイトゥーリさんの必死の願いにもガスタルデッロは玉座のひじ掛けに頬杖をついたまま微笑を浮かべ、応えない。


 私達が何を願ってここに来て、そして何を言うのか全て分かった上でこんなところで彼は待っていたのだろうか。


 一段高いところにある玉座。周囲に侍るグレーターデーモン。


 そして私達は願いを聞き届けてもらうべく話しかけ、ガスタルデッロはそれをBGMでも聞くかのように涼しい顔をしている。


 その全てがまるで王にかしずく臣下のよう。


 いや、実際この男はこの世界の王気取りなのだ。


「悪辣な奴……これから何が起こるのか、私達が何を願うのか全て分かった上でこの状況を楽しんでるのね」


 もはや私の口からもガスタルデッロへの悪態が出始めた。怒りで行動を押さえることができない。悪態をつくくらいしか私にできることはない。


「そうだ……全て分かった上で……なんて、無力なんだ、私達は」


 言いながら、自分の瞳に涙が浮かんでいるのが分かった。それでも、私にできることは何もないんだろうか。


 おそらく、私達はこの後悪魔たちに殺されるんだ。その未来も、全てガスタルデッロには見えているんだろう。


「いいや、そんなことはねえぜ」


 口を開いたのは、ドラーガさんだった。

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