第84話 前世の罪

「このメスガキが……ッ!! イリスウーフをどこに隠した!!」


 ひぇぇ~、めっちゃ怒ってる! 超怖い!! やっぱり相手を怒らせるだけになったじゃん、ドラーガのバカ!


 ダークエルフのビルギッタ。


 ピアスだらけの顔に超派手派手なポンパドールの髪形、褐色の肌を覆うのはレオタードみたいな露出度の高い服にガーターベルト。たとえ敵じゃなくてもこんなパリピみたいな人に声かけられただけであわあわしちゃう私にはかなりハードルの高い相手だ。


 でももう賽は振られたんだ、ドラーガさんの言うとおりロールプレイをしなきゃ。私は震える膝を気づかれないようにしっかりと路地の土を踏みしめ、そしてメイスを構える。


「ず、随分好き勝手してくれたわね、私達の町で!」


 私達の町とか言っちゃったよ。私まだこの町に来て二週間くらいしか経ってないのに。


「黙れ、質問に答えろ。イリスウーフはどこだ」


 もうだめ、アカン。ドラーガさん、イリスウーフさん、早く出てきて。


「今の炎は、お前がやったのか……?」


 そう言いながらビルギッタは落下して周囲の建物を破壊した二体の悪魔を見る。それと同時に隣にいる悪魔がグルルル、と唸り声を上げながら生臭そうな息を吐いた。うわ、モンスターの方も怒ってるよ。


「私以外に誰がいるっていうのよ。メッツァトルを少し甘く見てたんじゃないの?」


「なにぃ……」


 ひぃ、怖い顔。でもドラーガさんとイリスウーフさんが出てくるまで時間を稼がないと。ああ、こういう時はあの頭の回転の速い詐欺師が羨ましい。


「クオスさんに恐れをなして逃げ出したくせに随分いきがってるわね」


「なっ……」


 クオスさんの名前を出したら急に顔色が悪くなった、やっぱりあの時、クオスさんのナニかに驚いて逃げ出したんだ、こいつは。


「クオスさんほどじゃないけど、私も自分に自信があるのよ?」


 私は笑みを浮かべ、精いっぱいの余裕を見せる。


(なんだと……? まさかこいつも……)


「見せてあげようか? 私の真の姿を」


(コイツにもあんなでっかいちん〇んが……!?)


 やった、相当効いてるぞ、私のハッタリが。眉間に皺を寄せて汗を滲ませてる。クオスさんによほど怖いナニかを見せられたんだ。


(言われてみれば、コイツ、服装から女かと思ったけど、胸が全然ない! 男なのか!?)


 ふふふ、何か必死に考えてるわ。考えれば考えるほど深みにはまる。それがハッタリっていうものよ!


(もうホントに、全っ然胸がない! 間違いなく男だ! もしこれで女だって言うなら前世でよほど大きな罪を犯したに違いない。そうじゃなきゃ説明がつかないほどに胸が平らだ!!)


「私の力を見せ……」


「ま、待て! 見せなくていい!!」


 ナニこいつ、めちゃくちゃビビってるよ。こんなにうまく口車に乗ってくれるなんて。ドラーガさんの気持ちがちょっと分かっちゃうな。


(カンベンしてよ。もうあんな大きくてグロいモノ見たくない。怖い。男の人って皆あんなに大きいの!?)


 明らかに怯えている様子のビルギッタを指さすようにメイスを持って構える。


 回復魔法しか使えないはずの私がなぜこんなことをしているのか、それはこれこそがドラーガさんの「作戦」であり「ハッタリ」だからだ。



『いいか、先ずイリスウーフ。お前はそのドラゴニュートの力で大悪魔アークデーモンに先制攻撃を仕掛けたらすぐに人間の形態に戻れ』


『え? なんでですか? そのまま臨戦態勢のままでいてもらった方がいいんじゃ……』


『アホかマッピ、敵はドラゴニュートの力は知ってても俺とお前の力は知らねえ。だったら攻撃は俺達のどちらかがしたと思わせられれば単純に相手に戦力を二倍に見積もらせることができるだろうが!』


『な、なるほど。敵にこちらの戦力を過大に見積もらせて交渉を有利に進めるんですか……』


『ドラーガ、魔法を使って興奮状態になると、そんなすぐには人間の形態には戻れないわ』


『仕方ねえ、じゃあその間マッピ、お前が手品でもやって場を持たせろ。イリスウーフが元に戻ったら俺達もすぐに加勢するから』


『ま……マジですか……』



 と、言うようなやり取りがあって、私は今、いかにも「私がやりましたが何か?」みたいな雰囲気を醸し出しつつビルギッタの目の前に姿を現している。


 ……よくよく考えたらこれ、別に私じゃなくてもドラーガさんでもよかったのでは? というかドラーガさんがイリスウーフさんの人化に付き添う理由ってなにかある? 自分がやりたくない役を人に押し付けただけなのでは?


「と、とにかく……イリスウーフはどこだ? すぐ近くにいるんだろう……あの男、ドラーガとかいう奴もいたはずだ」


 おっと、目の前の敵に集中しなくちゃ。私はメイスを構えたまま答える。だんだん腕がだるくなってきた。鈍器だからね、このメイス。


「それを答えて何か私にメリットでも……?」


「なんだあ、俺の女をお探しかぁ?」


 やっと出てきた! ドラーガさん、遅いよ!


 ドラーガさんは民家の崩れた壁から覗く、隣の民家の屋根の上からイリスウーフさんを引き連れて姿を現した。それにしても「俺の女」とか調子乗りすぎだろうこのおっさん。


 ビルギッタは後ろを振り向いてドラーガさんとイリスウーフさんを見上げる。


「ふ……ようやく姿を現したか。さあ、イリスウーフをこちらに寄越すんだ!」


 しかしドラーガさんは余裕の笑みを以て返す。当然そんな要求に従うはずないのだ。


「てめー脳みその代わりにカエルでも入ってるんじゃねえのか? 状況がお前が想定してたものから全く変わってるってんのに、なに想定通りに事を進めようとしてんだよ、アドリブのきかねー奴だな。いいか? 一度しか言わねえからよく聞けよ?」


 うわ、自分よりもはるかに強い敵相手によくそこまで啖呵が切れるな。多分このダークエルフその気になればドラーガさんなんて瞬殺できると思うよ。


「今てめえの目の前にいる、まな板の上にレーズンが二つ乗ったような物体はたった一撃でお供の大悪魔アークデーモン二匹を始末した。さらにこちらにはそれと同等の力を持つ賢者が一人」


 誰がまな板の上のレーズンじゃい。綺麗なピンク色じゃっちゅうねん。あとまな板でもないわ。脱げばちゃんとあるわい。


「さらに一族の中でも最強の力を持つと言われるドラゴニュートの忘れ形見が一人。

 分かるか? もうお前は『イリスウーフを連れて帰れるかどうか』を考えられる局面じゃねえんだ。『どうやって生きて帰るか』を考える局面なんだよ、暢気な奴だぜ」


「クッ……」


 大きく出たなあ。ビルギッタと悪魔はドラーガさんの方を交互に見ながら汗をにじませる。敵は私とドラーガさん達に挟み撃ちにされる形になっている。


 実際にはこの中で戦えるのはイリスウーフさんだけなので挟み撃ちでも何でもないんだけど。バレたらお終いだ。

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