第65話 祈りの部屋

「確かに私は争いは好みませんが、正直言ってなんか今回の決着は釈然としません」


 とは、イリスウーフさんの言。

 私達はテューマさん達の遺品を整理して、アンセさんの魔法とドラーガさんのスコップで墓穴を掘り、四人の遺体を丁寧に埋葬した。


 どうやらドラーガさんとクオスさんだけでなくイリスウーフさんもいまいち納得がいっていないようだったが、残りのメンバーで説得して一旦玄室の中で休憩をとることにした。ちょっとまだ血生臭いけど。


 ドラーガさんが荷物からクラッカーとチーズを取り出し、イリスウーフさんがお湯を沸かして白湯をみんなに渡して車座に座る。


「ヴァ、ヴァンフルフくん、その……ほら、お姉さんの膝の上に、ね? ホラ」


 アンセさんが息を荒くしながら祭壇の前の一段高くなっているところに腰かけて自分の膝の上をぽんぽんと叩く。なんか怖いんですけどこの人。


 なんかこう、他人が必死になってるところを目の当たりにしちゃうと自分が客観的にみられるようになるというか……私もさっきこんな感じだったんだろうか。


「あ……でも……」


「いいから来る!」


「あっはい」


 ヴァンフルフくんは一瞬他の人を見て気まずそうにしてたけど、観念してアンセさんの膝の上に座っておっぱいクッションに背中を預ける。


「さて、洗いざらい話してもらうぜ」


 ヴァンフルフくんのかわいい攻撃がきかないドラーガさんが口を開く。


「な……何から話せばいいのか」


「まずはお前らの目的だ。イリスウーフを復活させて何がしてえ?」


 容赦のないドラーガさんの詰問。ヴァンフルフくんは少し考えてからゆっくりと話し出す。


「ボク達は、魔剣野風を手に入れるために何年もこのダンジョンを探索してたんだ……」


「人間からカルゴシアを奪うためか?」


 ヴァンフルフくんは黙ったまま目を逸らし、ゆっくりと頷いた。


「そしてボク達は、野風は見つけられなかったけど、代わりに石化したイリスウーフの亡骸を見つけたんだ。何故石化していたのかは分からないけど、ブラックモアは『生きてる』って言ってた」


 その名にドラーガとクオスの眉がピクリと動く。クラリスからの情報によればリッチのブラックモアと七聖鍵のアルテグラは同一人物である。


「そこでブラックモアは生贄を捧げる提案をした。その生贄に選ばれたのが……」


「僕か」


 アルグスさんの言葉にヴァンフルフくんはこくりと頷く。しかしギルドの協力のもとテューマさん達を差し向けても結局アルグスさんを捕らえることは出来ず、逃げるテューマさん達の時間を稼ぐため、私達とヴァンフルフくんは戦うことになった。


「んで、アルグスが手に入らねえから代わりにテューマを生贄にした、と。行き当たりばったりだなお前ら」


 ドラーガさんの言葉にヴァンフルフくんは恥ずかしそうにぽりぽりと頭を掻く。ああもう、可愛いな!


「ちょっと……」


 話してる最中、アンセさんがヴァンフルフ君をゆっくりと押して、立たせた。


「どうしたんですか? アンセさん」


「いや、なんか……意外と獣臭い、っていうか……もっといい匂いがするかと思ったのに」


 しゃあない。さっきまで獣だったし。


 しかし段々と全容が見えてきた。やっぱり魔族やギルドの狙いは魔剣野風。どれだけの力を秘めているのかは分からないけど、それで国盗りをしようって事みたいだ。ギルド側がどこまでを狙ってるのか……オクタストリウムか、カルゴシアか、はたまた大陸全土か……とにかくよくないことを企んでいる。その協力の見返りとして魔族にも土地を与えるのか、とにかくそんなところだろうという事は想像がつく。


 私が考え事をしているとイリスウーフさんが唐突にドラーガさんの衣服の中に顔を突っ込み始めた。なんなの!? こんなところで! 大胆過ぎる!!


