第143話 奪わんと欲すれば

― まさにこれを奪わんと欲すれば


― 必ず固くこれに与えよ



「ふふふははははは!! あーおかしい! なぁんて間抜けな奴なの!!」


 一瞬の強い閃光。


 それが止んだ後、その場にレタッサの姿はなかった。


 代わりにティアグラの右手には金色に輝く柄と鍔を持った、白銀の剣が握られている。


「邪魔よ、こんなもの!!」


 そう言って力を込めると彼女の下半身を押しつぶしていた瓦礫が4メートルほども浮かび上がって遥か彼方に轟音を立てて着地した。


 瓦礫の下で、ティアグラが蹴り上げたのだ。


 先ほどまでは自分の上にのしかかっている瓦礫に対して何もすることができなかったはずなのに、まるで藁でも払うかのように容易く押しのけたのだ。


「ティアグラ……まさか、貴様……」


 さすがにこれだけ派手な復活を遂げればもはや隠れていることは出来ない。イチェマルクが驚愕に目を見張っている。


「あら、イチェマルク。レタッサを助けに来たの? 残念ながら一足遅かったわね」


「スナップドラゴンを……」



― 竜言語魔法 スナップドラゴン 〈古代魔法〉〈補助〉


― いにしえの時代、竜人ワイウードが編み出した狂気の魔法


― 人の魂と体を魔道具に変質させることができる


― 他人に使用するときは命をかけてでも忠誠を誓うという契約とその意思が必要



「さあ、魔剣レタッサ。あなたは一体どんな力を持っているのかしら?」


 まるで指揮棒を振るかのように、ティアグラは魔剣を振る。型も何もあったものではない。まるで素人のそれである。しかしその刃の向きと剣閃の向きすらあっていない素振りを終える前にイチェマルクは慌ててその場を離れた。


 それと同時に稲妻が走る。


「あらいかづちの効果ね、中々いいじゃなぁい♡」



― 魔剣 レタッサ 〈片手剣〉〈電撃属性〉


― 非正規冒険者レタッサが魔剣に転生した姿


― 多くの魔剣に共通する特性として装備者のステータスを大幅に底上げする効果がある


― その一振りは雷を発生させ、無尽蔵とも思える魔力を放出する


― 尋常な人間であれば一年ほどで魔剣としての効力は失われてただの剣と化す



「うふふふふふ、ざぁんねん。イチェマルクは随分とこの子にご執心だったみたいだったけど、こんなにおつむの残念な子だとは思わなかったわよねぇ? さんざん注意喚起されてたにもかかわらず私に利用されるなんて、さすが奴隷の中の奴隷ね」


「レタッサを……元に戻せ」


「元に戻すも何も」


 イチェマルクの言葉に、覆わずティアグラは笑い出す。


「この子が自分から望んだ事よぉ? あなた保護者にでもなったつもりなのぉ? それに……」


 快活な笑い声は鳴りを潜め、心胆寒からしめるおぞましい様な笑み。


「あなたも知ってるでしょう? ゆで卵を生卵に戻す方法なんて無いわ」


 直後、怒りに燃えたイチェマルクはそれこそ雷のような速さで踏み込むが、しかし身体能力が向上しているティアグラとの間合いを詰められない。それどころかティアグラはバックステップしながら魔剣を振るう。


「クッ!!」


 通常であれば如何に鍛え上げた忍者であろうとも人が雷よりも早く動くことなどできない。イチェマルクはティアグラの視線、予備動作から攻撃地点を予測して相手の攻撃が発動する前にそれを躱しているのだ。


