第120話 完全勝利

「というわけでぇ~……」


「あっ、待て……」


 ドラーガさんがデュラエスから死刑執行令状を取りあげた。


「ええ~、何々? 〇月×日に結審した裁判の内容に基づく刑の執行することをここに認めぇ……だと?

 残念ながらぁ……」


 喋りながらドラーガさんは令状の表面をデュラエスの方に向けて見せつける様にした。この構図は……まさか……


「残念ながらッ! そんな裁判行われてませんッ!!」


 ビリビリッ、とドラーガさんは令状を真っ二つに破り捨てた。


「ああっ!! 貴様!!」


 怒りと驚愕の表情を見せるデュラエス。しかしそれでもドラーガさんは彼を煽るのをやめはしない。


「わりぃが、三百年も昔に結審して、執行もされた罪の裁判なんて何回やっても無効なんだよ!

 俺が最初に言った通りな、この令状自体は不備はない。だが、それに先立つ裁判も起訴もまともにやってない令状なんてただの紙っ切れだ!」


「ぐぬぬ……き、貴様~ッ!!」


 ひぃ、怖い。デュラエスは怒りで顔が真っ赤に紅潮し、こめかみには血管が浮き上がっている。こんなにブチ切れてる人見るの初めてだよ。今にも殴りかかって来そうだ。というか襲い掛かってきたらどうすんの? 相手は能力は分からないけど七聖鍵の副リーダー、きっと強いに違いないし、ドラーガさんなんて瞬殺されちゃうよ。


 しかしドラーガさんはそんな事を気にするそぶりも見せずにイリスウーフさんに手を差し出して彼女を立たせ、そして悠々と観客達(市民)に二人で深く礼をした。


「さあさあ今日の劇場はこれにてお仕舞い! どうぞ皆さま、キリシアよりはるばるやってこられた道化師に盛大なる拍手を!!」


 そう言って彼が拍手をすると市民達もつられて拍手をし、同時に大声で笑いだす。デュラエスは血管が切れそうだ。何でこの人ここまでして煽り倒すの。


「さてデュラエス、足元の明るいうちに帰った方が身のためだぜ? モタモタしてっとさっきの誰かさんみたいに石投げられても知らねえぞ」


 お前だろ。


「き、貴様……俺は認めんぞ、イリスウーフをこっちに……ぐぁっ!?」


 あっ!?


 とうとう市民がデュラエスに投石を始めた。


「帰れ! キリシアのよそ者が偉そうに!!」

「刑の執行一つまともにやれねえのか無能!」

「いけーっ! 淫売の息子!!」


 諸行無常とは言うけれど……最初はイリスウーフさんに集まっていたヘイトが、処刑を実行できなかったことで今度はデュラエスに向き始めたんだ。おそらくは「よそ者」のデュラエスがこのカルゴシアの町ででかい顔をしているという事への反発もあるのだろう。


「くそっ! 貴様ら!! 石を投げるのをやめろ!! 法的手段に訴えるぞ!!」


 ドラーガさんが石を投げられても「ざまあみろ」としか思わなかったけれど、こうやって市民の無責任な手のひら返しを見せられると複雑な気持ちになる。


「どうぞー、どうぞー」


 ん? なんだろ? 何か聞き覚えのある声が。


「どうぞー、投げる物です。どうぞー」


 ちょっ……


「ちょっと、クオスさん何やってんですか!?」


「えっ!? いや、あのぅ……」


 私がクオスさんの肩を掴むと、彼女は視線を泳がせ始める。肩の上にはクラリスさんが乗っている。


 どうも妙だなとは思った。デュラエスがブチ切れてるのに、市民の投石は収まるどころか激しさを増す一方……と思っていたら、クオスさんが市民達に投げやすい手ごろな石を配っていた。


 いったい何を!?


「いやあ……実はクラリス先生経由でドラーガさんから今指示を受けて……『市民達にデュラエスへの投石を煽れ』って」


 マジかあの男……


「あと、『自分では絶対に投げるなよ』とも……」


 安定のドクズだなあ……


「どうぞー、投げる物ですよー」


 ふと気づけばアンセさんとアルグスさんもやっぱり市民に投げる物を配っている。なんかこう……ドラーガさんを敵に回すってこういう事なんだぁ……


 アルグスさん達は石以外にも棒手裏剣みたいなものとか、フレイルの先についてる鉄球みたいな、結構シャレにならないものも渡して回ってる。だんだんデュラエスが可哀そうになってきた。


「どうぞー、投げる物です。どうぞ」


「へぇ、こんなのまで投げていいのか……」


 いいわけないでしょう。怪我しますよ。


 まあでも……お祭りみたいなもんだしね。今回ばかりは大目に見ましょうか。私もクオスさん達に交じって市民に投石用の石を渡し始める。


「くそっ! 貴様ら!! 覚えていろ、この報いは必ず受けさせてやるからな!!」


 デュラエスはようやく市民達を諫めることを諦めて、情けない捨て台詞を吐いて刑場から逃げて行った。市民達も、騎士団の男達も大笑いしている。しかしやっぱり一番デカい声で笑っているのはドラーガさんだ。


「ま、ざっとこんなもんさ」


 ひとしきり笑って満足したのか、ドラーガさんはイリスウーフさんの手を引いて、壇上から降りてきた。


 終わった……終わったんだ。私達の勝利で。


 正直言って裁判の傍聴すらできず、もはや絶望的な状況と思われていたけど、ドラーガさんの見事な作戦勝ちであのデュラエスに勝利を収めた。市民達も騎士団も味方に引き入れて。


 ドラーガさん以外の誰にいったいこんな芸当ができるというのか。


「いやー、笑った、笑ったぜ」


 喜色満面のドラーガさん。


 イリスウーフさんは、刑場から飛び降りると、涙を浮かべ、そしてドラーガさんに抱きついた。


「言ったろ? 必ず助けるってよ」


 おそらくはそのセリフを言った時からすでに、いや下手すればそれよりもずっと前からおそらくドラーガさんにはこの決着が見えていたのだろう。時間稼ぎはそのための「詰め」の作業をしていたに違いない。


 先ず勝ちて、然る後に戦う。これを実践したに過ぎないのだ。自分の勝利を確信しているからこそ、あんな態度をとることもできた。


 余裕の勝利だとも思われたのだが、しかしドラーガさんはデュラエスが逃げて行った方に視線をやって、笑みを引っ込めて真面目な顔で呟いた。


「それにしてもさすが七聖鍵の頭脳って言われるだけある……一筋縄じゃいかねえな」


 どういうこと? 私にはドラーガさんの圧勝にしか見えなかったんだけど。


「あれだけ煽り倒して市民に投石までさせたっつうのに、結局向こうから手を出してはこなかったな……こいつぁちょっと作戦の立て直しが必要だぜ」

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