第112話 鬼シーマン's
「無駄な事……か……」
うん。ダンジョンの壁にちん〇んは突っ込まない方がいいと思うけど。
というか、正直ターニー君がより人間らしくなってクラリスさんを喜ばせたいという気持ちも無駄な事と言えば無駄な事なのかもしれない。その先に何かがあるわけではない。そう言うものが意外と大切だったりするんじゃないのかな。
「そもそも、『完璧な人間を作りたい』んなら、別にクラリス先生が子供を産めばいい話だし。クラリス先生は今は人形だけど元々人間? ドラゴニュートだったんだから。
つまり、クラリス先生もそういう無駄な物にこだわってるんじゃないのかなあ?」
「一見無駄なことを大切にか……やってみます。ありがとうございます」
なんだか変な方向に話がそれてしまったけど、どうやらターニー君は何か思うところがあったようで、少し笑みを見せた。逆にクオスさんは自分自身の言葉に引っかかって思い悩み始めたようだった。
「私からすれば贅沢な悩みだよ……私なんて、もし愛する人と結ばれても、子どもなんか出来ないのに」
悲しそうな眼だ。同性愛者の持つ悩みを、クオスさんの悩みを私が分かってあげることは出来ない。
「私の恋が実っても、ドラーガさんのメスイキ穴が切れ痔になるだけなのに……」
なんでこの人性自認が女性のはずなのに自分が「入れる方」なんだろう。アンセさんの手紙のせい?
「マッピさん、もしドラーガさんが秘密裏に切れ痔の治療を頼んできたら、その時は私の恋が実ったと思って祝福してください」
全力で黙殺します。
「ただいま~……」
ガチャリとアジトのドアが開いた。ドアを開けたのは疲れた表情をしたアルグスさん。確かイリスウーフさんの裁判の傍聴に言っていたはず。もう終わったのかな? 早いな。
「あ、僕はこれでお暇します。相談に乗ってくれてありがとうございました」
「ターニーが来てたのか。相談ってなに?」
「いえ、もう済みましたので。これで失礼します」
そう言ってターニー君はドアから出て行った。アルグスさんは訝しげな表情でこちらを見ているけど、まあ、恋愛相談だからね? 他の人に漏らしたりは出来ないよ。あれが「恋」か、って言われると何とも言えないけど。
「それよりアルグスさん、裁判の方はどうだったんですか?」
クオスさんがそう尋ねるとアルグスさんは暗い顔を見せてため息をついた。裁判の内容が良くなかったんだろうか。
「いろいろ交渉したんだが、傍聴は結局できなかった」
えっ? どういうこと? 関係者って事で優先して傍聴できるはずだったんじゃないの?
「同じ冒険者パーティーってだけでは『関係者』としては認められなかった。そもそも今回の裁判はカルゴシアの未来を揺るがす国家安全保障上の問題として傍聴自体が認められないらしい。
もしかしたらドラーガみたいに力の限りにゴネたら何とかなったのかもしれないけど……」
私の脳裏には地べたに寝転んで駄々をこねるアルグスさんの姿が浮かぶ。いやいや無理でしょう。
しかしここでまた想定外の事態が起きてしまった。私達はもちろん弁護士を送り込んでイリスウーフさんを直接助けることもできず、そして裁判に不正があったとしてもそれを見咎めることすらできない。
もう本当に裁判が終わるまでは何の手出しもできないという事だ。
これってまさか、本当に死刑執行人の首切りアーサーを脅すのが正解っていう事? うまくいくとはとても思えないんだけど。
「しかし一つ分かったこともある」
分かったこと? ……とは?
「やはり市民の心は今回の裁判からは離れている。裁判の傍聴を禁止したことがその何よりの表れだ」
う~む、確かに。市民の後ろ盾があるなら傍聴を禁止したりはしない。きっとクオスさん達が粘り強く市民たちの誤解を解いて回っていることが功を奏しているに違いない。
「もう本当に最悪の事態を想定するべき時が来ているのかもしれない。次にイリスウーフがその姿を現した時に、裁判の無効を訴えて、力ずくでも、彼女を取り戻す」
そう言ってアルグスさんはリビングの片隅に立てかけられているトルトゥーガを見る。
その時のために、市民の後押しは絶対に必要だ。もう首切りアーサーの事なんて調べなくていいや。私もクオスさん達と協力して市民を説得して回ろう。
「相変わらず脳筋だな、おめえらは」
聞きなじんだ嫌味な声。
アジトのドアを開けながらそう言ったのはやはり外に出ていたドラーガさんだった。
「だったら、君には何か考えがあるのか、ドラーガ?」
若干ムッとしたような表情でアルグスさんが尋ねる。
「別に? まっ、試しに自分の思うようにやってみるといいさ。そしてこの賢者様の偉大さを思い知るといい。『ドラーガ様がいないと僕ら何もできません」ってな」
腹立つなあ、この男。そもそもあんたはこの非常時にどこほっつき歩いてんのよ。
「俺だって情報収集してんのさ。いいニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」
「じゃ、じゃあ悪いニュースから……」
「まだ結審はしてねえが、イリスウーフの処刑はカルゴシアの騎士団、鬼のシーマン'sが警護を担当するらしい」
マジか。カルゴシアを含む地方の領主が保有する通称「鬼のシーマン's」と言えば泣く子も気絶する狂犬集団として有名な頭のネジが吹っ飛んだキチガイども。それが警護につくとなると、いくら市民の後押しがあっても厳しいんじゃ……
それに、結審する前から処刑の段取りが決まってるって、結論ありきで裁判を続けてるって事じゃん。こんな横暴が許されていいのか。
「じゃ、じゃあ……良いニュースは?」
アルグスさんがそう尋ねるけど、どうせ大したことないニュースですよ。「茶柱が立った」とかその程度ですよ。
「この俺様がお前らの味方だ、ってことさ」
それ以下だったわ。
――――――――――――――――
「無駄な事を大切にする……か」
「もしそれができて、僕が人間のように振舞えることができたなら」
「クラリス様は、喜んでくれるかな」
「もしそうなったなら……うれしいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます