第174話 英雄の条件

「トルトゥーガ!!」


 まだ明けきらぬが、少しずつ東の空が白み始めた頃、ようやくアルグス達はオリジナルセゴーを追い詰めていた。


「くそっ!!」


 セゴーはなおも逃げようとするものの、しかしヴァンフルフが中間距離で触手を切断しながらけん制してくるために思うように動線が取れない。しかも彼の周りはそれだけではなく、ヴァンフルフ指揮下の魔獣軍団も取り囲んでいるのだ。


 モンスターにとってもセゴーの戦闘能力は脅威ではあるものの、しかし魔獣達は中間距離でセゴーの移動を制限することにのみ専念しており、徹底してアルグスのサポートに回っている。これはオオカミの狩りの仕方のセオリーである。


 さらに遠巻きにアルマーを指揮官として冒険者の一団も弓矢を構えて待機しており、もはや逃げ場はない。


「逃がすか!!」


 足踏みをしたところにアルグスのトルトゥーガが襲い掛かり、胸から腹にかけて縦にセゴーを切り裂く。


 トルトゥーガは地面に突き立てられるかと思ったが、すぐにアルグスはチェーンを引きて元に戻すと、今度は横薙ぎにセゴーの胴体を切り開こうと襲い掛かる。


「終わりだ! 真っ二つにしてやる!!」


 しかしセゴーは下半身の触手を総動員してそれを何とか防いだ。いや、防いだと言ってよいものか。彼の攻撃によりセゴーの下半身の触手は全て切断されてしまった。もはや移動することすらできない。


「ようやく……」


 冷え切った夜明け前の空気の中、セゴーは霧のように大量の白い息を吐き出す。


「ようやく分かったぜ……なぜ俺がこんなにお前が気に食わないのかがな」


 アルグスは一瞬「時間稼ぎか」とも思ったが、しかしそんな様子でもない。もはや力を使い果たしたのか、セゴーの回復能力も大分弱まっているように見られた。切断された触手はなかなか回復の兆しを見せない。


「正義面して、私欲を求めず、信念のためには自分の大切な物も平気で犠牲にする。完璧すぎるんだよ、てめえは。

 はっきりと言おう。お前に比べりゃそりゃ俺は平凡な男だ。自分の力で手に入れられる物なんてたかが知れてる。だから七聖鍵の提案に夢を見た」


セゴーは両手を広げて自分の体をアルグスに見せた。先ほどアルグスにやられた傷口が生々しい。


「見てみろ、俺は一般市民だ。お前英雄とは違う。ギルマスに担ぎ上げられて、七聖鍵の力を借り、不老不死を得て、魔物の体を手に入れても、どうやらここが限界地点みてえだ。

 市民が、英雄に望む物は何か、分かるか?」


 セゴーの顔が笑みに歪む。


「無様な死だよ」


「物語は、いつか必ず英雄の無様な死で幕を閉じる。

 神に選ばれし英雄が、そこらの乞食と同じように、当たり前に死ぬ。物語っていうのはそのためにある。楽しみで仕方ないぜ。お前が夢に破れて死ぬ姿がよ。

 それだけが、俺達一般市民に許された唯一の娯楽さ」


 力いっぱいに両の拳を握り、振りかぶる。乾坤一擲、最後の攻撃に出ようとしているようだ。


 矢のように鋭い左の拳。アルグスはそれをトルトゥーガで受け流して地に伏せ、そして二の矢である右の拳を、体軸を回転させながら跳ね上がるようにいなして、跳び、セゴーの顔の横に浮いた。


「俺だけじゃねえ。市民も、仲間たちも同じさ。お前がただの人間と同じように死ぬのを心待ちにしている」


 回転の勢いのままに、アルグスは右手の剣を振り下ろす。


「さよならだ」


 剣閃の光が、セゴーの前頭葉から下顎にかけて削ぐように駆け抜ける。セゴーは思わず両手で自分の顔を支えるように覆った。


「一足先に待ってるぜ、あの世でな」


 ずるり、と仮面が落ちるように顔がずれ、それと同時にセゴーはその場に崩れ落ちた。


「お前は十分英雄だったさ……ギルドマスターになった頃まではな」


 着地したアルグスがそう吐き捨てると周りから大きな歓声が上がった。このカルゴシアを恐怖のどん底に陥れた化け物が、英雄に討ち取られたのだ。


 しかしアルグスの心の奥底には澱のようにセゴーの言葉が沈んでいた。この者達も、自分が無様に負ける姿を心待ちにしているのだろうかと。


 普段であれば敗北者の負け惜しみだと一笑にふすような内容だったかもしれない。しかし今のアルグスは違っていた。


「僕は……勇者にふさわしい人間じゃない」


 誰にも聞かれないような小さい声でそう呟いた。


 仲間を守れなかった。


 心に溜めていた傷に気付かずに、助けることができなかった。


 その重みが沈んでいた。


「セゴーごときに随分とてこずったな」


 そうして俯いているアルグスに、低く深い、そして力強い生命力を感じさせる、よく通る声が投げかけられた。


「ガスタルデッロ!!」


 まだ薄暗い夜明け前の闇の中でもはっきりとわかる、身の丈八尺にも及ぼうかという山のような巨体。右手には鍔の大きな十字架の様な大剣。一度見たら忘れられぬその化け物の様な体躯を見間違えようもない。


「う……」


 そして彼の左腕に抱えられた、ガスタルデッロからすればかなり小柄な女性。


「イリスウーフ!! なぜ……?」


「フフ……身柄をさらうだけならばいつでもできたがな。いろいろと舞台が揃うのに手間取ってしまった」


「あ……アルグスさん……逃げて……」


 どうやら意識を失っていたらしいイリスウーフが目を覚まし、辛そうな声でアルグスに逃げろという。しかし彼は『勇者』なのだ。仲間をさらわれて、強敵を前にして、「逃げる」などと言う選択肢は存在しない。


「卑怯な……人質か!」


「面白いことを言うな。貴様ごときのために私が人質を必要とすると思うか? 彼女はこのパーティーの主賓なのだよ」


 ガスタルデッロはそう言うと剣の鞘を左肩と頭で挟み、すらりと引き抜いてその大剣の白刃を見せ、そして天高く掲げた。


「行け、者共! モンスター共と、それに共謀したる冒険者達を打ち滅ぼせ!!」


 その時、ようやくアルグスはガスタルデッロの後ろに控えている騎士団の男たちに気付いた。


 なぜ?


 何故ガスタルデッロがシーマン家の騎士団を率いているのだ?


 しかしその疑問に答える者はいないし、そんな事を口にしている時間もない。それはアルグスが誰よりもよく分かっていた。


 雄たけびを上げながら突進してくる騎士団。その突進力にヴァンフルフ率いる魔獣軍団とアルマー率いる冒険者達は容易く打ち崩される。


「させるか!!」


 アルグスは出来る限りトルトゥーガのチェーンを伸ばして広範囲にわたって騎士団の男達を打ち払う。敵とは言えこの町を支配する騎士団。トルトゥーガの刃は出さず遠心力だけでの攻撃。それでも、如何に鍛え上げた騎士団を言えども直撃を喰らえば無事ではいられない。


 アルグスを中心に起きるトルトゥーガの暴風に騎士団の男達も思わず距離をとる。しかし……


 強烈な金属音と共にトルトゥーガが弾かれた。


 打ち払ったのはガスタルデッロの巨大な両手剣。


「貴様の相手はこの私だ」

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