 イリスウーフさんはドラーガさんの服の合わせのところに顔を突っ込んだままボソボソと何か喋っている。あっ、そうか、クラリスさんと話してるのか。


「クラリスさん、どうです? 彼の言葉に嘘はないですか」

「な、ない……けど、別に顔を突っ込んで話さなくても……」

「いえ、こうしていると、ドラーガさんがとても近くに感じられて……クラリスさんともお話ができて一石二鳥、ということです」

「いつまで顔突っ込んでるんですかこの石女(※)!」


※子供の産めない女の人の事ではありません。


 クオスさんが耐えられなくなってイリスウーフさんをドラーガさんから引っぺがした。ドラーガさんはそんな二人のアクションには一切気を払うことなくボーっと考え事をしている。


「イリスウーフさんは火口投下刑に処されたって言ってましたけど、なぜ石になってたんですか?」


「私にも分からないわ。ただ、推測することは出来る」


 イリスウーフさんが話し始めるとドラーガさんは興味がないのか、中央の祭壇を調べ始めた。


「野風の『争いを収める』という力は、他者から生きる力を吸収することで実現されるわ。カルゴシアの町一つ分のその力が、私に蓄積されていたことで、マグマから私を守ったのかも……」


「ヴァンフルフ」


 やはりドラーガさんはその話に興味がなかったようで、祭壇を調べながらヴァンフルフくんを呼んだ。


「この祭壇の部屋はお前らが作ったのか?」


「え?  違うけど……」


「だろうな……ここに文字が彫られている。摩耗の具合から見ても百年以上は昔のものだ。イリスウーフはこの祭壇に見覚えはねえか?」


 いったい何の話なんだろう。イリスウーフさんはついこの間この玄室から出て来たばかりだから当然見覚えはあるけれど、彼が言うにはそんな最近の話じゃないらしい。という事は三百年前に見覚えがあるかという事?


「あの時は私は心神喪失状態でよく覚えていないのだけれど……なんて彫ってあるの?」


 イリスウーフさんが尋ねるとドラーガさんはニヤリと笑みを見せる。


「アヤメの花咲きたる大きな口の者をこれより神の国に返す…… 何のことか分かるか?」


 全く分からない。大きな口って何のことだろう。イリスウーフさんにも全く心当たりはないようで首を傾げている。アンセさんとアルグスさんも同様だ。


「イリスウーフ、お前口を開けてみろ」


「? ……あ~ん」


 なんかイリスウーフさん意外と犬歯が尖ってて八重歯みたいだな。目を閉じて素直に大きく口を開ける姿はなんとなくかわいい。


「こんなもんか……多分『大きな口の者』ってのはお前の事だ」


「え? なぜ? 私そんなに口大きくないですよ」


「そんなことは知らん。だが俺もいろいろと調べてみたんだ。『火口に投げ込まれた者』の事をな」


 ドラゴニュートの姫の伝説については私も少し調べたから知ってる。童話のドラゴニュートの姫については名はかたられておらず、ただ「姫」とだけ書かれていた。


 ドラーガさんが言うには他の伝承でも「火口に投げ込まれた者」の名は「死を導く者」だったり「森の生き物」だったりして隠語のような呼び方をされており、その中の一つが「大きな口の者」だそうな。大量殺人を起こした人の名前だから直接その名で呼ぶことを忌むべきこととしたんだろうか。


 言われてみればドラゴニュートの姫の伝説を調べていた私も「イリスウーフ」という名前は初めて聞いた。


「じゃあ、三百年前に、この祭壇でイリスウーフさんが?」


 私はかがんで祭壇を調べる。どうやら漆喰のような物を固めて作られたそれは端の部分に三本線で縁取りがしてある。ちょっと見たことのない装飾様式だ。


「ここではおそらく火口に投げ込まれる前の祈りだとか清めの儀式をしたんだろうな。何しろ町一つ滅ぼすほどの大罪人だ。普通の死刑囚みたいな手順は踏まなかったんだろう」


 「大罪人」という言葉にイリスウーフさんが顔を歪めた。ホントこの人は、デリカシーというか、そういうものがないな。


 しかし、こんなところに三百年前の事件の痕跡があるとは思わなかった。もしかしてそれが魔剣野風の手掛かりになったりするんだろうか。


「まっ、野風に繋がる情報じゃねえがな。カルゴシアの町で大量死が起こる直前「オオカミの遠吠えが聞こえた」なんて記述があるからそこと結びつけられたのかもな。

 ってわけで、この情報を持ち帰ったところで『野風』の情報には繋がらねえぜ、ヴァンフルフ」


「!?」


 全員が一斉にヴァンフルフくんの場所を室内に探し求める。ドラーガさんの話に集中して彼の存在を忘れていた。


 いつの間にか彼は出口のすぐ近くまで気づかれないように近づいていた。ヴァンフルフくんはそのまま外に向かって走り出し、同時に白い蒸気を発しながらメタモルフォーゼする。しまった、逃げる気だ!


 アルグスさんもそれに気づいて慌てて床に置いていた盾を拾い上げようとするが時すでに遅し。


 狼男の姿に戻ったヴァンフルフは信じられないようなスピードで通路を一直線に走っていった。


「クソっ、油断してた。ずっと逃げる隙を伺っていたのか……ッ!!」


 アルグスさんがそう吐き捨てるころにはヴァンフルフの姿はもう見えなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る