第85話 ╰U╯

「クッ……アンセとアルグスが強いのは知っていたが、他のメンバーもこれほどまでに強いとは……」


 強い焦燥感の見られる表情でビルギッタはそう呟く。はい、すみません。強くないです。全てハッタリです。


 私とドラーガさんは一直線上にビルギッタを挟んではいるが、高低差のある場所にいるので、魔法で十字砲火を食らわせられるような位置関係になっている。尤も、それは「二人が魔法を使えれば」の話であり、実際には使えないのでそんなことは出来ない。


「ダンジョンで十分に味わったろう? たいして名が売れてもないクオス相手に為す術もなく逃げ出したお前らなんざ俺達の敵じゃねえんだよ! 悪魔が一匹いたところでな」


「お前らも……あのエルフと同等の……?」


「ああ、もちろんだ。クオスにできて、そこのマッピにできないことはねえぜ」


 ビルギッタがドラーガさんの言葉に、恐怖の色で以て私の顔を見る。


(なんてことだ……外見は可愛らしい女の子にしか見えないのに……)


「マッピは、クオスに勝るとも劣らないモノをもってるぜ」


(やっぱりこいつもあんなデカいちん〇んを持ってるのか!!)


「もちろんこの俺もだ!!」


(コイツも!?)


 ビルギッタがバッ、とドラーガさんの方に振り向く。傍目に見ていても、もう冷静な判断力を失っているように見える。


(噓でしょ? メッツァトルって巨〇じゃないとパーティーに入れないとかいうルールでもあるの!?)


「俺達はタレントぞろいのSランクパーティーだぜ? パーティー加入の時に面接をしっかりして、しょぼいモノしか持ってねえような奴は入れねえようにしてるからな」


(面接で!? 面接でちん〇ん審査があるの!?)


「ちなみに俺は面接のときに四種類の魔法を先っぽから同時に出した!」


(コイツちん〇んの先から魔法出すの!? それも同時に四種類も!?)


「マッピのアレもさっき見たろう? こいつは加入した時にクオスが焦って『調子に乗るなよ』って凄んだくらいだからな」


(ええ!? じゃああのエルフよりも大きいちん〇んもってるってこと!?)


 正直ドラーガさんのよく分からない自慢みたいなものはやりすぎてハッタリがバレるんじゃないだろうかと思ったけれど、ビルギッタは絶望の表情を浮かべ、戦意を喪失したようでとうとうその場にへたり込んでしまった。


「ひ……も、もう、イヤだぁ……」


 その場にペタン座りして、泣き出してしまうビルギッタ。なんだか、ちょっとかわいそうな感じに。そしてビルギッタがへたり込むと「こりゃアカン」と思ったのか、悪魔は彼女を置いて飛び去って行ってしまった。


 ああ、なんか本当に可愛そうになってきた。まさかハッタリだけでここまで戦えるなんて。本当に最初の一撃だけで勝負を完全決めてしまった。なんだかんだでやっぱりドラーガさんは凄いな。


「ああ……助けて……お願い、許して」


 まさかあれほどイキってた四天王が命乞いをしてくるとは。


(ああ、もうおしまいだ。きっと私こいつらに体中の穴という穴を犯されてボロ雑巾みたいにヤリ捨てられて殺されるんだ。そんな最期、いやだ。そんな最期を迎えるくらいなら……いっそのこと……)


 ビルギッタは地面に座り込んだまま右手を高く掲げ、その鋭い爪を自分の喉に振り下ろそうとする。まさか自殺するつもり!?


「ま、待って! 落ち着いて!!」


 私は慌てて彼女の手首を掴んでそれを阻止した。


「落ち着いて、ビルギッタ! あなたに敵意がないなら私達は殺すつもりはないわ!!」


「ちっ、勝手に話進めやがって……」


 ドラーガさんとイリスウーフさんもあわてて屋根の上から降りてきて私とビルギッタのすぐ横に立つ。


 でも確かに、こいつは危険な敵で、もしかしたらテューマさん達を殺した張本人かもしれないけれど、それでも目の前で絶望して自殺を選ぼうとしている人を黙って見過ごすことは出来ない。言葉は通じるんだもの。きっと話次第では分かりあうこともできるはず……多分。