 まさに神技と言えるほどのその身のこなしでも、一転攻勢に出ることができない。躱し、命を繋ぐことで精いっぱいである。


「何が、何が起きてるの!? 電撃魔法が!?」


「近づくなマッピ! 射程範囲はせいぜい二十メートルだ!!」


 マッピ達もその電撃に驚き、近寄ってきたが、イチェマルクはそれを制した。事細かに説明している暇はないが、しかし彼女らは熟練の冒険者。状況の洞察力は高い。


「マッピ、詳しく説明している暇はないがレタッサは自由に電撃を出せる。近づくと危険だ」


イチェマルクは端的に要点だけ伝えるが、内心は怒りに胸を焦がしている。全てをぶちまけて、レタッサに対してこの女が行った非道を謗りたい。お前など生きる価値のない悪魔だと罵ってやりたい。


 しかしそんな余裕をくれる相手ではないのだ。剣を振るティアグラが視界に入るとともにイチェマルクは横っ飛びに移動して電撃を避ける。そのまま風のように駆け抜けて、連続して電撃を避け続けるが、間合いを詰めようとするとティアグラは自分を取り囲むように雷のバリアを張る。



「クオス……」


 アルマーに肩を借りて戻ってきたアルグスは横たわる少女の傍らに跪いた。


「僕の浅はかさが……彼女を殺した」


「アルグス……あまり自分を責めないで」


 アンセが彼の両肩に手を置いてそう囁く。直接の死因はアルグスの剣ではあるのだが、しかし「その可能性がありながらも気づけなかった」という事ではここにいる全員が同じなのだ。


 とはいえ、直接手を下したアルグスの絶望は深い。光彩を失ったその瞳は、彼がすぐには戦える精神状況にないことを物語っていた。


(わたしがやらなければ)


 アンセは立ち上がってまさに戦闘中のティアグラとイチェマルクの方に視線をやる。そこで繰り広げられているのは想像を絶する戦い。絶え間なく雷を放つティアグラと、人間離れした見切りと速度でそれを躱し続けるイチェマルク。


 だが、アルグスが戦えず、クオスもいない今、アンセがやるしかないのだ。


「はぁ、はぁ……」


 肩を上下させて荒い息を吐くイチェマルク。一方ティアグラは余裕の笑みを浮かべる。


「ふふ、メッツァトルと共同戦線を張ろうっていうのね。さすがの私も少しばかり分が悪いかしら」


 魔剣レタッサの射程範囲外から構えを取り、ロッドに魔力を込めるアンセを視界に納める。


「でもいいのかしら? ここにはまだ逃げ遅れている『卒業生』が大勢いるっていうのにそんな大規模な魔法を使って」


「くっ!?」


 そう、辺りにいたのはティアグラとレタッサだけではない。十数人のティアグラの取り巻き……「孤児院」の「卒業生」がいるのだ。意識を失って倒れている者もいれば守るべき主人であるティアグラから離れられない者もいる。


「ひ……」


 その中の一人、少し離れた場所にいた、まだ少年と言ってもいい様な若い男性が、ティアグラの言葉を聞いて逃げようとする。要は、自分達を人質にしようというのだから当然である。


「おっと! 逃がさないわよ!!」


 ズドン、とその若者の目の前に雷が落ちる。若者は直撃は免れたものの、しかし地面をつたって受けた電撃で倒れ、痙攣する。


「もはや隠しもしなくなったか……」


 小さくイチェマルクが呟く。


 その通りなのだ。デュラエスが苦戦したメッツァトルと裏切り者のイチェマルク。この両者を始末できればティアグラにとってはカルゴシアの全ての「奴隷」を失ってもお釣りがくる戦果。もはや本性を隠す必要などないのだ。


「人は城、人は石垣、人は堀。んん~、素晴らしい言葉ね。しかも私の場合は剣までも人なのだから、負けるはずがないわ」


 さらにもう一振り。気を失っている自分の私兵に向けて雷を飛ばす。その寸前。イチェマルクの腕が霧化したかと思うと、青い光を放ち、その灯火に吸い寄せられてティアグラの放った雷は彼の近くに落ちた。


「うふふ、やると思ったわ。あなたならね。これであなたも私にく・ぎ・づ・け、よ♡」

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