第173話 聖なる金貨
私は、デュラエスの言葉を聞いて旧カルゴシアの町の様子を思い出した。
争いの形跡は全くなく、「そのまま急に死んだ」といった有様だった。
民家の中にはテーブルに着席して、居眠りでもするかのように息絶えた骸骨が何体も眠っていた。その様子と、デュラエスの証言は合致していた。
しかしやはりこのデュラエスも実際にあのとき何が起こったのか、詳しいことは知らないようだった。
デュラエスは大きくため息をついて、再び話し出した。
――――――――――――――――
町には何も残らなかった。
ただあるのは、静かな死。
不思議なことに、ウサギやキツネ、野生の動物たちですらそこには全くいなかった。
やがて数ヶ月が経ち、周辺一帯を支配していた貴族の縁戚が町の少し北に拠点を作り、少しずつ人が集まり、村落ができ始めた。
もともと肥沃な穀倉地帯だった。放っておけば何もせずとも入植者は集まり始めたのだ。そうしてできたのが今のカルゴシアの町の元になった地域だ。
状況の全く理解できない俺達は、ただただそれを見ているだけしかできなかった。
数年が経ち、やがてそれが「町」と呼べる大きさになり始めたころ、ようやく俺は悟った。
「俺達は負けたのだ」と。
人間は集まり始めたが、しかし元々数の少ないドラゴニュートは集まらなかった。
数万人の人間とドラゴニュートの死骸の上に、人間達の町は栄え始めた。
人が人を呼び。
人が集まって、栄える。
――――――――――――――――
デュラエスはさっき取り出した金貨を眺めながら、まるで独り言を言うように、自分自身に言って聞かせ確かめるように、言葉を続ける。
「俺は、『人と人との繋がり』に負けたんだ」
金貨を、少し高く掲げ、仰ぎ見る。
「人と人とをつなぐものは多くあるが、しかし一番わかりやすいのはやはりこの『
正直私は考えたこともなかった。金に依存し、執着することは卑しいことだとばかり思っていた。
「不思議なものだ。
これがあれば、昨日まで殺し合っていた仇同士を、交渉のテーブルにつけることができる。
昨日まで愛し合っていた家族を、殺し合わせることもできる。
見知らぬ者同士を繋ぎとめることもできる」
私の中に全く存在していなかった価値観を、デュラエスは、語りだした。
「おそらくこの『金』というものは、世界で最も尊い物質であり、同時に『呪い』なのだ」
そしてデュラエスは恐らく考えたんだろう。この「金」を手に入れることで、再び人間と戦い、そして勝利することができるのではないかと。
「この金貨を……お前に託す」
そう言ってデュラエスは、金貨をドラーガさんに手渡した。
「ガスタルデッロは……何を企んでいる? アカシックレコードにアクセスして何をするつもりだ?」
「……分からん。奴がドラゴニュート再興の夢など見ていないことは確かだ。
ただ一つ言えることは、俺と同じように、何かまだ『納得』出来ていないことがあるんだろう」
その「納得」ができた時、ガスタルデッロは何をするのだろうか。ただ「知りたい」だけなら放っておいてもいいのかもしれないけれど。
「どちらにしろ俺達は奴を止めにゃならん。アカシックレコードは危険すぎる。奴が『納得』して、その結果出した答えが例えば『世界を滅ぼす』ことだったとして……」
世界を滅ぼす? おとぎ話の魔王じゃないんだから、そんなことができるはずがない。夢物語だ。
「アカシックレコードを手に入れていれば、それが実現できちまうんだからな」
過去にこの星に存在していた記憶と感情、その全ての記録。そこまで恐ろしい物なんだろうか。私にはそうは思えないけど。
どちらにしろ、もう行かなきゃ。アルグスさんがどうなったのかも気になるし、おそらくは同じように異次元に飛ばされたイリスウーフさんたちの事も気になる。
話し終えた私達は立ち上がり、その場に座ったまま俯いて動こうとしないデュラエスをしり目に、玄室に向かおうとした時、彼がドラーガさんを呼び止めた。
「待て、もう一つお前に託したいものがある」
ドラーガさんは立ち止まり、しばらく沈思黙考していたが、私の方に振り向いて言葉をかけた。
「マッピ、お前は先に行って魔法陣を探していろ」
う……私一人で? 敵は多分全部倒したと思うけど、正直このダンジョン独り歩きするのはまだ怖いんだけどな……
しかし私は特に「怖い」以外に断る理由もないので一人で先に玄室に、その奥のデュラエスのいた部屋に向かった。
ドラーガさん迷ったりしないかな。パンくず撒きながら歩いた方が良かったかな。
ドラゴンのいた玄室、その奥に隠されていたデュラエスのいた部屋。
彼の座っていたソファの下には大きめの絨毯が敷いてあった。他に魔法陣らしきものも見えなかったのでソファをどかして絨毯をひっくり返してみると、確かに円と六芒星で形作られている魔法陣の様なものがあった。
六芒星の周りには細かい文字が書き込まれている。この文字でW軸の座標を指定したりしていたんだろうか。
「あったか? マッピ」
ちょうど魔法陣を見つけたころ、ドラーガさんも追いついてきた。よかった、迷わなかったみたい。
「あ、見つかりましたよ。話ってなんだったんですか?」
「……介錯を頼まれた」
その言葉を聞いて私は思わず言葉を失って俯いてしまった。
やはり気が変わって、自分を倒したドラーガさんにとどめを頼みたかったのだろうか。女で、回復術師の私が傍にいれば、反対されると思ったから……?
「と、とにかく、魔法陣は見つかりましたよ。すぐに戻りましょう。アルグスさん達も心配ですし」
努めて明るい口調で話しかける。こんな重苦しい空気、私だって好きじゃない。
私とドラーガさんが魔法陣の上に立つと、ぐにゃりと視界が歪むような感覚がして、私たち二人はすぐに元いた天文館の、暗い廊下に戻っていた。
「戻って……来れましたね」
「そうだな」
静謐なる夜の天文館。
遠くでは市民たちの喧騒が聞こえる。戦いはまだ収まっていないのか。いや、ガスタルデッロが騎士団を傘下に収めて市民を攻撃している事を考えれば、何もせずにそれが収束するとは思えない。すぐにアルグスさん達と合流しなければ。
「ん? 誰か倒れてるぞ」
「え?」
ドラーガさんのその声に私は薄暗い天文館の通路に目を凝らす。確かに倒れている人が二人いる。見覚えのある人影。私はすぐに二人に駆け寄った。
「アンセさん、クオスさん、大丈夫ですか!?」
倒れていたのはアンセさんとクオスさんだった。二人とも大きな傷跡はないものの、息を荒くして痛みに耐えているように見える。そうだ、クオスさん達も魔法陣でどこかの時空に飛ばされていたんだ。でも一人、一人足りない。
「何があったんですか、アンセさん!!」
どうやら骨折していたようだった彼女に回復魔法をかけて、まだ残った痛みのせいで立ち上がれないアンセさんに訊ねる。
クオスさんは矢を一階で補充していたし、アンセさんの魔力は当代随一の破壊力。この二人を倒した人がいるというの?
「く……」
苦しそうにうめき声をあげて、ようやくアンセさんは上半身を起こした。
「い……イリスウーフがさらわれてしまった……」
いったい誰に……? いや、この二人を倒して、自身も高い戦闘能力を持つイリスウーフさんをさらう、そして異次元に自由に出入りできる……そんな人間は一人しかいない。
「ガスタルデッロに……」
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