「私もマッピさんの意見に賛成です。尤も、本当に『敵意がなければ』の話ではありますけど」


よかった、イリスウーフさんならきっとそう言ってくれると思った。ビルギッタもようやく安どのため息をつく。


「まっ、殺すのはいつでもできるから別に構わねえか。別に俺達の最終目標は魔族の根絶やしじゃねえからな」


 嘘つけ、ドラーガさんに殺せる生き物なんてそうそういないでしょうが。人形にすら負けるくせに。ドラーガさんはそれは自分でもよく分かっている。つまり「いつでも殺せる」っていうのはおそらくハッタリの内だ。より有利な状況を引き出すための。


 そう。私達の目的は魔族の皆殺しじゃない。この町を守ることだ。魔族のリーダー格であるビルギッタさんが指示を出せば町を襲っているモンスター達も引き上げていくかもしれない。


「そもそもお前ら魔族の目的も人間の根絶やしじゃねえ。そうだろう? なあ、クラリス?」


 ドラーガさんがそう呼びかけるとクラリスさんが彼の服の間からぴょこんと顔をのぞかせた。そうだ、クラリスさんもいたんだ。


「な、なぜクラリスが? あんたたち、七聖鍵と和解したの!?」


 ビルギッタの顔が再び恐怖に染まる。


 ……そういえばそうか、魔族が強気でいられるのも七聖鍵という後ろ盾があっての事。もしこのシチュエーションで七聖鍵とメッツァトルが手を結んだとあれば彼女たちははしごを外された形になる。


「残念だがそれはねえよ。コイツは今態度を保留して中立の状態になってるだけだ。ま、残りの七聖鍵の連中にはいずれきついお灸を据えてやらなきゃならんがな」


「ま、魔族はただ自分達の生存権の確保をしたいだけのはず。か、カルゴシアの町を落として、支配権が欲しかっただけのはずだけど……」


「私達は……」


 クラリスさんの言葉にゆっくりとビルギッタが話し始める。


 クラリスさんは元々彼女達と協力関係にあったから内情は良く知っている。もはや隠し事する意味は無いと悟ったのだろう。


「ただ、日の当たらない地の底で隠れて暮らす生活に耐えられなかっただけ……でも、もう……」


 言葉の続きをドラーガさんが話す。


「そうだ。野望は潰えた」


「ええ……私達は、この闘いから……もう降りるわ」


 その言葉を発したビルギッタの表情は疲れ切っているようだった。


「なあに、別にカルゴシアの町が欲しいんじゃなければ太陽の下で生きる事なんていくらでもできるさ。幸いにもムカフ島には人の町はねえんだからな。あそこに冒険者も入れないお前らの国をつくりゃいいんだ」


「えっ!?」


「ちょ、ちょっとドラーガさん!!」


 ビルギッタも驚いていたが私はそれ以上に驚いて、ドラーガさんの袖を引っ張って距離を取り、小さい声でビルギッタに聞こえないように彼に抗議する。


「アルグスさんに無断で何勝手なこと言ってるんですか! っていうかムカフ島はシーマン家の領地ですよ!? リーダーどころか領主に無断でそんな勝手なことを……」


「やれやれ、これだから頭の鈍い奴は……」


 だ、誰が「頭の鈍い奴」だって! ドラーガさんの方こそ今の発言の意味を分かってるの!? この地方の領主を敵に回すような発言をしてるって理解してないんじゃないの!?


「おいクラリス、聞くが、シーマン家の連中は当然もう不老不死になってんだろ?」


 ええ? そんなバカな……


「な、なんで分かったの……?」


 ええええ!?


「馬鹿でも分かるだろう? セゴー如きに不老不死をくれてやるのにそのはるか上の連中に話を通してねえわけねえだろうが。

 いいか? マッピ」


 な、何か途轍もない事態に発展してきている。大丈夫なの? この状況……


「アルグスは不老不死を許さないって言ってたろ? ならもう七聖鍵どころかシーマン家と対決すんのも既定路線なのさ。だったらムカフ島くらいさらっと魔族にくれてやって協力関係を築く方が……」


「お得感が強い?」


「その通り」

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