第20話 再びムカフ島へ

 結局のところ、私達はここに戻ってきた。


 カルゴシアのダンジョン、ムカフ島、そのダンジョンの入り口に。


 あの後しばらく私達は天文館の周辺をうろついて、テューマさん達を探していた。もちろんそれはドラーガさんが言う様に「ぶっ殺す」ためではなく、彼らを問い詰めるために。しかし結局彼らを見つけることは出来なかった。

(というかドラーガさんは自分が戦力にならないのに何であんなに好戦的なんだ。)


 それならば。


 いっそのこと相手の懐に飛び込んでやろうと。ダンジョンに波状攻撃を仕掛けてやろうと再びムカフ島に特攻を仕掛けることになった。


 無謀だと笑われるだろうか。短慮だと嘲られるだろうか。しかしこれが冒険者のスタイルなのだ。そしてアルグスさんはこれがメッツァトルのスタイルだとも言っていた。


 この早さならば、再度罠を仕掛けなおす時間はない。(罠が複数ある危険もあるけれど)私達は天文館から戻るとすぐに準備を始めて夕暮れにはアジトを出発。ダンジョンに入るころには明け方になっていた。


「初心者のマッピには体力的にきついかもしれないけど、今回は一気に行けるところまで行くつもりだ」


 アルグスさんはダンジョンの入り口で私達にそう言った。


 もし、ギルドと闇の幻影が結託してこのダンジョンに眠っている宝を狙っているというのならばそれはおそらく伝説にある”魔剣”野風だろうとアルグスさんは目星をつけた。


 私が冒険者になった最大の理由、”魔剣”野風。


 それにまつわる美しい竜人の姫の伝説、そして争いを収める力があるという野風の魔力。そのどちらも、人の好奇心と野心を捉えて離さないからこそ、このムカフ島には今多くの冒険者が集まってきているのかもしれない。


 『あの人』も、その一人なのかもしれない。


「キリシアの七聖鍵か……」


 思い出したようにアンセさんが呟く。


 天文館の出口で出会った大柄な男の人、十字架のガスタルデッロ。彼がリーダーを務める『七聖鍵』の本拠地はカルゴシアよりももっと北の方にあるキリシアの町だ。


 彼らはメッツァトルと同じくSランクの冒険者。しかし最近は一線からは退いており、蒸留酒『黒キリシア』の販売で財を成し、町の顔役となっているとアンセさんから聞いた。


 その七聖鍵がなぜこのカルゴシアまで出張ってきているのか……何か理由があるとすれば、おそらく彼の狙いもやはりこのムカフ島、そして魔剣野風であろうと……


 ここまでモノローグしておいて何なんだけれども……


 八割方推測に過ぎないんですけど。


 仮定の上の仮定。さらにその上に成り立つ推論。


 そんなふわふわしたものの上に足場を築いて、この危険なダンジョンに日を置かずして再チャレンジとは……このパーティー、大丈夫なのかな? いや冒険者ってもしかしたら皆こんなもんなのかな?


 でもまあ完全に言いがかりで何の罪もないテューマさん達を追い回すよりはまだダンジョンに潜ってる方が気分的には少しマシかな。それでも、まだ冒険者になってひと月も経ってないけど、私はちょっと冒険者を続けられる自信がなくなってきていた。


「そう不安そうな顔をするな、マッピ。君の洞察力があればきっと大丈夫さ。君には感謝しかないよ」

「そうね。それにヒーラーでもあるあなたはこのパーティーの生命線よ。私達が守るわ」


 まあ、もうちょっとやれるところまでは続けてみようかな。


 いやいやダメダメダメ。なにおだてられてその気になってんのよ。続けるかどうかはともかくとして誤解は解かなきゃいけないでしょう。


 とはいえ……まあダンジョン潜ってる分にはいいか。別に誰に迷惑かけるわけでもなし。潜ってる間は他の事は忘れられる。


「……マッピ?」


 ん?


