第17話 魔法使いvs魔法使い

「うう……なんか緊張してきました」


 私達は朝日が昇り始めてからアジトを出て、カルゴシアの町にある冒険者ギルドの本拠地、天文館に向かう。


 目的はもちろん昨日アジトで話した内容、私達の前回の冒険先をギルドに問い合わせた人間がいないかを確認するためだ。もし今回の『罠』が人間の仕業なら、そしてギルドの関係者の仕業ならば、必ず問い合わせをしている人がいるはず。


 ギルドの他の冒険者の情報は、仕事の特殊な事情により秘匿されていない限り(つまり依頼主に特段の事情がない限り)公開情報だからだ。


 けど、誰が問い合わせたか、それを確認するだけで緊張しているわけではない。いくら私でもその程度で胃が重くなるほど心が弱くはない。


「どうしたマッピ? そんな暗い顔して」


 ドラーガさんが余裕の笑みで私に問いかける。それと同時にクオスさんが私を睨みつける。


 問題はこの男、ドラーガ・ノートが「もし冒険者の仕業ならテューマ達が黒幕だ」と何の根拠もなく断言したからだ。


 それだけならいつものドラーガさんのポンコツムーブで説明がつく。でも実はこのドラーガさんの発言は私の何気ない会話が元ネタになっているという事だ。


 最悪、テューマさん達がシロで、おまけに私達が疑っていることがバレて何か関係がこじれた場合、その全ての責任が私にひっ被せられる可能性もあるという事。


 ああ、せめて今日一日、ギルドに問い合わせるまではテューマさん達に会いたくない。そして叶う事なら私達がテューマさん達を疑っていることが永遠にばれないで欲しい。もしくはテューマさん達が黒幕であって欲しい。


 でもさ、こういうことを考えていると大抵……


「どうした? シケたツラしてやがんなぁ?」


 ホラ来た。絶対来ると思った。


 振り返ると思った通り、ライトアーマーに短髪の大柄な男性、顎から口にかけて大きな傷跡のある人と他に数名。


 テューマさんと、その取り巻きというかパーティーメンバー、なんだっけ、あの……フフッ、思い出した、闇の幻プフッ、闇の幻影のメンバーだ。


「落ち目のメッツァトルさんらが雁首並べてギルドに何の用だい? 仕事がうまくいってねぇのか?」


 月並みな突っかかりだ。


 もしここで「ダンジョンで落とし穴にでも嵌ったかい?」とでも言われてたら間違いなくあの罠はテューマさんの仕業だという事にもなろうが、しかし今の発言は何も事情を知らなくてもできる普通のイヤミだ。


 でも、アルグスさんは違う風に受け取った。なぜなら、昨日のドラーガさんの発言が何の根拠もないという事を知らないからだ。ああ、こんなことなら言っておくべきだった。


「……どうやらギルドに問い合わせる手間が省けたな……」


 その眼は怒りに燃えている。


 もう……アレだ……きっとこれ私は無関係だ。そうだよ。私何も悪いことしてないもん。


 その時、誰かが私の肩をポン、と叩いた。


「ほらな? お前の言うとおりやっぱりテューマの仕業じゃねえか!」


 声がでかいよこのクソバカ賢者。


 そして私とドラーガさんの間に、ぬっと人の顔が飛び出てくる。


「どういうこと? あと私のドラーガに色目使うなって言っただろこのスベタ」


 クオスさんが鬼の形相で私達の間に割って入った。


「いやなに、昨日のテューマが怪しいって情報、元ネタはこいつなんだよ」


 やめて。本当にやめて。私死んじゃう。


「ふんっ、なんだか知らねえがケンカ売ろうってんなら買うぜ? てめえらをボコってこの町から追い出してやるぜ」


 元々メッツァトルを憎く思ってたテューマさんは乗り気だ。もう、これは……


 祈るしかない。


 全力で。


 本当に昨日の罠がテューマさんの仕業であったことを。


「やめなさい、テューマ。こんな町中で、騒ぎになるわよ」


 そう言って一歩出たのはテューマさんの後ろに控えていた闇の幻影メンバーの一人、小柄な黒髪の、黄土色のローブを羽織った魔導士風の女性だった。


 この人は確かギルドで私が絡まれた時もテューマさんを諫めてた人だ。何とかこの場を収めてくれるかも……


「やるならこの私、魔導士フービエがやるわ」


 ダメだったー


「なら相手は私ね。魔導士には魔導士が受けて立つわ」


 こちらも同じ魔法職のアンセ・クレイマーさんが前に出る。


 魔導士と言っても確かアンセさんのクラスは『ウィッチ』。かなり珍しくて私も詳しくは知らないけれど、悪魔や精霊と契約することで強大な魔力と不老長命の力を授かった人間だとは聞いたことがある。


 大抵は森の奥などで隠遁生活を送っており、実物に出会うことはまずないレアクラスだ。その存在感にフービエさんは思わず一歩後ろに下がる。


「よく見ておくんだ、魔法使い同士の戦いというものを。マッピ」


 私の肩をぐい、と引っ張りながらアルグスさんがそう言った。


 気づけば闇の幻影の人たちも数メートル下がって、対峙するアンセさんとフービエさんの様子を遠巻きに窺っている。まさか、こんな町中で魔法をぶっ放して戦う気だろうか。


 私は固唾をのんで向き合う二人を見つめる。私は確かに『魔法』使いではあるけれど、回復、補助が主な仕事で攻撃にそれを使うことはまずない。それでもアルグスさんは「よく見ておくんだ」と言った。それはいったい何を意味するのか。


 フービエさんが白地に金の装飾の入った綺麗なロッドを構える。先に仕掛けるつもりだ。アンセさんはまだ動かない。


「大地を焦がす炎の精霊たちに命ず。ファイアストーム!」


 轟音をたてて二人の間、ちょうど中間点に炎の柱が巻き上がる。けれどもアンセさんは微動だにせず、それを受け止めるような動きも見せなかった。それでも炎の柱はその場に巻き立つばかりで彼女に届くことはなかった。周囲にいた市民だけが悲鳴を上げる。


「ふふ、こんなもの?」


「クッ、最初は様子見だ!!」


 余裕の笑みで見下ろすアンセさんにフービエさんは眉間に皺を寄せて睨みつける。指一本動かさずにアンセさんが炎をかき消したというのなら、実力の差はそれこそ火を見るより明らかに思えるけれど……


「次は私の番ね。ジゲン流免許皆伝の腕を見せてあげるわ」


 そう言って今度はアンセさんがロッドを構える。そのロッド……壊れた椅子の脚を削ったものでは……?


「猛き力、星の申し子、命の炎。我が宿敵を飲み込み給え。ファイアカラム!」


 再び炎が地面から沸き立つ。同じ炎なのにこんなにも違うなんて! 熱気がこちらまでくるアンセさんの炎の魔法は、フービエさんとは似ても似つかない。これがウィッチの……


 ……いや、どうだろう?


 そんなに違うか?


 ちょっと身内贔屓というか、雰囲気にのまれてしまったような気がする。ぶっちゃけて言って、さっきのフービエさんの魔法とそんなに違うか? 魔法の名前は違ってたけども。


 あと呪文の前の詠唱も違ってたか。星の申し子とか命の炎とか、妙に格好いい詠唱で雰囲気に飲まれたような気がしないでもない。


 なにより。


 結局アンセさんの炎もフービエさんを飲み込むことなくその場に消えてしまった。


 これいったいどういう闘いなんだ?

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