第152話 ぼろん

 セゴーの触手を吹き飛ばした飛来物。それは一本の矢だった。


 豪風を纏った矢が触手に突き刺さるのではなく、触手を吹き飛ばし、切断したのだ。私はこの矢に見覚えがある。


 これは間違いなく、クラリスさんと戦った時に見せたクオスさんの必殺技、「ヴァルショット」だ。クオスさんが、オリジナルのクオスさんがこの場にいる!? そう言えばアルテグラはセゴーと一緒にクオスさんが逃げ出したと言っていた。私は矢が飛んできた方向に視線をやり、声をあげる。


「クオスさん! クオスさん、いるんですか!?」


「く……クオスだと……?」


 セゴーも悶絶しながら矢の飛んできた方向に視線を向ける。まずい、クオスさんもセゴーの「復讐」の対象だ。私はすぐにクオスさんの名前を叫びながら矢が飛んできた方向に駆けだした。


「ぐぅぅ……おのれ!」


 セゴーも私を追いかけようとするけど、それと同時にまたもヴァルショットが撃ち込まれる。何とか触手でそれを防ぎ、というかまたも触手を切断されるセゴー。


 矢が飛んできた場所、民家の屋根の上、闇の中に人影が見える。シルエットでも分かる長い耳、間違いない。クオスさんだ。私の目には涙が溢れてきていた、やっぱり、やっぱり生きていたんだ。


「クオスさん、クオスさん!」


 塀の上によじ登り、窓の縁に足をかけ、私は必死で屋根の上に登る。そこにはやっぱりいた。悲しそうな表情をしたクオスさんが。


「クオスさん、よかった! 生きていたんだ!!」


 私が抱き着くとクオスさんは激しく動揺していた。


「だめ、マッピさん。わたしは……もう……」

「裏切り者だっていうの!? 仲間じゃないっていうの? そんなの関係ない! 生きてさえいてくれればそれでいいのよ!!」

「そうじゃなくて……」


 クオスさんは私の両肩を掴んで体を離す。クオスさんの考えていることは分かる。まだ、心の整理がついていないんだと思う。メッツァトルを裏切って、転生法を行って、それにすら取り残されたオリジナルのクオスさん。でもそれがなんだっていうの。こうやって生きていてさえくれれば……


「そうじゃなくて、矢がもうないの」

「え?」


 アカンやん。


 私は後ろを振り向く。


 そこには形容しがたい雄叫びを上げながら触手を振り回し、凄まじい速度で迫ってくるオリジナルセゴーの姿。ひえぇ……


「と、とにかく逃げましょう!」


 ターニー君たちの事も気になるけど、とりあえずセゴーも私達の方に焦点を合わせたみたいだし、私はクオスさんの手を引いて走り出す。私が建物の屋根から飛び降りるとセゴーは腹立ち紛れか、建物に体当たりをして崩壊させた。周囲に怒号と悲鳴がこだまする。


 しばらく走ると道の先から何人かの軽装兵が見えてくる。あれは、このカルゴシアの町の衛兵だ。正直言って衛兵より先に冒険者の方が出てくるってどういうことなの? ちょっと気が抜けすぎてない?


 私達は衛兵の間をすり抜けて逃げていく。


 衛兵は弓と槍を構えて一斉にセゴーに攻撃を仕掛けるけれど、やっぱり冒険者たちと同じように一瞬でセゴーに捕まって捕食されてしまう。あの化け物、際限なく人を喰らうつもり?


 レプリカントを食べて竜の魔石を取り込んだ時みたいな爆発的な成長はないものの、しかし人間を捕食するたびに少しずつセゴーの体が大きくなってきているような気がする。


 衛兵では全く対処ができない。


 ならば冒険者の出番なんだけど、その冒険者もさっき大勢捕食されてしまった絶望的状態。シーマン家の騎士や正規兵が出てくれば対処できるだろうか? いずれにしろ武器もない私には少し荷が重い。


「マッピさん」


 走ってる最中クオスさんが話しかけてきた。何だろう? 走るのに必死であんまり余裕ないんだけど。


「私が囮になります。その間に逃げてください」


「な……何を言って……」


 問題外だ。


 もしかして裏切ったことの罪滅ぼしのつもりなのか。冗談じゃない。せっかくクオスさんの生存が確認できて、戻ってきたっていうのに、ここで彼女を諦めるなんて選択肢はない。


「私に……考えがあります」


 本当に……本当に考えがあるのだろうか。走りながらクオスさんは私にいくつかの耳打ちをする。


 いずれにしろ、そう時を置かずしてセゴーには追いつかれる。ならば、ここはひとつクオスさんの案に乗ってみるのも手なのかもしれない。


 クオスさんは立ち止まり、セゴーの方に向かって正対する。その隙に私はをする。作戦としてはクオスさんが提示した物は単純だ。


 セゴーと対峙した状態でクオスさんが奴の気を逸らす。その隙に私が攻撃をする。通常であればおそらくは触手に阻まれてしまう攻撃。


 どうやらセゴーの触手は破損してもすぐに回復させることができるらしく、先ほどクオスさんが破壊した触手も既に元通りになってしまっている。つまりいくら触手を攻撃しても足止めくらいにしかならない。本体を破壊しなければならないのだ。そのための隙を、クオスさんが作る。どうやるのかは話してくれなかったけど。


 クオスさんの後ろ、そこにある塀の真裏で私は準備をする。夜も更けた闇の中、強い風が吹く。私達の方から、セゴーに向かって。


 この風もクオスさんが魔法で用意した物だ。私のに必要になる。


 心臓の鼓動がうるさい。


 私の一撃に。回復術師の攻撃に全てがかかっている。近距離だから外さないとは思うけど。


「観念したか……クオス」


 おぞましい化け物の低く太い声が私の耳に入る。


 まだだ。


 奴が悲鳴を上げた時が合図だとクオスさんは言った。一体何をする気なんだろう。魔法? クオスさんは無手だ。


「フフ……お前の事は前から気になってたんだ。どうだ? 俺の愛人になるなら生かしておいてやってもいいぞ……」


 ぐえ、最低なセクハラ発言。触手プレイでもする気かあの変態野郎。私の事は問答無用で足を開かせようとしたくせに。私はクオスさんから譲り受けた弓を持つ手に力がこもる。


「……これを見ても……同じセリフが言えますか……?」


 クオスさん、一体何をする気……?


 ぼろん。


 何の音?


「でかぁッッッ!!」


 ナニが?


 あ、違う、そんな事じゃない! セゴーの悲鳴だ! 今だ!!


 私は勢いよく横っ飛びに飛び出して追い風の中弓を強く引く。


 左手で弓を握り、その辺で拾った木の板で軌道を確保、そして右手で弦を引き、弦の上には拳よりも少し小さいくらいの石。


 矢はないけれど、即席のスリングショットだ。強風の中でなら弓矢にも劣らない、むしろそれを凌駕することもある投擲攻撃だとクオスさんは言っていた。


 バンッ、と強い音を響かせて石が勢いよく飛ぶ。セゴーとの距離は6歩ほど。この距離なら外さない!!

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