第186話 帰ってきた二人
「ドラーガさん、ここでこうしていても埒が明かないですよ、一回アジトに戻って体勢を立て直した方がいいんじゃ?」
「んん~……」
なんとも煮え切らない表情のドラーガさん。しかし結局ここにはイリスウーフさん以外誰もいなかったわけだし、何より私が怖いのは野風の笛をこんなところで普通に持っていてまたガスタルデッロがこれを奪いに来ないかってことなんだけど。
アルグスさんとガスタルデッロは一体どこに消えてしまったんだろう。
当然のことながら、アルグスさんとは合流したいけどガスタルデッロとは会いたくはない。
「マッピさん、一旦戻るにしてもアジトは街の中心部から遠すぎますし、天文館の方がいいんじゃ?」
とは、クオスさんの提案。
天文館かぁ……あそこは確かに私達冒険者の本拠地でもあるんだけど、敵のガスタルデッロの本拠地でもあるんだよなぁ。
でもまあ、アンセさんもクオスさんも疲弊しているし、イリスウーフさんも大分体力を消耗している。一旦この場は離れた方がいいのは間違いないんだけど、どうしたものか。
と、悩んでいると、目の前の景色が一瞬揺らいだような気がして、私達の目の前に二人の人物が現れた。
一人は我らが勇者アルグス。
うつ伏せに倒れていたようだけど、大声を出しながら剣を杖にして体を支え、気合で立ち上がる。
「アルグス!」
アルグスさんが行方不明になっていたことに意気消沈していたアンセさんが喜びの表情を見せる。
しかしその場に現れたもう一人の人物。巨大な十字剣を携えた、身の丈八尺にも及ぼうかという巨躯。いつも落ち着いてはいるものの、今日は一層穏やかな表情をしているようにも見える。
「ガスタルデッロ……」
まだ立ち上がることのできないイリスウーフさんの口から奴の名が漏れた。辺りが緊張感に包まれる。いきなりのラスボスのご登場というわけだ。
「イリスウーフ、立てるか」
全員がその姿に釘付けになっているけど、ドラーガさんだけは未だへたり込んだままだったイリスウーフさんを助け起こしていた。もしかして逃げる算段でも立てようというのだろうか。今までのガスタルデッロの言動を見れば問答無用で攻撃してきたりはしないだろうけど。
「ガスタルデッロ……ッ!!」
息を荒く吐きながらアルグスさんは奴に対して身構える。
今の様子からして、おそらくガスタルデッロとアルグスさんは私達が天文館でやられていたようにどこかの異次元迷宮に移動していたんだろう。そしてこのアルグスさんの形相を見るに、二人はその迷宮で戦っていたのが、何かのはずみでこちらの世界に戻ってきた?
という事は今は一触即発の状況なのかもしれない。
私もドラーガさんに合わせて退路の確認をする。幸いにも私達は全員がばらつかずに一方向に固まっているので逃げるのは容易いはずだ。それも、ガスタルデッロが追ってこなければ、の話だけど。
「大したものだな。さすが勇者だ、アルグス」
怒りの形相を見せるアルグスさんに対して、ガスタルデッロはあくまでも穏やかな表情を崩さない。
「だが、私がアカシックレコードを手に入れようと、貴様には何の関係もないだろう。大人しくいい夢を見て寝ていればいい物を、何故そうまでして戦おうとする」
アルグスさんとガスタルデッロのやり取りを見ていると後ろからドラーガさんに小さい声で話しかけられた。
「マッピ……いつでも逃げられるように準備をしろ」
彼の後ろにはイリスウーフさん達も真剣な表情でこちらを見ている。
「今聞いたが、アンセはまだ魔力が回復してねえし、そもそも回復したところでとても勝てるような相手じゃねえそうだ。しかも……」
ドラーガさんはちらりとガスタルデッロの方を見る。どうやらまだ二人の会話は続いているようだ。
「ドラーガ、準備だけはするけど私は逃げるつもりはないわよ」
アンセさんも小声で話しかける。
「魔力も少し回復してきた。ガスタルデッロを討つなら全員で一気に行くわよ」
「それでもかまわん。だがいざという時アルグスの足を引っ張るような事だけはするなよ」
ドラーガさんはどうしてそこまでガスタルデッロを警戒するんだろう。デュラエスも確かに強かったけど、私とドラーガさんの二人で協力して倒すことができた。……まあ、不意打ちではあったけど。
メッツァトルの全員が揃った状態なら、ガスタルデッロといえども敵ではないと思うんだけど……私はガスタルデッロの方に視線を戻した。
「何がそんなに気に食わないのだ。何か君の気に障るようなことをしたかね?」
「なんだと……」
アルグスさんの表情が怒りに燃える。
確かにガスタルデッロの最終的な目的が何であれ、アカシックレコードを手に入れること自体にはどうこう言うつもりはない。でもその野望のためにいったいどれだけの人間の命を犠牲にしてきたのか。
テューマさん達やセゴーを犠牲にして、七聖鍵の仲間も大勢死んで、多くの市民を犠牲にして、それでもそんなセリフが吐けるって言うのか。
「ふざけるなッ!!」
その言葉と同時にアルグスさんはトルトゥーガを投擲した。
完璧なタイミング。斜めに放物線を描いて、回り込むように、吸い込まれるように回転しながらトルトゥーガがガスタルデッロに向かって行く。
「無駄だ」
しかしガスタルデッロは剣を抜きながら半歩前に出て、その切っ先でトルトゥーガのチェーンの隙間を引っ掻けて地面に縫い止めた。
アルグスさんはその無駄のない動きに狼狽えることなく突進してショートソードで切りかかる。
ガスタルデッロはトルトゥーガを押さえている剣を戻すことなく、左手の人差し指と親指だけでアルグスさんの件の峰の部分を挟み込んで止めた。
「なに!?」
次の瞬間、ガスタルデッロの前蹴りがアルグスさんを突き飛ばし、彼は後方に飛ばされた。
いや、前蹴りなんてものじゃない。その動きは、歩く様に、ゆっくりと前に足を出しただけだった。剣と盾の攻撃を止められてアルグスさんは蹴りを放とうとしていた。それを読んでいたガスタルデッロが攻撃の「起こり」を止めたんだ。
理屈では分かる。それにしたって……
「こ……ここまで圧倒的な強さだなんて」
アンセさんがそう呟いた。そう、彼女はついさっき迷宮の中で奴と一戦交えているから知っているはず。奴の強さを。その彼女からしても今の動きは異様だったんだ。これまでは、強さを隠していたのか?
「思った通りだな……」
ドラーガさんが呟く。どういうこと? 何が「思った通り」なの!?
「奴は既に『アカシックレコード』を手に入れている」
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