第191話 彼は帰らず
日も高く上がって正午過ぎ、私達はアジトに戻ってきた。
どうやら火山の噴火も小康状態になったらしく、噴煙は上がっているものの、しかしまだ火砕流は噴き出していない。とはいえ、いつ本格的に噴火してもおかしくない状況だとは思うんだけど。
「アルグスさんはまだ戻ってこないんですか」
アジトのリビングで私がそう尋ねると、アンセさんはリビングのテーブルに着席したまま暗い顔で小さく頷いた。
だいぶ苦戦しているという事だろうか。それとも何か戻れない事情が?
私は木窓から外の景色を見る。今は噴石は収まっているけど、ここもいずれ避難が必要となる。散発的に小さい地震は七聖鍵の事務所を家探ししているときからずっと続いている。
いや、それだけじゃない。本当なら私達は生きる気力を無くして絶望している市民達を避難誘導しなければいけない立場だ。ここに戻る途中も、市民たちは変わらず項垂れているだけで、「噴火に備えて避難する」という発想自体が無いようだった。
「一度さっきの場所に戻った方がいいんじゃないでしょうか」
イリスウーフさんが心配そうに尋ねるとアンセさんはガタっと立ち上がった。
「そ、そうね。早い方がいい。すぐに行きましょう」
アンセさんも多分私達を待って、全員揃ったら戻るつもりだったんだろう。家探しで随分と時間を浪費してしまった。
「その前に、お客さんみてえだな」
木窓のすぐそばに立っていたドラーガさんがそう呟くように言った。言われてみれば馬車の車輪のような音がして、アジトの前で止まった。誰だろう? アルグスさんなら馬車なんかに乗ってるはずはないし。
私達は急いでアジトの外に出た。町には灰が降りしきり、鼠色に薄く覆われている。
見たことのない幌馬車。幌の隙間から見える車内はどうやら荷物をたくさん積んでいるようだ。これから避難する人だろうか。御者の人は生気のない目をした太った大男。やっぱり知らない人だけど、私達に何の用だろう。
「いヤー、よかった! まだ避難していなかったんですネ」
聞き覚えのある、独特な鼻にかかる様な声。
幌馬車の後ろから降りてきたのは真っ黒い、薄汚いフード付きのローブを羽織ったリッチ、七聖鍵のアルテグラだった。
「あの、クラリス先生は……?」
「さあ?」
クオスさんの問いかけにアルテグラは一考せず即座に応える。「さあ?」って、冗談じゃない。一緒にいたはずなのに知らないなんて言わせない。
「セゴーに襲われた時確かに一緒にいましたよね! クラリスさんをどうしたんですか!!」
私が怒気をにじませて尋ねるとアルテグラは慌てて両手を前に出して言い訳するように話し出した。
「お、落ち着いてください、私は何もしてませんヨ。
……実を言うとですね、あの時ターニー君がセゴーに破壊されて亡くなってしまったんです」
「!?」
私は驚いたが、しかし彼がセゴーにやられる瞬間は見ていた。下半身を粉砕されて、重症だとは思っていたけど、まさか亡くなっていたなんて。
結局彼とは和解することができず、喧嘩別れという形になってしまった。ドラーガさんに怒られて、あの後考えを改めたけど、最期に謝れなかったのは、少し悲しい。
「それで、クラリス先生は?」
「ええ、彼女それが随分ショックだったようで、しばらく七聖鍵ともメッツァトルとも距離を置いて、一人で考え事をしたいと……そのまま別れちゃったんで……まあ、今どこにいるかは知らないデス」
一瞬途中で考えるようなそぶりを示したが、基本的にアルテグラは淀みなく答えた。同じ七聖鍵の仲間なのにあまりにも他人事みたいな言い草にすこしカチンときたけれど、それを今更言っても仕方ない。私はこいつの仲間でも何でもないんだから。
しかしこんなことになるならクラリスさんの傍から離れるんじゃなかった。
とはいえ、あの時の状況はとてもそんなこと言ってられる場合じゃなかったんだけれども。
「それはいいとして何の用で来たの? 私達これから忙しいんだけど?」
アンセさんはこれからアルグスさんを探しに行こうとしたところへ出鼻をくじくような形で来たのが不満なのか、不機嫌そうな表情でそう尋ねる。しかしアルテグラはどうやらそういった相手の気持ちにはあまり頓着しないようで、マイペースに応える。
「私達ももうカルゴシアは放棄してキリシアに帰ろうと思いましてネ。火山も噴火しそうですし。
あなた達には大変お世話になりましたし、おかげで貴重な体験もできましたので、最期に挨拶をと思いまして」
「挨拶だぁ? 何企んでやがる」
アンセさんよりもさらに不機嫌そうな表情でドラーガさんもこの招かざる客に応える。正直言って私もこの女にはいいイメージはない。外見の不気味さもあるけど、それ以上にクオスさんはこいつのせいでパーティーを離れることになり、レプリカントの悲劇が巻き起こされた。
話の経緯が分かってみれば、おそらくこのアルテグラには本当に害意はないみたいなんだけど、しかし彼女は「望む者」に「与える事」に一切の躊躇がない。
相手がどんな悪人だろうが、「与える事」でどんな悲劇が巻き起こされようが、そんなものに頓着することなく望む物を与えてしまう。
まるで、手に余る力を与えられて戸惑い、破滅する様を楽しんでいるようにすら思える。
自分が悪であるという事を理解していない悪が最も厄介なのだと理解できる人物だ。
「失礼ですねェ、『企んでる』だなんて。今日はあなた達に
とても大切なもの? いったいなんだろう。ガスタルデッロの弱みとか? 全く心当たりがないんだけど。アルテグラが私達と話していると御者をしていた大男が馬車から降りて彼女の横に立つ。
本当に大柄だ。
2メートルはあるだろうか。縦だけじゃなく横にも大きい。丸々と太った腕は私の太ももよりも二回りは大きい。しかし目に力はなく、口元はだらしなく半開きで……まるでゾンビみたいだ。
「ボルデュー、お願いします」
アルテグラがそう言うと、ボルデューと呼ばれた大男は幌の中に入っていってごそごそと何か漁り始めた。気持ち悪いゾンビみたいな不気味な大男だけど名前は格好いいな。
やがてそのボルデューという男はかなり大きな旅行用のトランクケースを持ち出し、馬車の外、私達の目の前にドサッと下ろした。かなり重そうだ。小柄な人なら入れそうなくらいの大きなトランクケース。
これがいったいどうしたというんだろう。
「アルグスさんです。たしかにお返ししましたヨ」
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