第188話 んなアホな
「んなアホな」
その事態に、思わず私の口から出た言葉はそれであった。なんとも締まりのない、とは思う。
正直言ってこのカルゴシア地方ではさっきみたいな地震はそれほど珍しい現象ではない。すぐ横に活火山があり、たまに煙を噴き出し、雨が降るのと同じように灰が降る。
しかしこのタイミングで。
しかもガスタルデッロが「町が炎に飲まれる」と言った直後だ。そんな事を考えているとまたもずずんと大地が揺れた。今までに経験した地震よりもはるかに大きい。嫌な予感がする。
「まるで
ドラーガさんがガスタルデッロを睨みつけながらそう言うが、ガスタルデッロはフン、と鼻を鳴らして笑っただけだった。
「ドラーガ」
アルグスさんは少し下がって、ガスタルデッロに視線をやったまま、ドラーガさんに話しかけた。
「僕が時間を稼ぐ。一旦逃げるんだ」
「それは分かってるが、いくらお前でも……」
「ああ。僕も時間を稼いだらすぐに逃げる。とにかく、ここにこのままいても全滅するだけだ」
そうアルグスさんは答えてガスタルデッロに向かって構える。ドォン、とムカフ島の噴火音が聞こえた。
「行くぞ!」
「でも、逃げるならみんなで」
本当にアルグスさんを置いてきてしまっていいのか、私が疑問を呈するとドラーガさんは怒鳴りつけてきた。
「いいから行け! ここにいてもアルグスの足を引っ張るだけだ!!」
ムカフ島の噴石は遠くこのカルゴシアの町にまで降り注いできた。火山灰はもくもくと空に舞い上がっている。空から襲い来る噴石の中背中を見せるアルグスさんを、私達は逃げながら見守る事しかできなかった。
――――――――――――――――
「さて、邪魔者が消えたところで本番と行こうか」
散発的に噴石が落下してくる中、ガスタルデッロは十字剣を両手で悠々と構える。一方アルグスの方はずっとガスタルデッロに対して盾を前に構えているものの、しかしその額からは冷や汗が流れる。
「先ほどまでとは……別人のようだな」
呟くようにアルグスはそう言った。
たしかに、ダンジョンに行く前、アルグスと剣を交えた時はイリスウーフを捕まえるために片腕がふさがっていたとはいえ、二人の間に実力の差はさほどなかった。
しかし今、もはやガスタルデッロに対しアルグスどころかメッツァトル総出でかかっても手も足も出なかったのだ。
いくら両腕が使えるからと言ってそれだけで説明できる強さではない。
まるで、全ての攻撃を予見していたかのような。
それだけではない。火山の噴火の前にも不穏な事を呟いていた。あれがまさかたまたまなどと考えられようか。まるでこの後火山が噴火して町がその火砕流に飲み込まれることを見てきたかのように。
「私は、既にアカシックレコードを手に入れている」
そこまでは予測できていた。
しかしどういうことなのか。ドラーガの言っていたことが確かならば、アカシックレコードにはこれまでにあったすべての出来事、記憶、感情が記されている。しかし未来に、これから起きることなど知りようもない筈なのに。
「そして、全てを知った上で言っているのだ。
この先の百年先も、千年先も、人々に安息の時など訪れないという事を。ならばせめて引導を渡してやろう。決して訪れぬ希望に向かってもがき苦しみ続けることにいったい何の意味があるというのだ」
「黙れ!!」
アルグスは尊大な態度をとるガスタルデッロに切りかかろうとしたが、しかし先ほどと同様、事の起こりを前蹴りで押さえられ、無様に転倒してしまった。
アルグスは怒りに燃え、全盛期の力を保っているように見えるのだが、その実内心は既にダンジョン内でのガスタルデッロの精神攻撃によりボロボロの状態である。
尋常であれば既に最後の“夢”から覚めるほどの精神力も持ち合わせていなかったであろう。それでもなお立ち上がったのは彼が「勇者」だからに他ならない。彼のコンディションはどう見ても万全ではない。一方……
「アカシックレコードは過去の記憶のはず……なぜそれで未来が見通せるようになる」
確かに過去のあらゆる記録と記憶が参照できるのならば、飛躍的に戦闘技術が上がる事はあるのかもしれない。
しかしそれでもアルグスのトルトゥーガとアンセの魔法、クオスの矢を止めた技はその範疇を大きく越えていたように感じられる。
その上火山の噴火までも予言し、「人がこの先千年未来にも救われることはない」と言い切ったのだ。これはいったいどうして説明できるというのか。
「人は
「馬鹿な! 人の身体でそれだけの情報を処理できるはずがない」
「尋常であればな。しかし私は竜の魔石を持っている」
そう言ってガスタルデッロは自身のうなじの辺りを指さす。
「さらにセゴーとクオスの魔石も手に入れ、
そう言ってガスタルデッロはスッ、と上体を逸らす。
ドオン、と大きな音を立てて、おそらくはムカフ島火山からとばされてきたであろう噴石がほんの今さっきまでガスタルデッロの頭部があった場所を通り過ぎて、地面に衝突した。
「もはや天の支配するところである『偶然』ですら、この私をとどめる力足り得ないのだ」
「それでも……」
アルグスは盾を構える。ゆっくりと、盾は回転を始め、そしてやがて縁は回転の残像を残す速さで回る。
ひと際大きい噴火音が聞こえ、ムカフ島の山頂から火の柱が昇る。
生きる気力を失くした町の人々は、ただ首を上げ、その景色を遠目に見るのが精いっぱいであった。
噴石が散発的にアルグス達の周りにも落下する。
まるで人々が生きることを諦めたことが合図になったかのように、同時に山は真っ赤な地獄を吐き出す。
「それでも僕は、お前を止める」
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