第66話 瓦礫

 とりあえずは、これで今回の探索はお終い。


 第一の目的はテューマさん達の救出だったけれど、結局彼らは既に一人残らず魔族の四天王によって殺害されていた。


 私達は彼らの遺品、形見になるような品をいくつか見繕ってそれを持ってダンジョンの玄室を後にした。なんとも後味の悪い終わり方だった。


 誰もが無言で、ダンジョンの出口を目指す。


「ん?」


 唐突にクオスさんが小さな声をあげて顔を上げた。どうしたんだろう? まさか四天王がどこかで待ち構えて私達を狙っているとか?


「岩の崩れる音……? 通路の先で……いったいなにが?」


「四天王の仕業じゃないのか?」


 しかしアルグスさんの問いかけにクオスさんは考え込む。


「誰の仕業かは分からない……でも確かに通路の先で、今も断続的に聞こえてきます……なんだろう?」


 この先は細く長い通路が続く……まさか!


「アルグスさん、急ぎましょう! きっと出口をふさいで私達を生き埋めにするつもりです!!」


 と、私は叫んだのだけど、イマイチみんなの反応が薄い。あれ? なんか見当違いな事言ったかな。


「馬鹿かてめえ。このダンジョンは隠し通路だらけな上に出入り口も複数あるのは分かってることだろうが。ゆっくり歩いてきゃいいんだよ」


 ぐっ、確かに。しかしドラーガさんに言われるとは。もう少しこう、優しい言い方してくれてもいいんじゃないかな。


 私達は状況が分からないながらもアルグスさんを先頭にクオスさんが警戒しながら通路を歩き続ける。先頭を変わったのはクオスさんが武器を全て失ってしまっていて咄嗟の事に対応できないからだ。


「んん~……なんだこりゃ?」


 ドラーガさんが変な声をあげるが、正直私も同じ気持ちだ。元々狭い通路に大きな岩や柱が崩されており、何とか人一人が通れるくらいの隙間になっていた。しかし通れないことはない。少し腰を曲げて行けば普通に通れるくらいの隙間だ。


「なんでこんなことを? ヴァンフルフの仕業?」


「違います、マッピさん。通路の向こうに複数の人間の気配がします。四天王とは違う気配です」


 なんかクオスさんに普通に話しかけられたの久しぶりな気がする。しかし嫌がらせにしても微妙なこの瓦礫、いったい何を意図して……? それに通路の先で待ってる人たちは何者なんだろう。


「アルグスさん、これを……」


 その時イリスウーフさんが何かに気付いたようで壁を指さした。


 そこには岩を彫って「気を付けて」と文字が書かれていた。


「誰がこんなものを? ……『気を付けて』って、何に気をつけろと? この瓦礫が中を通ると崩れるんだろうか?」


 そう言ってアルグスさんが瓦礫を見上げるが、しっかりかみ合っていて簡単に崩れそうな感じはない。よくあるトラップで基石になっている岩を引っこ抜くと全ての構造物が崩れる、なんてものがあると聞いたことがあるけど、しかしこの通路はほんのさっき私達が通ってきた場所だ。そんな複雑なものを作っている暇はなかっただろうし、見た目にもそんな構造にはなっていない。


「ヴァンフルフ……」


 それは何の根拠もない言葉であった。しかしなぜかそのイリスウーフさんの言葉は私達の心の奥深くに染みわたる。このメッセージはヴァンフルフが残したもの? だとしたらこれはいったい誰が? いったいこの通路の先で何が起きているのか、何が待ち受けているのか。


 それほど遠い距離には無い筈。しかし待ち受ける人たちは私達をどうするつもりなのか。


「とにかく……行ってみなきゃわからないな」


「俺は反対だ」


 アルグスさんの言葉に即座にドラーガさんが反論をする。


 反対と言われても、でもじゃあどうすればいいというのか。ここはもう崩落の部屋のほんの少し手前の位置。先ほど隠し通路が多くあると言ったけれど、それはもっと手前の位置の事で、ここから先には既知の物はない。


 唯一あるのは前回私達が「行き」で通ったルートを遡ることだけれど、あれは途中で落とし穴にはまって放り出された道なので、そこを戻って通ることは出来ない。


「あのねぇ、ドラーガ。ここを通らないってことは新たに新規の道を探して外に出なきゃならないってことよ? 下手すれば遭難する危険だってあるわ! 無謀よ!」


「道が分からねえなら、ここで待ってりゃいい」


 イラついているアンセさんの言葉にもドラーガさんは即答を返す。待つ、とは、何を?


「待ち受けてる奴らがいなくなるまでここで粘るのさ。それこそ一か月でも、二か月でもな」


 ここで、何か月も? あれだけ「帰りたい、帰りたい」と連呼するドラーガさんがそんなことを言うとは。


「ドラーガ」


 崩れた瓦礫に手を当てて、揺する様に強度を確認しながら、アルグスさんが話しかける。


「外にいる奴らが、敵なのか、味方なのか、それが分からない」


「ふんふん」


「いや、もしかしたら今回のボク達の探索とは何の関係もない第三者かもしれない」


「なるほどな」


「この瓦礫が、罠なのかどうかも分からない」


「ほほう」


「もしかしたら、これも偶然崩れただけのものかもしれない」


「あり得ない話じゃないな」


「こうしてる今も七聖鍵の企みは進んでいく。こんなところで時間の浪費はできない」


「全く同意だな。俺もこんなところで足止めを喰らうのはまずいと思うぜ」


「それでもか?」


「それでもだ」


 ズンッ……と、アルグスさんの右の拳が瓦礫にめり込む。


 それが強度を確かめるためのものだったのか、それとも苛立ち紛れに物に当たったのか、それは誰にも分からない。


「敵かどうかも分からない、ただ何者かの気配がするからというだけで、ここで何か月でもキャンプを張って待機しろと!?」


「その通り。なかなか理解が早いじゃないか」


 なんでもない事かのようにそう言うドラーガさんに歩み寄り、今にも噛みつきそうな視線でアルグスさんが彼を睨みつける。一触即発という奴だ。ドラーガさんももうちょっと言い方というものがあるだろうに、なんでこんなに尊大な態度で言うのか。


「罠の可能性が高いものが目の前にあるってのにそこに飛び込む馬鹿がどこにいるってんだ」


「ここにいるさ! 僕は勇者だ。これまでもいくつもの困難に打ち勝ってきた。このトルトゥーガがあれば、乗り越えられない壁なんてない!!」


「アルグスさん……」


 ヒートアップするアルグスさんをなだめる様に穏やかな声でイリスウーフさんが声をかける。


「何か月もキャンプを張る、というのは極端な言い草ですけど、ドラーガのいう事にも一理あると思います」


 正直、私もそう思う。といっても、アルグスさんの人間離れした強さは知っているから、たとえ罠でも突破は出来ると思う。でも、だからといって自分から罠に突っ込んでいくのは得策とは言えないと思うし……ああ、どうしたらいいんだろう。


「勇気と蛮勇は違うぜ? 『勇者様』よう。

 みんなの気持ちを代弁しようか? 『罠だってのは分かってんだ。俺は行きたくねえけど、お前が行くならお好きにどうぞ』だ」


 なんでそんな言い方しかできないの!


 さすがにアルグスさんはこの言葉に怒髪天。歯を食いしばり怒りの表情を見せた。


 アルグスさんはもう無言でがれきの下に潜り込んでいった。


「ま、待ってアルグス! 私も行くわ!!」


 その後にアンセさんがすぐについていく。


「フン、そんなに死に急ぎたいなら好きにしろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る