「どうしたのマッピ? トーチをお願いしたいんだけど」


「あ、ああ! すいません」


 気づけばすでにダンジョンの内部に入り込んでいた。月明りの届かないダンジョン内は漆黒の闇が支配する世界。今はダンジョンの事だけに集中しなきゃ。


 前回と同じように隊列を組んで進む。冒険は好きだけれどもダンジョンの中のかび臭い匂いはどうしても好きになれない。いや、それよりも恐怖心か。明かりをつけているといっても昼の外よりは暗いし死角も多い。その恐怖心と嫌な臭いが結びついてさらに不安な心を駆り立てるのだ。


「以前と雰囲気が違うな……」


 ボソリとアルグスさんが呟く。私はすぐに手元の地図を見る。別に道を間違えているわけではないようだ。私達は今、前回落とし穴のあった場所に向かっている。あそこから何か痕跡を見つけられないかと思ったからだけど。


 先頭のクオスさんがスッと手を上げて私達を制した。何かいるんだろうか。


 彼女は手早くショートボウに弦をかけようとしたけれど、それをアルグスさんがとめた。


「今回は弓矢も魔力も温存したい。僕が行く」


 その言葉とほぼ同時位に奥の方からガチャガチャと金属音が聞こえてきた。


「うん……どっちにしろアレは私の弓矢じゃ無理そうですね」


 ガシャン、ガシャンと大仰に歩く。


 近づきたるは鎧の騎士。


 いや、何か様子がおかしい。歩く度に間接やバイザーから黒い霧が吹きだす。もしかして……人間じゃ、ない? アルグさんは数歩前に出て、私達はそれに合わせて後ろに下がる。


 一対一の騎士の決闘。そんな気配を感じさせたものの、騎士は名乗りも口上もなくそれまでの妙に緩慢とした動きからは想像もできない素早さで一気に跳躍、それと同時に腰の剣を抜き放つ。


 いや、それよりもアルグスさんの踏み込みの方が一瞬早かった。彼は右手で敵の剣の柄頭を押さえ、左手でメットに拳の槌を打ちつける。それと同時に左足を捻じ込むように相手の重心に割り込ませて足払い。


 鎧の騎士はその剣を抜くことすらできずにもんどりうって倒れる。いや、完全に血に倒れるより先に今度はアルグスさんが抜刀し、地面すれすれのところで頸部にショートソードを薙ぎ払った。


コンッ……コン、ゴロゴロ、と首が跳ぶ。


「む……妙な手ごたえ……ッ!!」


 勝負はついたと思えたが、倒れ、首を失った騎士はそのままの姿勢で寝ながら剣を振るった。


 金属音と火花を散らしながら剣でそれをいなし、バックステップで下がるアルグスさん。いや、それだけじゃない。置き土産だと言わんばかりにいつの間にか敵の左腕も切断している。


 しかし鎧の騎士はその深手を意に介さずに上半身を起こす。


 切断された左腕はずるずると地を這って騎士の身体に戻る。首のないまま彼は予備動作もなく、まるで糸につるされた操り人形のように立ち上がった。切断された首からは黒い霧がもくもくと吹き出ている。


「リビングメイル……」


 アンセさんが呟く。


 まさかこんな洞窟の中に全身鎧の騎士がいるとは私も思ってはいなかったけれど、やっぱりあれはモンスターか。その正体はゴーストのようなアンデッドなのか、それともゴーレムのようなエンチャンテッドか。どちらかは分からないけれど、首や腕をとばされても平気な相手に剣で相手するのは難しい気がする。


「私が……」


 神聖魔法の使える私なら、相手がゴーストであれば浄化することができる、ゴーレムなら無理だけど。しかし一歩前に出た私をアルグスさんは手で制止した。


「言ったろう? 今回は長丁場になる可能性がある。魔法は温存したい」


 ゆっくりと、悠々と。


 棋士の鎧はとばされた兜を頭に被りなおす、いや、首の上に乗せる。そして左手の手のひらを上にしてこちらに差し向けた。


「魔石……竜の魔石は……どこだ」


「喋るのか……この人形は」


 アルグスさんは狼狽える様子は微塵も無い。ゆっくりとショートソードを鞘に押さえ、そして左半身はんみに構えた。


 明らかに分が悪い。どうやって戦うつもりなの? そもそも物理攻撃が通じる相手なの? しかしクオスさん達周りの人も動かない。それだけ信用してるってことだろうか。


「フン、まっ、いよいよとなったら俺が出るしかねえがな」


 ドラーガさんがそう言い放ったことで、私はますます不安になった。

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