第202話 この先生きのこれるのか

 私達は迷宮を奥へ奥へと進む。


 途中何度かこの迷宮を守護するモンスターとも遭遇したが、それほど苦戦せずに倒すことができた。


 このパーティーで戦闘ができるのは正直言ってドラゴニュートで竜化できるイリスウーフさん、いや、本名はノイトゥーリ夜の風さんだけ。それでもアルグスさんやアンセさん、それにクオスさんと比べると随分落ちるけど、それでも撃退できる程度の敵しかいなかったのは僥倖だ。


 それと、アンデッドや幽体の敵が多かった。こちらは私の聖魔法リィンカーネイションがよく効く。どちらにしろ強敵はいなかったのだ。


 もしかしたらガスタルデッロの方ももう手駒がいないのかもしれない。私が前に入ったダンジョンでもモンスターを大分倒したし、きっとアルグスさんもダンジョンで敵と戦ったはずだから。


 それにしてもドラーガさんは不意を突いてデュラエスを倒したものの、やはり戦闘では役に立たない。


「ドラーガさん、この戦いが終わったらどうするつもりなんですか?」


 正直それはずっと気になっていた。


 冒険者なんて一生続けられる仕事じゃない。そうじゃなくてもドラーガさんはメッツァトルに寄生して甘い汁を吸ってただけで、そのメッツァトルも壊滅状態。彼自身には今言った通り戦闘能力はない。もうがないと思うんだけど。


 確かギルドの口座に結構な金額を預けていたはずだと思うけど……それも年金口座で。でもギルドや町がああなってしまってはそれもどうなるか分からない。


 生き残れば人生はこれからも続いていく。ドラーガさんはこの先生きのこれるのか、それがふと気になった。ボスフィンに戻って学者にでもなるのか、それとも実家(本人曰く最悪)に戻って家の手伝いでもするのか。この人が畑を耕す姿なんて想像できないけど。


 あ、詐欺師として生きるっていう選択肢もあるか。


「俺はな、適当なところで冒険者は引退してで食ってくつもりだ」


「こうえん……?」


 どういうこと? 公園? 公園に住み着いて……ホームレスに? まさかそこまで覚悟して冒険者になっていたとは。


「ああ……俺は、メッツァトルに加入して、“勇者”アルグスと共に冒険をして貴重な体験をしてきた。それこそ普通に生きていたら決してできないような、貴重な体験だ」


 なんだかドラーガさんがこういう真摯な言葉を吐くととてもむず痒い感じがする。でも、私にとってもアルグスさん達との冒険は貴重な体験だった。もうこんな経験は二度とないと思う。何度もあっても嫌だけど。


 ドラーガさん、なんだかんだ言ってアルグスさんに感謝してるんだなあ。


「アルグスには感謝してもしきれねえよ。『賢者』というクラスをもって、あの『勇者』と同じパーティーにいたんだからな。引く手数多あまたさ」


 ……ん? どういう事だろう? 冒険者をやめた後の話をしたつもりだったんだけど。公園に引っ張りだこってこと? ホームレスの用心棒でもするつもりなのかな? ホームレスはお金持ってないと思うけど。


「だから、だけでも十分食っていける。むしろ左うちわさ」


 ……なんか話が分からなくなってきたぞ。公園で……食っていく? 公園の管理人でもするつもりなの?


「こうえんの内容はもう考えてあるのさ。各都市をまわって、勇者との旅の経験、冒険者としての心構え、後は適当な説教をするだけでバカどもが有難がって金を持ってくる。こんなうまい話はねえぜ。セミナーとかやってもいいな」


「え、ちょっと待ってください……こうえんって……講演……ですか? もしかして」


「何言ってんだ講演は講演だろ。元勇者のパーティーの賢者ってネームバリューがあれば講演会だけでもかなりの金額が稼げるぜ? しかも年老いてからも失職する心配がねえからな」


 マジかこの男。最初からそのつもりでメッツァトルに?


「ネームバリューのあるパーティーに在籍して数年活動したらすぐ引退して悠々自適の隠遁生活。たまに講演会で金を稼ぐ。これが俺の出した冒険者のベストなワーキングライフプランだ」


 ちょっとは冒険した人生送れよ。冒険者向かなすぎだろこの男。


「俺は気付いたのさ。冒険者をやって金を稼ぐよりも冒険者を相手に金を稼ぐ方が遥かに効率がいいという事にな。他の奴には絶対言うなよ。俺が考え出したんだからな」


 ドラーガさんが公園で生活する羽目になりますように。


「ドラーガ、先々の事までしっかり考えてるんですね」


 イリス……じゃない、ノイトゥーリさんドラーガさんの事好意的に捉えすぎじゃない? ゲロクズですよこの男。恋は盲目というか、箸が転がっても「ドラーガ凄い」って言いだしそう。


 私の中じゃこいつが口を開くたびに株が下がりまくるんですけど。ホント釘を刺しといたほうがいいなこの人。


「ノイトゥーリさん騙されちゃダメですよ。この男真正のクズですからね」


 しかし私が彼女に苦言を呈すると、彼女はにっこりと微笑んでこちらを見た。


「うふふ、さっそくその名前で呼んでくれるんですね」


 いや、そういう話じゃなく。


「この世界に私の名前を呼んでくれる人は二人だけです。旧カルゴシアの町が滅びて、三百年前の知り合いは誰もいない……兄様以外には」


 そう言ってノイトゥーリさんは胸の前でぎゅっと手の中で野風の笛を抱きしめる。


「私を知ってくれてる人がいる……私は、単純にそれが嬉しいんです」


 なんだかなぁ……毒気を抜かれるというのはこういうことを言うんだろうか。


 ホントにこの純真無垢なお姫様とゴミカス詐欺師のドラーガさんをくっつけちゃっていいんだろうか。


 そう考え事をしていると、ドラーガさんが回廊の少し先に進んで、私達に声をかけてきた。


「見ろよノイトゥーリ、マッピ、どうやらあそこが回廊の突き当りみてえだぜ」


 少しエコーしてドラーガさんの声が響く。


 私達も回廊を進んでみると、確かにそこには回廊の突き当り、そしてこれまでの物より少し重厚な作りの扉が見えた。


 じめじめとして肌寒い回廊の中を私達三人は進み、そして扉をつぶさに確認できるところまで歩を進める。


 今までの扉とは明らかに作りが違う。もしかしてこの先にガスタルデッロが待ち構えているんだろうか。


 緊張に鼓動が早くなる。


 おそらく、間違いなくこの先にガスタルデッロはいる。


 それを確信させるだけのものがそこにはあった。


 扉には板がぶら下げられ、そこに文字が書かれていたのだ。


― 私有地です 入らないで下さい ―

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