第121話 お店選び

「んんんん~ッ!! あんのクソ野郎めッ!!」


 執務机を蹴り飛ばし、椅子を振り上げ、床に叩きつけて破壊する。


「下手に出て居ればいい気になりおって!!」


 本棚を引き倒し、調度品の壺を拳で叩き割り、壁を蹴破る。


「おおおおおお!!」


 三人ほどが十分に座れるソファーを持ち上げ、スイングし、部屋の中のあらゆるものを薙ぎ倒し、そして最後には窓に投げつけ。建物の外にそれは吹き飛んでいった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 天文館にも近いカルゴシアの町の一等地。七聖鍵、“聖金貨の”デュラエスが今回の一連の作戦のために一時的に借り上げた建物の一室。


 デュラエスは大いに荒れていた。


「随分と派手にやられたそうだな……」


 いつの間にか半開きのドアの外に大男の影。ガスタルデッロが薄い微笑みを浮かべて立っていた。


 深く影を落とす眼窩、類人猿のように丸まった背中、乱れたざんばら髪、暴れた際に上着はところどころに引っ掛けて敗れた跡があり、肩で大きく息をしているデュラエス。


 彼はガスタルデッロの声を聞くと、ゆっくりと深呼吸をし、両手で顔を覆ってから水気をふき取るかのように手をずらしてゆく。


「もう大丈夫だ。落ち着いた」


 ヒグマが暴れたかのような部屋。壁も一部が消し飛び、窓ガラスは割れ、家具や書類が散乱して本人もボロボロの服装になっているものの、そこにいるデュラエスの表情は既にいつもの冷静な鉄仮面であった。


「ただの腕の立つ冒険者だと思い込んでいたが……まさかあれほどまでに頭の切れる奴らだとはな……」


「少し考えを改めねばならんな」


 デュラエスは倒れた本棚に腰かけてゆっくりと呟き、ガスタルデッロは落ち着いた表情、笑顔でそう答えた。


「奴らのせいでクラリスと、ゾラがやられた。こちらも、各個撃破によって奴らを切り崩さねばなるまい」


 決意した者の険しい表情であった。今までとは違う。デュラエスもとうとう彼らを自分達に比肩する敵として認めたのである。



――――――――――――――――



「食事会?」


「そ、そう。食事会」


 久しぶりに全員が揃ったメッツァトルのアジト。リビングのテーブルに集まり、全員が戻ってきたイリスウーフさんの無事を祝い、食事をしながら今回の事を振り返って、まあ……雑談をして盛り上がっていたのだが。


 ターニー君と共にどこかへ姿を消していたクラリスさん。


 彼女が戻ってくるなり、テーブルの上に乗ってそう告げたのだった。私達を食事会に招待したい。そう七聖鍵からの言伝を受け取って。


 アルグスさんは訝しげな表情をし、顎をさすって考え込む。


「内容に……よるが……」

「その通りだな」


 ドラーガさんも彼の言葉に同意を示した。正直言えば私としてはどんな内容だろうと拒否したいけど。だって十中八九間違いなく罠だと思う。処刑場でのデュラエスの怒り狂った様は凄まじいものだった。もはや彼らも「手段は問わない」事態にまで来ているんじゃないかと思うくらいに。


 とはいえ、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉もある。七聖鍵にはまだまだ謎が多いし、イチェマルクさんに頼まれたティアグラの件もある。


 どこで、どれだけの人数が集まって、ドレスコードは。その内容は重要な要素になる。罠に嵌めようとするなら、その条件から分かるかもしれないからだ。「内容による」とは、まさにそういう事だろう。


「一人当たり大銀貨一枚に相当しないようなしょぼい内容の食事なら受けるつもりはないぜ」


 黙れドラーガそういう話じゃねーわ。


「クラリス先生、向こうは一体誰が出席するんですか? それに、場所は……できれば個人の邸宅とかじゃなくてお店の方がいいです」


 そう! クオスさんの言う通り。まさにそういう事よ、私が言いたかったのは。私も彼女の言葉に補足して言葉を繋ぐ。


「それとドレスコードも。正装が必要な場所だと武器を持てなくなりますから」


「しかし、ドレスコードの必要ない場所となると、値段ががくんと落ちるな……」


 だからそれはどーでもいーだろーが!! なんであんたはこれを機に「高いもんいっぱい食ってやる」ってことしか考えてないのよ!! 意地汚い!!


 前回のイリスウーフさんへの弁護でかなり見直したっていうのにがっかりだよ!


「あ、相手側は、アルテグラだけが出席するらしい。場所は特に指定が無かったからこちらの希望を出せば通るかも……」


「アルテグラ……?」


 アンセさんがそう呟いて小首を傾げる。何度か接触しているデュラエスとガスタルデッロ、それにイチェマルクから話を聞いているティアグラと違ってアルテグラはこちらからすると完全に謎の人物だ。


 確か、魔族四天王のブラックモアと同一人物で……それ以上は全く分からない。魔族を上手くコントロールしてたらしいから多分どちらかと言うと頭を使う方が得意な人物なんだろうけど。


「あ、アルテグラが出てくるという事は、多分荒事にはならない」


 う~ん、でも、そう油断させて一気に……なんてことにはならないのかな? 食事会には参加してないけど、実はガスタルデッロ達が控えてて暗殺する、とか。


「アルテグラがその場に居れば、それだけで余計なことをして足を引っ張ることになるから、もし荒事にする気なら……あ、アルテグラは呼ばないと、思う」


 なるほど、七聖鍵にもドラーガさんみたいなやつがいるっていう事か。


「正直言って後手に回るのはあんまり性には合わないんだけどな……」


 アルグスさんが不満そうな顔でそう呟く。言われてみればそうか。アルグスさんはダンジョン探索の時でさえ相手が思いもつかないような波状攻撃を仕掛け、テューマさん達や魔族に準備する時間を十分に与えないように行動していた。


 それが今回アルテグラの誘いに乗る、という事になれば「相手に先手を譲る」ことになる。


「でもさ、七聖鍵が敵対的とは限らないんじゃない?」


 アンセさんがそう言った。どういう意味だろう?


「つまりね? 今回デュラエスの策を私達が真正面から叩き潰したわけじゃない」


 私達が、というかドラーガさんが、ですけどね。


「そろそろ向こうもこちらと和解するチャンスを狙ってる可能性もあるんじゃないのかな? 向こうも二人も七聖鍵をやられちゃって相当な痛手だと思うのよね」


 アンセさんの言うことも分からないでもないけど、和解かぁ……正直言って七聖鍵と私達の間に落としどころはあるんだろうか。そういう所も話し合いをしてみないと分からないかもしれないけれど。

 そこも考えて、この話には乗った方がいいのは分かる。


 ……ドラーガさんはどういう意見なんだろう? 彼の意見が聞きたい。


「これを見てくれ。俺がちょっと前に調べた情報だ」


 そう言ってドラーガさんは手帳に記された地図のようなものに情報がいっぱい書き込まれたメモを見せた。

 ……これは、もしかしてこの町の地図? ドラーガさんは地図を指さしながら説明する。


「まず市の中心部にある『ウコン・ワカナ』ここはカルゴシアでも文句なしのトップだがドレスコードが必須だな。その次になると『クマス亭』か、ここは郷土料理の酒ずしとかが出て、美味いんだが、値段は大分落ちるんだよなぁ……」


 皆が真面目に話してるときに何この人は「いつか行きたかったお店リスト」をだして詳細な解説なんかしてるの。


「私はやっぱり質だけでなく量も求めたいですね……」


 イリスウーフさんも乗らないでもらえます?

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