第64話 かわいいは正義

「酷く食い荒らされちゃいるが……一応四人、全員分の死体はありそうだな」


 ドラーガさんの口にしたその言葉は「全滅」を意味する。


 結局私達は、闇の幻影のパーティーを一人も救出することは出来なかったことになる。いや、状況を考えればおそらくは、あの時、フービエさんが玄室から脱出した直後、残りのメンバーは全員殺されてしまったのだろう。


 もしもあの時、ドラーガさんが駄々をこねずにすぐに玄室に向かっていれば、この事態は防げたのだろうか。それともここに並ぶ死体が三つ増えただけだろうか。それは誰にも分からない。


「食い荒らされて……ヴァンフルフ?」


 ゆらりと立ち上がるアルグスさん。照明の影になってその表情を読み取ることは出来ない。しかしドラーガさんの言うとおり、その死体はただ殺されただけではない。「食い荒らされて」いるのだ。


「ま、待って! 落ち着いて! テューマは君達を殺そうとしてたんだよ! 敵なのに何でそんな感情的に……ッ!!」


 常識で考えればそうなるのかもしれない。でもそんな簡単に割り切れるような関係性じゃなかったんだ。テューマさんとは思い出も少なく、いい感情をいだいていなかった私ですらそう思う。


「アルグスさん、落ち着いてください」


 そう言ってイリスウーフさんがアルグスさんの腕を引いた。それでようやく落ち着きを取り戻したようで、アルグスさんは大きいため息を一つついた。彼が落ち着いたのを見てからドラーガさんが口を開く。


「別におめえが人を食うのを咎めやしねえさ。俺らだって生きるためにダンジョンのモンスターを狩ってんだからよ」


 しかしこのドラーガさんの言葉には全員がハッとなった。それは一切の感情というものを無視した、本質的な言葉だったからかもしれない。


「だがよ、仲間を殺して食うのは良くねえよなあ?」


 まさにそこである。テューマさん達と魔族は結託していたはず。なのになぜこんなことに。


「もっと言うぜ? 信用できねえのさ、おめえがよ。『生かしておいて大丈夫なのか?』って思ってんのさ」

(さあどうする? どんな誤魔化しをする? お前の土下座師ゲザーとしての力を見せてみろ)


 どういう意図を持ってか分からないけど、ドラーガさんがヴァンフルフを追い詰める。アルグスさんは再び怒気を帯び始め、ゆっくりと剣を抜いた。


「アルグスさんヴァンフルフを殺しても、テューマさん達は戻りません……復讐は……」


「何も生み出さない。そんなことは僕だって分かるさ……」


 少し言葉を止めてからアルグスさんは再び口を開く。


「こいつを生かしておけば、再び人が殺される。僕にはそれを防ぐ役目がある」


 違う。それは嘘だ。これは冒険者仲間を無残に殺され、その遺体を食い荒らされたことの復讐だ。下手な言い訳なのは私にも分かる。


(さあどうする? もうアルグスは土下座くらいで収まりつくような状態じゃねえぜ?)


 玄室の中に漂う沈痛な空気、そしてなぜか余裕の笑みでそれを見守っているドラーガさん。ヴァンフルフはずっと黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「あ……謝らせてください……」


 あまりにも場違いな言葉。ここまで怒りに燃えているアルグスさんが謝ったくらいで収まるとでも思っているのだろうか。


「但し、真の姿で……」


「!?」


 牙の生えた大きく裂けた口、その端が確かに笑顔に歪んだように見えた。


 それと同時にヴァンフルフの身体から蒸気のような白い靄が滲み出る。


 そういえば、ライカンスロープって言うのはただの獣人じゃない。変身能力を持ち、人から獣へと変化する人種だと聞いたことがある。人からオオカミに変化するウェアウルフだけじゃない。ウサギからオオカミに変化するウォビットなんてものもいると噂では聞く。


 まさか、ヴァンフルフの真の姿は別にあって、それに変化して逃げようと、もしくは私達を殺そうとしている!? 状況の異常さに気付いたアルグスさんが盾を前に構え、アンセさんは入り口をふさぐように後ろに下がる。


 しかし、白い靄の発生が収まり、その中から出てきたのは、小柄な一人の少年だった。


「だ……誰?」


 しかしアルグスさんの問いに答える人は誰もいない。


 アッシュブラウンの柔らかそうなフワフワのショートカットに、緑色の瞳。肌の色は雪のように白く、か細い四肢はその細さで体を支えられるのかと疑問に思うほど。目に涙を浮かべ、ふるふると震えて、口に手を当てて申し訳なさそうな表情をしている。


 まさか……? しかしぶかぶかで裾の部分が破れている寝間着みたいな服は確かにさっきまでヴァンフルフが着ていたものと同じだ。まさかこのいたいけな少年が……?


「かっ……可愛ぃ……ッ♡」


 思わずアンセさんの口から声が漏れ、彼女は慌てて手で口を隠す。イリスウーフさんも両手で口を押えて何やら震えている。


 ヴァンフルフはその場にペタン座りして手を揃えて地面についた。急な動きの反動で寝間着の襟がズレて左肩が露出する。鎖骨から肩に繋がるそのラインは少年であるのに色香を感じさせるほどに美しい。


「ごめんなさい、ごめんなさい!! 凄くお腹が減ってて……本当にごめんなさい!!」


 そう言ってヴァンフルフはアルグスさんにペタン座りのまま土下座をした。アルグスさんはどういう感情なのか「クッ……」と、声を漏らす。しかし気を取り直してヴァンフルフを睨む。


「でも信じて! 殺したのはボクじゃないんです!! ボクは、命を無駄にするのは良くないと思って……」


 追い打ちをかけるようにヴァンフルフは再び顔を上げてアルグスさんに語り掛ける。涙を流しながら。アルグスさんはまるで眩しいものでも見るかのように目を細めて視線を逸らした。


 いやこれは無理でしょう。私はタオルを投げるべくアルグスさんに話しかけた。


「アルグスさん、こんな可愛……じゃなかった、子供を殺すなんて、アルグスさんにはできませんよね……」


「む……た、確かに……」


「ありがとう、おにいちゃん!」


 そう言ってヴァンフルフはアルグスさんに抱きついて感謝の言葉を述べた……あざとい。なんか、こうやって他人事として見てるとちょっと冷静になってきたぞ。ちょっとこれいくら何でも酷くない? 外見さえよければ全て許される、みたいな……


「おねえちゃんもありがとう! アルグスさんを説得してくれて」


 ま、まあ仕方ないかな? 生きていれば皆お腹は空くものだし。ヴァンフルフくんは嘘はついてないと思うし、殺されちゃったなら、それは仕方ないから。命を無駄にしない姿勢って言うのは必要な気がするよ。うん。


「おめえ喋り方変わりすぎじゃねえか」


「えっ!? か、変わってないよ、気のせいだよ!」


 やはりドラーガさんは釈然としない表情のままだった。


「ドラーガさんの方がかわいいし」

「私もそう思います」


 おっと、クオスさんとイリスウーフさんも釈然としない表情だ。この人達の好みはいまいち分かんない。

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