第18話 ラップバトル

 10歩余りの空間を挟んで対峙した、『闇の幻影』の魔導士フービエさんと『メッツァトル』の魔女ウィッチアンセさん。


 二人が放った炎の魔法は結局どちらも相手に届くことなく消失してしまった。市民たちの驚嘆の表情と、熱せられた空気だけを残して。


 どういうこと? 魔法使い同士の戦いって直接相手を攻撃するんじゃなくて魔力の強さを見せあうってことなんだろうか? だとしたら今の戦いは全くの互角……ん? でもなんか、フービエさんの顔色が悪いぞ?


「クッ……これがジゲン流免許皆伝の業前ワザマエ……噂以上だ」


 どこが?


 どゆこと?



― 見守る市民達


―  必死にその戦いを理解しようとするマッピ


―  そしてそのマッピに「よく見ておくんだ」と宣った勇者アルグス


― その誰もが実を言うとこの闘いを測りかねていた!


― 此は如何なることか。何故なにゆえ斯様かよう仕儀しぎと相成り申したのか


― 説明が必要であろう……魔を操り天変地異を司る異能の魔導士共の戦いとは即ち



― ラップバトルである



― はるか昔、魔導士と魔導士の戦いは苛烈を極めた


― 即ち、一線級の実力者同士の戦いともなればその魔力まぢからは正規軍の一個小隊の武力にも匹敵する、マジ半端なきもの也


『鬼神の如き魔力の奔流、枷を嵌めねば天変地異にも等しきもの。民に煙たがられるのも、此れまたあたりき魔力まりき也』


『斯様なことが常とならば、魔導の本流ついえることも。滅法魔力まりきは消え去り魔力まりき


― 時の二大魔導流派、即ち西のジゲン流、トゴーと東の野獣新陰流、セシルス斎の間で話し合いがもたれた。このままでは魔導士は市井しせいの鼻つまみ者とならん。魔導士同士の決闘にも法度ルール忖度マナーが必要であると。


― 故に決められた新法度


― 魔導の決闘にて此れをてることまかりならぬ


― 魔法詠唱の美事みごとさにて此れを競えと(この時、魔法を出力しなければいけないとは限らない)


― 時が経ち、ジゲン流、野獣新陰流共にすでに魔法は教えておらず、ただ詠唱の技法のみを伝える詩歌しいかの流派と成り果てた。そしてそのジゲン流の免許皆伝を受けた者が、魔女アンセ・クレイマーなのだ。



(クッ、もっと、もっとだ! もっと強そうな、いかにも大魔法使いって感じの詠唱で決めないと負けてしまう!)


 フービエさん……脂汗まで書いて、辛そうな表情をしている……一方アンセさんは余裕の表情だ。何がどうなったのか全然分からないけど、これは、アンセさんが優勢ってことなんだろうか……


 私には何が起こってるのか全く分からない。それに、アルグスさんが「よく見ておくんだ」と言った理由も。


「怒りに燃える煉獄の炎よ!」


 今度はフービエさんが再び詠唱を始めた。ターン制ってことだけは分かってきた。


「燃えろ燃えろ、天まで焦がせ。宙に瞬く星までも! ヘルファイア!!」


 またも轟音を立てて炎が出現する。


 ……うん、どう見てもさっきと同じだ。何が違うんだこれ。


 よく分からないながらも驚く市民達。複雑な表情でそれを見つめているアルグスさん。険しい表情で二人を見つめるテューマさん。炎からの熱気を避けるように腕で顔を覆うクオスさん。飽きてきたのか爪のささくれを弄ってるドラーガさん。


 そして


「この程度……?」


 アンセさんの笑み。


 スッ、とアンセさんがロッドを前に掲げる。


「在り在りて、無きが如し」


 しん、と辺りが静まり返る。


「其は星の始まりにして全ての終わり」


 その朗々と謡うような詠唱に聴衆が吸い込まれていくみたいだった。


「さあさあにぎやかに。集い来たりて全てを飲み込め。荒れて狂いて土に還さん」


 アンセさんがロッドを振ると、周りから赤い光が集まってきて、二人の中心に集まってくる。どういうこと? これまでとはエフェクトが違う!


「猛き魂、オスケル・エル」


 赤い光が集まってボワっと炎の柱が立ち上がる……ッ!!


 いやこれさっきと一緒だわ。始まりのところだけなんかエフェクトが違ってたけど、炎の立ち上がり方も、規模も、さっきと全然違わないわ。


「なっ……クッ……!!」


 でもフービエさんは驚愕の表情を見せてその場に膝をつき、がくりと項垂れた。


「わ……私の……負けだ」


 ええ?


(未熟だった……私の詠唱はまだまだ未熟だった……)


 なんだったのこれ? でもアンセさんは余裕のすまし顔。「当然の結果よ」とでも言わんばかりのドヤ顔だ。


(私が焦ってやたら強い言葉を選んだのに対して、アンセの奴は、『赤』とか『炎』とか火を連想させる単語は一切使わずに、それでも全体的には炎を思わせる見事な詠唱だった……部分部分で見るとふんわりしすぎてて何言ってるか全然分かんないのに、しっかり炎魔法の詠唱になってた……最後の呪文も何のことやらさっぱりだったけど、なんとなく格好よかった……ッ!!)


 フービエさんは歯を食いしばり、ポタポタと涙を流している。


 一方アンセさんは軽い足取りで前に進み、彼女にすれ違う時にぽん、と肩を叩いて行った。


「ちょっと若さが出ちゃったわねぇ♡」


 それだけ言って天文館の方に進んでいくアンセさんを、しかしフービエさんは睨みつける事しかできなかった。


(詠唱に合わせてエフェクトを変えたのも格好良かった……いつか……いつかあんたを超えてやる……ッ!! あんな格好いい詠唱を、私もできるようになってやる!!)


 一人でずんずんと進んでいくアンセさんを私達は慌てて追いかけていく。そんな時、アルグスさんがぽん、と私の肩を叩いて話しかけてきた。


「どうだった……? 二人の戦い」


 どう、と、言われても。


「正直……何が何やらさっぱり」


 アルグスさんは軽くため息をついて目を伏せて言う。


「だよね……俺も何度か魔法使い同士の戦いを見たことはあるんだけど、何回見ても何が決め手になってどっちが勝ったのか全く分からなかったんだ」


 やっぱりか。


「もしかしたら魔法職のマッピなら何かわかるかと思ったんだけど……」


 私はちらりとドラーガさんの方を見る。


 勝負がついたのに気づいていないのか、まだ指のささくれを弄っている。まあ、あの人も一応魔法職だけど、あの人に聞くだけ無駄だろうという気持ちもわかる。


 魔法って本当に不思議。

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