第119話 ドラーガ劇場

「事件の被害者になったのは誰だ? 貴族や金持ちではない。私達のような力なき一般市民だ。この処刑は我ら力なき民の怨嗟の声と知れ」


 よく言うわ。「冒険者風情が」とか言ってたくせに。あんたたちは「支配者側」の人間のくせに都合のいい時だけ「弱者」のふりをするなんて。


「私は、このカルゴシアの西の、貧しい農村の生まれだった……」


 おいおい、始まっちゃったよ「哀しき過去」語りが。


 一山いくらの安っぽい、どこにでもあるような採れたて新鮮「哀しき過去」。内容は「虎の威を借る役人にいいように搾り取られてた」だとか「権力者は悪事を働いても罰されることがなかった」だの、真偽不明なデュラエスの過去の経験談。


 いや、真偽不明じゃない。私達は嘘だという事は知っている。だってコイツ元々人間じゃなくてドラゴニュートの一族だもん。貧しい農村で役人に租税を搾り取られてるわけがない。だからこの話は大嘘だ。アドリブでこれだけやるのは流石だわ。


 とはいえ。それを知らない市民達は魅入られたようにデュラエスの話に聞き入っており、涙を流してる者までいる。どうやらこいつら「正義」だけじゃなくて「悲しい話」も大好物らしい。忙しい事だ。


 それにしても、さんざん裁判所の令状を傘に着て頭ごなしに死刑を執行しようとしていたのに、旗色が悪くなると見るや一気に情に訴えかけてくるとは。


「おめえの真偽不明な過去なんざ今どうでもいんだよ」


 そう、当然ながらドラーガさんはそんな事で攻撃の手を緩めたりしない。


「おいお前ら、お前らの中に前科のある奴はいるか?」


 しかし誰も声は上げない。そりゃそうだ。何もないとは思うけど、こんな場所でそれを言うなんて縁起でもない。見える場所に首切り役人もいる。


「別に何でもいいんだぜ? 立ションしてたら衛兵に注意されたとか、酔っぱらって喧嘩して留置所で一晩過ごしたとかよ。そんな過去の過ちをいつまでもぐちぐち言われてお前らのびのび生きていけんのかよ、って話だ。そんなのはママの愚痴だけで充分だろ?」


 少ないながらも市民達からは「ハハハ」と笑い声が零れる。まだ完全に市民はデュラエスについたわけじゃない。その感触を確かめたかのようにドラーガさんはさらに懐から紙を取り出してそれを見ながら話す。


「オクタストリウムでは罪刑法定主義をとっている。まあ、簡単に言やあ罪人に罰を与えるならちゃんと法律作って罰則決めてからにしろよ、って事だ」


 再びドラーガさんに注目が集まる。一つ気づいたことだけど、デュラエスの表現に比べてドラーガさんの言葉は幾分も分かりやすく、言い直すと馬鹿でも分かる。彼は、「公開処刑を見物に来るような人間」にしっかりと焦点を当てた喋り方をしてるんだ。


「調べてみるとぉ……『人道に反する罪』に対しては『火口投下刑に処す』とはっきり書かれてるぜ? お前ら何勝手に斬首に変更してんだよ」


「ぐっ……」


 この言葉には首切りアーサーも反応した。今の言葉が正しいなら彼は今日、呼び出されるはずはないのだ。ドラーガさんは段々と、周りからデュラエスを切り崩しにかかっている。


「はっきりと言うぜ。『火口投下刑』には『燃え滾る溶岩にその身を投げ込まれる』以上の内容は書かれてねえ。火口に投下された時点で罪人の生死にかかわらず刑は完了してんだよ! ましてや『刑で死ななかったから斬首で確実にぶっ殺す』なんてどぉこにも書かれてねえ」


 それはそうだ。まあ、火口に投下されて生きてるなんてことを想定はしていなかっただけなんだろうけど。


「刑務官殿!! あなたはどうお考えか!?」


 突然語り口調が変わった。私はイリスウーフさんを拘束していた刑務官に視線を合わせたけれど、どうやらドラーガさんが話しかけた人物は違ったらしい。


 首切りアーサー。


 彼の視線はおぞましい首切り役人に注がれていたのだ。アーサー自身も最初自分が呼ばれたのだと気づかなかったようで、しばらくしてからバッとドラーガさんの方に振り向いた。


「あなたは厳正なる法の執行官と聞いている! すでに三百年前に執行された刑を『結果がなんとなく納得いかないから』などという理由で再度執行できるとお思いか!? その上全く法律に定義されていない斬首刑でだ!!」


 滔々と語り掛けるドラーガさん。彼が「首切りアーサーの事を調べろ」と言ったのはこのため?


「家族に、息子に胸を張って言えるだろうか? 自分の刑務官としての仕事を!!」


 ううむ、なんだか語り口調が芝居がかってきたぞ。


「はっきりと言おう。法に記されてもいない、有効な裁判も行われていない斬首がもし実行されたならば、それはもはや『刑の執行』ではない。ただの殺人だ!!」


 その言葉に、首切りアーサーの様子にははっきりと動揺が見て取れた。


「あなたはただの一度とて不法な斬首は行ったことがない。一度『罪状に不審の下りあり』として執行令状を差し戻したことすらあった。それ以降罪状は事前に通告されないようになったらしいがな」


 私の調べた情報は、ここで、「ダメ押し」をするために用意されたものだったんだ。


 その時、誰もが予想していないことが起きた。首切りアーサーが、自身の覆面に手をかけ、ずるりと自らそれを外したのだ。


 覆面は首切り役人に決められた所定の服装ではない。それは彼が自らと、その家族の身を守るために纏った鎧なのだ。それを、何を思ってか自ら外し、その素顔を見せた。


 秘されているわけではない。彼の自宅の周辺の人間は、みな彼が「首切りアーサー」であることを知っている。そして、それを「隠している」という暗黙の了解があり、少なくとも公には彼は首切りアーサーではないという言い訳エクスキューズがあの覆面なのだが、それを取ったのだ。これは如何なる心の内を現すのか。


 覆面を手にしたままアーサー・エモンは涙を浮かべていた。


「だが私は知っている。あなたはそうではないと。決して殺人者などではないと。刑務官、アーサー殿」


「私の事を……刑務官と呼んだのは、あなたが初めてだ」


「黙れ!!」


 しかしもはやデュラエスは怒りの感情を隠そうともしない。二人の間に割って入った。


「想い上がるなよ、首切り役人風情が。この七聖鍵に逆らってカルゴシアで生きていけると思っているのか!! この令状を見ろ。もはやシーマン家ですら七聖鍵の意を汲まねば政もできんというのに、その我らに逆らうという意味が分かっているのか!!」


 それはもはやヒステリーとも言えるような。


 理論的な物言いでもなく、情に訴えるでもなく、ただただ怒りを爆発させているだけであった。もはや七聖鍵の頭脳と言われるだけの面影がなかったのだ。

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