第189話 野風の正体

「こんなところに寄り道して、いったい何を?」


 ドラーガさんに尋ねるが、彼は答えない。代わりに懐から取り出したメモを確認して何やらボソボソと呟いている。


 アルグスさんとドラーガさんの指示によって結局私達はガスタルデッロから逃げることができたけれど、結局今のカルゴシアに安全な場所などない。


 アジトの場所はわれてるし、他に町の中に見知った隠れ家になる場所なんてない。ムカフ島に行って魔族に匿ってもらうっていう手もあるんだけど、そのムカフ島は現在絶賛噴火中。いつもの噴煙だけじゃなく時折赤いマグマも視認できる危険な状態だ。


 そもそもその魔族、ヴァンフルフとビルギッタも町の中の戦闘後どうなったのかが分からない。あの場にはいなかったけれど、「野風」の影響を受けたんなら戦闘不能になってどこかで倒れているのだろうか。


 とにかく今の私達に何の打ち合わせもしてないアルグスさんと落ち合える一時避難先というのはアジトしかないので、クオスさんとアンセさんはアジトで待機。


 そして私とイリスウーフさんはというと……


「この辺りにデュラエスが賃貸してた事務所があるはずなんだがな」


 そう、「調べたいことがある」という事で市街地中心部に行くドラーガさんの護衛としてついてきているのだ。


 朝焼けの空は姿をひそめ、おそらく太陽はもう高くまで上がってきているのだろうが、しかしムカフ島山頂からの噴煙に覆われてその姿を見ることは出来ない。


 これまでの噴煙を上げるだけの噴火とは違う。先ほど赤いマグマのようなものも見ることができた。今は収まっているようだが、噴石の落下も見られた。


 それにガスタルデッロは「町は炎に飲まれる」と言っていた。もしその通りになるなら、あまり時間は残されていない。


「ドラーガ、ムカフ島が東側だから、こうです」

「ん? おお……」


 イリスウーフさんはもうだいぶ回復したようでドラーガさんに地図の説明をしている。コイツ賢者のくせに地図の見方も分からないのか。


 町は静まり返っている。時々道端でうずくまっている人を見るけど、町がこんなに静かなのは初めてだ。昨日の夜までは暴動とモンスターの出現で凄まじい荒れようだったというのに。


「この建物だな。マッピ、鍵を破壊してくれ」


 なんで私が。


「ドラーガ、この建物は?」


 そうだよイリスウーフさん。理由もなく建物を破壊できるわけがないじゃん。っていうかなぜ私? 私この中で一番小柄な女の子なんですけど?


「ここは、デュラエスとガスタルデッロが借りてた建物だ」


 え? っていう事はここにいるとガスタルデッロが戻ってくるのでは。


「とにかくここに侵入する。マッピ、どうせ暴徒がやったことにすりゃいいんだから遠慮なんかすんな。それよりあの巨人が戻ってくる前にさっさと中を調べるぞ」


 つまり敵の本拠地か。とりあえず私は持っていたドラゴン殺しの樫の杖の残りで錠前を破壊する。なんで私がこんな事……


 建物自体はそれほど大きなものではない。町の中心部にある、2階建ての取り立てて目立つわけでもないこじんまりとした建物だ。中に入ってみても必要最低限という程度の物しかなかった。


 一階部分は元々何かの店舗だったのか、しかし何も置かれてはいない。おそらくそのために略奪も受けなかったのだろう。ドラーガさんは何の迷いもなく二階に上がっていく。


「ドラーガ、ここへは何しに?」


 イリスウーフさんが尋ねる。そうそう。私もそれが聞きたかったのよ。


「アルグスには……いや、誰にだって今のガスタルデッロは倒せねえ。なんか別の方向からのアプローチが必要になる。奴を倒すにはな」


 確かにあいつは異常だった。私達の攻撃を最小限の動作で全て防ぎ切った技術も凄まじかったし、火山の噴火を見通したあの予言じみた力……あれはいったい何だったんだろう?


「おそらくはアカシックレコードの膨大な過去情報を手に入れたことで、それを材料に正確な未来の予測ができる様になってる。こうなる可能性があるから奴に野風を渡したくなかったんだがな。出来れば破壊しておきたかった」


 ドラーガさんがそう言うと、イリスウーフさんは大事に持っている野風の笛を見て悲しそうな眼をした。


「イリスウーフさん、別にあなたを責めてるわけじゃないですよ。それに、市民と騎士団の衝突を止めるには他に方法はなかったですし……」


「違うんです……」


 私が彼女を慰めようとして発言すると、イリスウーフさんはそれを否定した。


「もちろんいざという時のために必要かもしれないと思っていたのもありますが、を破壊できなかったのは別の理由があるんです」


 私達は何もなかった一階から二階へ移動しながら彼女の話を聞く。どうやら二階は事務所スペースになっているようだ。


「この笛は……野風の笛を作った、私の兄、ワイウードそのものなんです」


 どういう事だろう? 争いを収める魔力を持った呪いの笛……イリスウーフさんのお兄さんが心血を注いで作った、全てを賭けたものだから、破壊することができなかったという事?


「比喩ではなく、文字通りの意味です」


 ますますわからん。お兄さんの体の一部で作られてるとか?私はハッとして言葉を漏らす。


「まさか……」


 細長い……硬くて、筒状になっている物……ちんち……まさかね。


「そのまさかです」


 そのまさかなの!? ガスタルデッロそれに口付けてたと思うんですけど!? アンセさんの言う通りホモなのあいつ!?


「この笛は、兄が編み出した『スナップドラゴン』という竜言語魔法で、兄が魔道具に転生した姿なのです」


 そのまさかじゃなかった……って、え!?


 私は思わず彼女の持っている黒い笛を凝視してしまう。これが……元は、人間だって?


「なんだと?」


 この事実はドラーガさんにとっても予測していなかったもののようで、彼も目を丸くして驚いている。


「七聖鍵のティアグラが持っていたいかづちの魔剣、あれも恐らく同じスナップドラゴンで作られたものだと思いますが、兄はそれを自分自身に使って、この魔笛を作ったんです。同時に、魔力を上げるために『竜の魔石』も使っているようですが」


 そう言いながらイリスウーフさんは笛に嵌められている緑色の宝石を愛おしそうに撫でたのだった。

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